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新次元紀行  作者: 木戸攘夷
第-1章 ステーツシティ
3/35

(2)

入り口の前。ドアノブを握る段になって息を飲むサルナ。

 「開けた途端に小虫の山が出来てるようなことはないだろうな。全然平気だけどね」

 躊躇するサルナにトルクはしかめっ面をして見せる。

 「ちょっと下がってね。危ない目に遭うかもしれないしね」

 「危ない目ってなんだよ」

 「事件に巻き込まれてたら大変ってことよ。2次被害もありうるしね。誰かいるかしら」

 「おい、おい、誰がいるんだよ」

 「そうよね。まさかね。それともおぞましい虫かしら」


 サルナは顔をトルクに10cmまで近づけて冗談ぽく眉を寄せる。

 「ぜっ、全然、怖くもなんともないんですけど」

 トルクはドキドキしながら思わず息を止めて顔を背ける。

 サルナが管理人から借りたキーでドアを開けた。

 存在はしているけど生きてはいない。

 いよいよ最悪な現実が突きつけられるかもしれないと思うと二人に緊張が走る。

 「大丈夫、大丈夫。人生出た所勝負」

 「勝負しすぎなんじゃないの」

 (そう言えば大胆に壁を壊して入ってきたな。壊さないだけまだましか・・・)

 サルナがローグランに初めてやって来たときのことをトルクは思い出していた。


 「意外と綺麗ね。今更だけど勝手に入ってもいいわよね。お邪魔しまーす」


 部屋は荒れた様子もなく、今にも住人が戻って来そうな雰囲気だった。

 リビングには大きなソファとテーブル、フロアにそのまま高く積まれた科学雑誌と学術書。小さなテレビ。デスクにはPC。

 書きかけの論文原稿。シラバスの束。


 アーノルドは講師を生業とし、論文を書いていたわけだ。

 灰皿には高く積まれた吸殻。封が切られて湿気てしまったキャメル。

 壁にはカレンダーと地下鉄の時刻表。コードの抜かれた空気清浄機。電源供給が止まって動かなくなった掃除ロボット。

 一人暮らしの寂しい部屋。

 コンセントの抜かれたキッチンの冷蔵庫には失踪した当時のミルク。少ない食材はカラカラになっていた。

 アーノルドは今どこにいるのか。

 「結婚してなかったんだろう?。色気のない部屋だ」

 トルクはよく見ると埃だらけのソファによく見ずに腰掛けた。

 「誰とも結婚していた記録は無いわ。結婚してここで一緒にいなくてよかったわ。一緒に遭遇してればきっと殺されてるでしょうから」

 「例のサルバドール財団の殺し屋だろ」


 「殺し屋の一連の手口は概ね3種類に大別されるわ。サルバドール財団が雇った殺し屋の特徴的なものとしてプロファイルされている」

 サルナはカーテンをあけ放ち、窓から地上を走る自動車を見ながら深刻そうに話し続ける。

 「一つはウィルスを使う方法。一つは物理的に殺す方法。最後は壁とかに押し込める方法、どうやってるか明らかにされていないけれど壁とかに生き埋めにする」

 「色々あるな」

 「そうね。同一犯認定されていてバリエーションに富んでるわね」

 ウィルスというのはトルクが経験したあれだ。多分。

 トルクに怒りがふつふつと湧き上がる。

 ここ数日この怒りから離れることができていなかった。


 「壁の中に埋められてる可能性もあるってこと?。例えばここみたいな」

 トルクがタバコで黄ばんだ壁をコツコツと叩く。

 つまり人間の体を構成する原子は実は隙間だらけだ。

 もちろん壁も隙間だらけで、壁の原子と原子の間に人間の原子を押し込んでいく。うまくいけば理論上壁を通り抜けることができるが、人間にはそれは本来無理だ。

 「察しがいいわね。その通り、半年前に殺されたベンソン博士は壁の中から発見されたわ」

 「すごいねそりゃ」トルクは言葉ほど驚いていない。

 ソファの溝をなぞりながら視線は泳ぐ。

 「でも完全に壁に同化はできない。表面からごく浅い部分は衣服ごと同化していたわ。苦しかったでしょうね。同化することにも痛みは伴うと言われているわ。でも直接の死因は窒息死に相当する」

 「完全に同化できれば生きている可能性もあるわけだ」

 「そんなことは普通出来ないわよ」

 (いや、そう言えばそういう殺し屋に心当たりがある・・・)トルクは何かを思い出しているようだった。

 サルナは壁を端からコツコツと上から下まで丁寧に調べる。

 何処も密実な壁の音がする。

 トルクはブレイカーを上げると電気をつけてトイレからキッチン、バスルームを見て回る。

 簡単に見つかるならもう既に見つかっているはずだ。


 (おかしい。変だ・・・・)

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