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新次元紀行  作者: 木戸攘夷
第7章 死に至るプログラム
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(4)

 「血液洗浄を行えば2、3日程度で完治するでしょう。骨密度も直ぐに回復します」


 手術着でベッドに眠るトルクを前にドクターが検査結果をケリー長官に報告する。

 モニタ越に検査室のドクターと会話するケリー長官とサルナ。

 「あら、重症の割りに早いわねえ」


 「通常は10日は寝たきりとなるでしょう。稀によく鍛えられた肉体はウィルスに対して強い抵抗力を持つ場合もあります。しかし彼の場合肉体的には平均以下です」

 「では何故?」

 「純粋に血や筋肉が強い抵抗力を保有しています。何か特殊な鍛え方というか抵抗訓練をしていたのかもしれません。例えば・・・」

 「例えば、何?」

 ケリー長官が言いにくい言葉をドクターから引き出そうとする。


 「犯罪レベルの、精神汚染レベルのクロスリアリティゲームとか、それに匹敵する精神訓練等が該当します」ドクターは眼鏡越しにカルテから目を離さず無感情に言った。


 「クロス・・・リアリティ・・・って」

 「ビッグシューターって言ったほうがミス・東郷には分かるわね」

 「昔深夜帯でやっていたあの・・」

 「そうよ、唯のTVショー。表の顔はね」


 「エスカレートしたTVショーはだいぶ無茶なホストサーバーの介入が横行していたそうです。ホストの介入率が40%を越えると精神は異常をきたすと言われています」

 「でもそんな無茶なカリキュラムは半世紀前から軍隊でもしていないわよ。生き残った僅かな被害者がまだ法廷で争っているしね」


 「クロスリアリティゲームが免疫機能に多大な影響を与えることは遥か昔から定説とされています」

 「元々はただのイーゲームでしかなかったわ」

 「民間利用が法律で禁止されたのは遥か昔です」


 「精神汚染が問題視されたのね。でもね、その効用を発見した軍隊が訓練用に発展させた。対AI用の人間を作り上げるにはもってこいだったのよ」

 「そういった意味でミスターコンカラットは規格外です。国のオペレーションからも逃れているようですし・・・」

 「忌まわしき浄化作戦ね・・・」


 ケリー長官は苦虫を噛みつぶした顔をした。それはケリー長官が何某らの関わりを持っていたことを示唆していた。

 ドクターはこれ以上この話を進めるべきではないと忖度した。そして話題の軌道修正をする。


 「全身麻酔もするのでついでに整形もしたらどうでしょう。長官好みの一重にした方が良いのでは」


 「おーほほほっ、それはいい考えね、ドクター。どんどんやっちゃって」

 「なに、訳のわかんないこと言ってんだよ。勝手に弄ろうとするな・・・」

 「あら、あらら・・・、うそー、まだ起きてたの。それとも起こしちゃったかしら。ほんとに・・・嫌なの。もしかして聞こえてたかしら・・・」

 「しっかり・と・な」

 意図的に止めなければマイクは自動で言葉を拾う。小さな言葉も拾い逃さない。


 ベットに横たわりながらつっこむのも今のトルクにはしんどい。強い鎮静剤が効いていて気を抜けば多分直ぐに眠りに落ちていくような状況だった。


 「一重にすればもてるようになるわよ。ねえ、ミス・東郷」

 「えーと・・・うーん、どうかしら・・・」

 (こらー、悩むなーっ)

 「痛くないですから。麻酔でちくっとして気がついたら終わってますから」ドクターは相変わらず眼鏡越しにカルテから目を離さず言った。


 「拒否・す・る」

 「おーほほほっ、ドクター、無理強いしてはだめよ」(彼の記憶もどうにかならないかしら)ケリー長官がドクターに囁く。

 (余計な記憶も消してしまうリスクが少なからず・・・)ドクターが囁き返す。

 「聞こえてるんだよ」


 「そういえばミスターコ~ンカラット、あなたのペーパー見せてもらったことがあるわ。コミュニティに投稿したもの」

 「さあな。身に・・・覚えがない」

 「隠しては駄目よ。それぐらい調べることは内務省ならたやすいわ。ハンドルネームもね。ガンジスでいいんでしょ」


 ペーパーにハンドルネームはつきものだ。


 『Convention on the Appropriate Implementation of Community Codes』通称ハンドルネーム条約。

 高度な情報保護の観点から厳重に管理されていて、本人が話さない限り親さえも知りえない。


 増えすぎたハンドルネームはエントロピーの肥大として非難された。

 気候変動COP以来のレガシー条約と言われる世界的エントロピー拡散防止のための取り決め。

 国家間とコミュニティ間の本人認証、人格権の付与、唯一性の確保。要するにハンドルネームを管理する国際条約。

 情報社会と現実社会は完全に区別されていてる。それを結びつけるものはハンドルネーム以外に事実上無い。


 「とっても荒唐無稽な論文で興味を引かれるわ。名称は一見有名古典理論の模倣のようだけれど全然違う。まあ、それは世を忍ぶあなたの狙いなのでしょうけれど。4色のネコの理論。完成度は高いわ。でも理論と実践は違う。4色のネコはいずれ完成するのかしら」


 「別に世を忍んでるつもりはない。そして昔からネコは3色までと相場が決まってる。あんたの言う通りさ、理論と実践は違う。完成なんてする訳が無い」トルクはサルナの目を見ながら諦めたように言った。

 そして目を静かに閉じた。あたかも疲れて眠るかのように。


 「残念ね、あれが完成すれば、この電脳社会にかつて無いカタストロフィが訪れるわ。そういえばミス・東郷、あなたのミッションレポートにはネコがでてきたわね」

 「はっ、はい。あれは今思えば犬だったような・・・。そう言えばブチだったような・・・」

 サルナは慌てて目を泳がせる。


 「あらそーお、判り易い人ねえ。それじゃミスターコンカラットが留守の間食事は大丈夫かしら。誰かにビーフでも持って行かせようかしら」

 「だっ、大丈夫です。くっ、首輪をしていませんでしたから、きっと野良です。多分っ」

 「ホントかしら。まあいいわ。彼の歯も治して差し上げて。ドクター。食事に困るわ。それからミス・東郷、後で私の部屋まで来て頂戴。重要なお話があるわ」


 そう言い放つとケリー長官は呆れたように両手を広げ立ち去った。

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