はじまり
未来の敵は、俺を甘やかしに来た。
〜〜〜
「もう無理」
誰に聞かせるわけでもなく、俺は呟いた。
午前二時。
コンビニのバイト帰りの帰り道。
手取りは少ない。
将来の見通しもない。
大学も辞めた。
親からは「いつまでそんな生活するんだ」と言われ、友達は就職。SNSを開けば誰かの成功ばかりが流れてくる。
「俺、何のために生きてんだろ」
そんな言葉が、自然と漏れた。
その瞬間だった。
空が光った。
「は?」
夜空に白い線が走る。
流れ星?
いや、違う。
それは真っ直ぐ、こちらへ落ちてきた。
ドォォン!!
公園の真ん中に、何かが突き刺さる。
煙。
焦げた匂い。
「な、なんだよ」
恐る恐る近づくと、クレーターの中心に“カプセル”のようなものが落ちていた。
プシューッ……
蒸気が噴き出し、ゆっくりと蓋が開く。
そして、中から出てきたのは。
「人?」
いや。
月明かりに照らされたそれは、
どう見ても――
美少女だった。
銀色の長い髪。
機械的に光る瞳。
身体のラインにぴったり合った未来的なスーツ。
彼女はゆっくりとこちらを見て、無機質な声で言った。
「目標個体、確認」
「は?」
「対象:あなた」
そう言って、彼女は一歩近づく。
俺は完全に混乱していた。
「ちょ、ちょっと待て。誰だよお前」
彼女は一瞬だけ沈黙してから、まるでプログラムを読み上げるように言った。
「自己紹介します」
「私は未来から派遣された機体」
「型式番号:AL-ICE」
「任務」
そこで、彼女はわずかに首を傾げた。
そして。
なぜか。
ほんの少しだけ、優しく微笑んだ。
「あなたを堕落させることです」
「は?」
「二十年後」
彼女は夜空を見上げた。
「人類と機械は戦争状態にあります」
「そしてその戦争で」
無機質な瞳が、俺をまっすぐ見た。
「あなたは人類側の英雄になります」
「は???」
理解が追いつかない。
俺が?
英雄?
こんな人生終わってる俺が?
だが彼女は淡々と続けた。
「そのため未来の機械軍は判断しました」
「あなたを排除するよりも」
一歩。
また一歩。
距離が近づく。
そして彼女は、俺の手をそっと握った。
温かい。
機械なのに、信じられないほど。
「先に堕落させてしまえばいい」
「……」
「安心してください」
彼女は、今度ははっきりと微笑んだ。
「私はそのために作られた機体です」
「あなたを」
「徹底的に」
「甘やかします」
次の瞬間。
彼女はとんでもないことを言った。
「まずは第一段階」
「本日から」
「あなたの生活費は、すべて私が負担します」
「え?」
「働かなくても大丈夫です」
「家事も私が行います」
「食事も作ります」
「精神ケアも担当します」
「あなたは」
彼女は断言した。
「何もしなくていいです」
俺はしばらく沈黙してから言った。
「それって」
「ほぼ天国では?」
すると彼女は静かに頷いた。
「はい」
「その通りです」
そして。
未来の人類を裏切らせるための最悪の言葉を告げた。
「ようこそ」
「堕落プログラムへ」
その日。
世界を救うはずだった俺の人生。
それは、未来の美少女ロボットによって、完全に甘やかされることになった。




