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新次元紀行  作者: 木戸攘夷
第8章 薔薇の殺人許可書
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(5)

 困ったことに本当に手がかりがなかった。コーラマバードは何故ここまで自分自身の存在を隠し切ることができるのか。


 200歳を超える老人は誰とも接触せずほとんど一箇所から動かないのか、もしくは絶大なる権力をもってすべてのログを消去しているかのどちらかだ。

 いや、まだある。存在そのものが嘘なのかもしれない。


 集中治療室から出たトルクは手術着のまま医療ラボの外来端末にかじりついていた。


 本来ならばパーソナルID無しでは端末室にすら入れるはずも無いのだがトルクにはあまり関係ないようだった。


 端末室は小さい小部屋の集合体だが全面が有機画面で囲まれて無駄に没入感と臨場感が味わえる仕様だ。全部で数十程の端末の寄せ集めとなっている。

 精神治療にも使われる小部屋達は入ると立体的にシャッフルされて使用者のプライバシー保護も完璧だ。


 トルク以外の利用者はいない。

 端末室の入り口には一つだけ入室ランプがともっている。時刻は日付変更線を跨ごうとしていた。


 入った時は仄明るい壁照明から始まった小部屋。

 情報量が増えるにつれ小部屋は徐々に明るさを増していた。

 盛んに情報らしきものをやり取りをしている。

 フラッシュで画像が次々と切り替わる。


 サルナが背後のポップアップに顔を出すが気づいた素振りもない。

 「病室に居ないってドクターが騒いでたわ。気分はどお。入室を承諾してもらってもいいかしら」

 「かまわんよ」

 あたかも自室に誰かが訪ねてきたかのようにトルクは振り向きもしない。


 サルナはポップアップウィンドウを両手で上下に広げ、スカートの裾を押さえながら窓枠を窮屈そうに跨いで端末室に入り込む。

 勿論本当にではなくミックスドリアリティのオブジェクトとして。


 「しかしこのオブジェクトはよくできてるでしょ。物理的に掴むこともできるし温度も感じる仕様だそうよ。この端末室間オンリーだけどね」

 「まあ、二重のままで安心したよ」

 「整形なんかするわけないじゃない。だって長官は二重も嫌いじゃないのよ、本当は」

 「まだ、少しふわふわするよ」


 「何か仕事してるの?。必要ならばデータセンターの利用許可を取るわ。結構色んなもの見れるわよ。ここより」


 サルナがトルクの肩口に顔を寄せる。視線を覗き込む仕草でトルクの横顔を見るとサルナの中で長官から渡された朱字だらけの紙切れがヒラヒラと舞い上がる。


 「寄るなっつーの。寄るんじゃない」

 本当はそこにいないサルナだがなんだかトルク的に緊張する。髪の毛も僅かだがトルクの首筋を触る。

 「なにか見つかった?」


 「地下ノートには内務省の探しているコーラマバードの情報はゼロ。三千世界のつまらない噂話だけさ。内務省の文書はもっとつまらなすぎて見る気もしない」

 「でしょうね。存在はしていたんでしょうけど。存在証明そのものが難題だと思うわ」


 「100年以上前のエピソードになるとほぼ伝説だね。巨石から石像をくりぬいて並べて通信機器として使っていたとか、衛星用の対空標識として地上絵を描いたとか」


 「図書館で子供用の歴史書を紐解いたほうが良いっていう話ね」

 「きれいに世界の歴史も書きかえられてる。コーラマバードの名前がゴッドや宇宙人にすりかえられてる。コーラマバードの痕跡や証拠なんて一つも見つからない」

 「さすが都市伝説ね」


 「ビッグデータアーカイブやパーソナルトレースでも積算存在確率はほぼゼロだ。存在しないに等しい」


 「専門の端末なしにどうやって調べたの。接続領域も限られているでしょ」


 サルナは内心ホッとした。

 体はもう治っている。そうすればトルクには内務省に従う必要は無くなったはずだ。


 逃走してくれれば少なくともサルナがトルクを殺す必要はなくなる。

 けれどトルクはコーラマバードを探そうとしている。


 (果たして私にこの貧弱な男を殺すことができるのか?)

 サルナは身体になにか重いものが溜まるような嫌な感じを覚える。それは自らに課せられた使命へのやるせなさからか。

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