(4)
バスルームから無言で戻るとトルクは椅子に浅く腰掛ける。
一呼吸置くと決心したようにキーボードに手を掛けた。
PCの電源を入れると幾つかのキーを押さえながら立ち上がるのを待った。
低いファンの音が室内に響く。
カウンタがちょうど6秒を数えたとき正確にキーを入れ替える。
それを数回繰り返した。ピアニストのように。
「何か調べるなら端末じゃだめなの」
サルナが覗き込む。
「いや、三千世界にアクセスするんだよ」
「なによそれ、いったい・・・」
「三千世界は無数のレイヤで出来ている。レイヤをリロードするんだ。端末じゃキー不足さ」
(もしかしてこれって一般人が知ってちゃいけないことなんじゃないの・・・)
サルナはトルクがなぜ指名手配されていたか改めて腑に落ちる。
「こんなのどこで覚えるのよ」
「地下ノートに隠れて落ちてるぜ」
「うそ、誰でもできるの?」
「まあ、だいたいは意味を理解できないか、間違った解釈で叩いて指がつるか、そもそも殆んど辿り着かない」
「なるほど、って感心してる場合じゃないわね」
「レイヤは数秒に一回健全性が評価され、傷ついたレイヤは健全性を保つためにリロードされる。ちょっと破壊されたと思わせればいいんだ。そうすればリロードされる。めったにレイヤが壊れることなんかないけどね」
「簡単に壊す事ができるの?そっそもそも、怖っ、じゃなかった、こわっ、こわしちゃって大丈夫?」
「それでも三千世界は健全性を保つために堅固なシステムを何重にも維持してる。経験がないわけじゃない」
「どうなるの・・・想像つかないんだけど」
おっかなびっくり大人の癖に無邪気にトルクの顔を覗き込む。スーツの中で歪んだ胸が強調される。
トルクは赤くなって場を取り繕い始めた。
「実は作るより微妙に壊すほうが得意だったりするんだな。これが。全部を壊すわけじゃない。微妙に壊すって言うのがこれまた難しい」
「しくじったりしないの?しくじったらどうなるの?」
「しくじったら?そうだな・・・しくじったら悪魔が召喚されるかもしれない」
「あっ、悪魔?」
トルクは楽しそうにサルナを斜めに見ながら右手の人差し指を上に向かってくるくると回した。もちろん照れ隠しだ。
「楽しそうね。あんまり楽しいことじゃないっぽいけど」
「アーノルドは”何か”とコミュニケーションを取ってなかったはずはないんだ。神様の気に障るような”何か”とね」
「だからトルクと同じように狙われた・・・って言いたいのね」サルナが何かを察して言葉をつなぐ。
「だとするとこの部屋じゃトラディショナルPCが一番簡単だ。これはきっと悪魔のシステムと繋がっている」
そう言ってトルクは勢い良くキーを叩き込んだ。




