(1)
いつの世にも反システム的な分子は存在する。
システムからドロップアウトしている人々。それは仕方のないことだ。それは23世紀になっても変わらない。
「トルク、おい、トルク聞いてんのか?」
モニタ越しにアンドジョンは身を乗り出している。結んだ黒いネクタイの先がモニタから飛び出す勢いだ。
「ああ」
画面の中の雑然とした部屋で机に向かう痩せたトルクはカメラへ振り向きもしない。
ぶかぶかのT-シャツにジャージ。骨張った素足の先にはデッキシューズがぶら下がっている。
トルクはモニタを睨み、キーボードから器用に防塵フレームのマニピュレータを動かしていた。
カメラに向いているのは机の端に丸まっている猫だけ。
「欲しいマテリアルはこっちが提供するって言ってる。それも粗方届いたはずだ。もう不満は無いだろ。いい加減にしてくれ。こっちも暇じゃないんだ・よ」
「・・・・・・」
トルクは人差し指で猫をあやす。
「ドナウは相変わらずかわいいな。だが今は税金並みにどうでもいい」
「すっかり商社が板についてきたな」
「来週までだ。クライアントの指定は」
「分かってる。分かってるって」
トルクは大きなため息をひとつ。
「今回は簡単じゃないぜ、なんせ最新の改ざん防止装置つきときてる」
「最新の?聞いてないぜ」
「メールに書いただろ。ひょっとしてまだ見てないのか」
「悪いな」
「噂で聞いたことはあると思うが例のベビーナアルゴリズムさ」
「有名なベビーナ氏が夜も寝ないで発明したっていう例のやつのことか」
「事実上改ざん不可能って言われてる」
「最新の割りに有名なやつだな」
「100年以上も使われたバブルチェーンがとうとう終焉だぜ」
「バブルチェーンは亜種も含めて数百種も存在する。まだまだ全部を拝んじゃないがな。それでもだいぶ稼がせてもらった」
トルクは机の横に積まれた手書きのナレッジベースをパラパラめくる。
「ベビーナアリゴリズムはデータを一つ入れ替えると縦糸と横糸が一挙に縮み上がる仕組みだ。あっという間に大きなシミができちまう」
「やってみたのか」
トルクが椅子を回して振り返った。
頬がこけ、目はくぼみ、鼻筋だけが強調されていた。
「・・・・・・」
「やったんだろう。やらなきゃ判るわけない。なんてことを・・・」
「いいだろ。データは同じ世代で4つある。ひとつは仲介役の特権で俺が頂いた。俺だって売出し中のコラージュ職人さ。こんなマテリアルは滅多にお目にかかれない」
「どうせ趣味だろう。本業の商社に熱を入れたほうがいい」
「心配してもらって悪いがすこぶる順調だよ。会社の方は」
「それよりなあ、あれは何度複製したって画質は劣化しない。けど世代が進めば進むほど改ざんが難しくなるそうだ。そしてお前がその4分の1を壊した。お・ま・え・が」
「細かいこと言うなよ。お前は3回もしくじるほど間抜けじゃないだろ。アルゴリズムの開発と改ざんはイタチごっこだがトルクはイタチの中でも先頭に君臨し続けてる」
アンドジョンは結んだ口角をニヤリとつり上げた。
「・・・ならもう1つやるよ」
右手の人差し指を天井に向け、くるくる回しながらトルクがニヤリと笑い返した。
アンドジョンはトルクの扱いになれている。




