(1)
奴はここにいる。この夜の、この裏路地に。
ステーツでアーノルドの死体と遭遇したあとトルクとサルナは巨大都市チャネルローズから東へ約300kmのとある街に来ていた。
とある街はファントンという。
ファントンは進化から見捨てられたコンセプトシティ。200年前の生活が残り、別名ノスタルジー街と言われている。
町全体が保護区に指定されている。
「悪いことは言わない。昼間来たほうがいい。ここは外れてるから昼間でも普通の人は来ない場所なのに」タクシーの運転手は帽子を深く被ったまま通りの隅々を注意深く見つめながら言った。
「観光客も来ないのかしら」
「この間もよそ者の若い女性が、きっとノスタルジーツーリズムかなんかだったのさ、追いはぎされて死体で発見されたばかりだ。足も遠のくってもんさ」
「それじゃあ観光業もさっぱりね」
「蛍光灯が温かみがあるだとかシャッター街がいいとかなんかで東路地の方はだいぶ今でも賑わっているよ」
「犯人はどうしたの」
「捕まりゃしねえ」一刻も早くこの場を去りたいのかタクシーの運転手は早口で吐き捨てた。
「ご忠告ありがとう。お釣りはいいわ。チップよ」
タクシーはドアも締め切らぬまま、ろくにウインカーも出さずに路地を猛スピードで曲がって行った。
サルナとトルクはシャッターの閉じた細いアーケードを進んでいく。
「しかしこの屋根すごいわね。おしゃれね。昔の人もこんな昔から紫外線を避けてたのね」
「簡易シェルターじゃないのかな。多分だけど。昔は直射日光で世界中が沸騰してたって聞いたことがあるな。さながら壊れたサウナだったって」
「ありえないわね。どんなテンションで言ってるのかしら。」
「整いすぎてるんじゃないのか。まあ、昔の話は 何かと誇張されがちなんだよな」
「ねえ、これ何かしら。赤いモグラみたいな・・・」
「火事の時に消化液が出るんだよ。多分だけど」
「トルクって結構物知りね」
「まあな」
「それにしてもすごいわね。この芸術は。昔の人はどうやってこの絵をかいたのかしら。文字っぽいけど。それにしてもなんて書いてあるのかしら」
暗がりの中、シャッターのスプレーをしげしげと見るサルナ。
「ラスコーの壁画とは違うしな。昔の豪族の縄張りマーキングみたいなものじゃないのか。多分だけど」
「ちょっと待ってね。翻訳してみるから」
サルナがブックタブをかざす。
(夜露死苦総死走愛《力の限りやり遂げます》魔苦怒那瑠怒《ハンバーガーが怒るほど好きです》)
「なるほどね」
アーケードから裏路地へ折れていく。
塀の高い寺院の脇を過ぎると点在する街灯と僅かなビルの窓明かり。路駐された車が数台の静かな裏路地。
まだ電柱と側溝の残る街路。タバコの吸い殻。酔っぱらいの吐しゃ物の臭い。殺人鬼の住む裏路地へ。
治安が悪いために人通りは無い。真っ当な店は総て閉じている。ということは開いている店は必然的に怪しいということになる。
目的の喫茶店は直ぐに見つかった。




