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新次元紀行  作者: 木戸攘夷
第-2章 イントロダクション
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(1)

神は造るが造りっぱなしで誰かがそれを処分する。

それは結構な手間でみんなそれを嫌がる。

これは本当の話だ。


世界は神の実験に満ちていて、誰かが尻拭いをさせられる。

だから世界は取り繕われる。

これは噂話だ。


この世界が虚構だとしたら。

この世界がパラレルワールドだとしたら。

人はいずれ世界を造った神の秘密を暴くだろう。

 紐を掴んでくるくると回していたライトが手から飛び落ちる。ガードマンは手が変な汗をかいていることを自覚した。

 ゆっくりと屈んで拾い上げるが視線は廊下の先、違和感の先を見つめたまま反らすことができない。乾いた粉物を飲み込んだ後のようだった。口を開こうにも舌が重くて声にならない。

 細長い、かなり長いクリーム色の廊下はエレベータを除くと全部で30程度の小部屋を開く扉がついている。窓とか装飾もない。


 中庭に向いた部屋で7番目か8番目の部屋に差し掛かっていた。

 遠くから雨の降る音か、それとも何か電気製品のノイズか、いずれにせよ耳に微かに響き続ける。


 小部屋にはそれぞれ主の研究者がいて、ちょうど朝6:00くらいからフレックスタイムの研究者達が出入りし始め、夜は遅くまで詰めている。それでもよほどのことがない限り、学会の発表とか、論文の締め切りとかない限り夜中の12時、1時には家に帰っている筈だ。


 深夜放送では大統領の醜聞やコメディアンのゴシップが特集され、イヤホンで聞きながら時間が過ぎてしまった。巡回を始める筈の25時はとうに過ぎてしまっていた。


 腕時計を見ると午前3時を少し回った頃合い。

 白色の壁はオレンジ色の非常灯の薄明かりに上向きに所々照らされていた。歩を進める度に明かりを落とした天井の白色のライトが点灯し、下向きに照らす。


 「嫌な悪戯だ」やっと声に出してみた。

 だがこんな手の込んだ悪戯をするような人物に心当たりはない。

 大学に務める人種の中には労力に見合わない作業を好んで行う輩もいることはいるが・・・やはり心当たりが無かった。


 警棒の先でつついてみるが硬く動く気配はない。冷たい汗が背筋を伝う。心臓の音があからさまに響き始めた。

 白色の壁のちょうど胸高の辺り、石膏像のように浮き上がった顔は苦痛で歪んでいた。石膏像は下向きの照明でくっきりと影をつくっている。

 何もない平らだった筈の壁からよく知った顔が浮き上がっていた。休憩室でよく紅茶をすすっていたベンソン博士。角砂糖を四つも入れる紳士の顔。

 石膏のデスマスク。その顔は責め苦を負わされる宗教画の罪人のように顔を歪めていた。

 トレードマークの髭は柔らかさを失った筋のように口周りと顎に張りついている。


 恐る恐る触れてみたが石膏像そのものだった。回りの平らな壁と触感は変わらない。それでも少しざらついているだろうか。

 ただ少し違うのはそこが生暖かく感じられることだった。芯に熱源を残した石膏像。

 強く押してみる。

 簡単に石膏にひびが入り、ゆっくりと赤黒い液体がにじんで石膏にしみる始める。

 ガードマンは直感的にそれが血であることを悟った。


 その時背後を大きな影がゆっくりと通り過ぎた。

 何かの気配を感じて振り返るが何者もいない。

 影だけが。通路の中心ぐらいから伸びた影。壁から天井へと伸びる。影はそのまま長い廊下を先へ進んでいく。

 かろうじて人の影であると思える。だが頭の部分には何か大きな突起が広がっており、いくつかに分離する角が生えている。何かの動物の角。

 影の主はどこにもいない。

 そしてゆっくりと消えてしまった。


 研究所は朝から大勢の警官とマスコミが押し寄せていた。

 広大な敷地の中庭まで乗りつけた警察車輌と壁を壊すブレイカーを積んだワンボックスカー。キープアウトのテープが張り巡らされている。

 数日前から降り続いた雨で銀杏の葉は大部分が落ちてしまい地面が見えないほどになっていた。

 普段ならばしんみりと冷え込んでいるだけの朝だった。


 将来を嘱望されていたものの取り立てて目立つことのなかった若い研究者は壁の中から”発掘”された。衣服と皮膚は完全には壁から分離できなかった。つまり衣服と皮膚は壁と部分的に一体化していた。


 マスコミは騒いだ。そして警察の発表はこうだ。

 ”若いベンソン博士は殺された後、1時間の間にもともとあった壁そっくりに壁の中に塗りこまれた”

 世界中の一般人の反応はこうだ。

 ”世の中には科学で証明できないことはいくらでもある”

 ”ベンソン博士は重要な発見をして秘密組織に殺された”

 ”またマスコミが大げさに騒いでいる”


 微熱を訴え続けたガードマンは3日後、正体不明の病で事情聴取の最中に突然不調を訴え、二年ほど苦しみ続けた後息を引取った。

 死んだとき、38歳のガードマンは殆どの歯が抜け落ちミイラのようになっていたと後にガードマンの妻は語っている。

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