第1話 平和の代償、魔法の墓場
俺、佐藤悠真は、二十八歳の平凡な宝石細工師だった。
いや、正確には「元」だ。
交通事故で意識を失った次の瞬間、俺は見知らぬ石畳の路地に倒れていた。
「ここ……どこだ?」
周囲を見回すと、まるで中世ヨーロッパのような街並み。
石造りの建物が連なり、軒先には看板が揺れている。
「鍛冶工房」「宝石細工処」「彫金師ギルド」……どれも職人関連だ。
空気は澄んでいて、遠くから金槌の音や炉の爆ぜる音が聞こえてくる。
「異世界転生……か?」
冗談じゃなく、本気でそう思った。
だって、俺の視界に浮かぶ半透明のウィンドウが、完全にファンタジーRPGのそれだったから。
【名前:佐藤悠真】
【職業:装飾職人(転生特典)】
【固有スキル:衰退魔法再構築(Lv.1)】
【説明:枯れた魔力を、職人技術と「需要」の力で再現・強化する。工房内でしか発動せず、装飾工程が必須】
「需要……?」
意味がよく分からないまま、俺は立ち上がった。
ポケットを探ると、現代の財布やスマホはなく、代わりに粗末な革の袋と、古びた指輪が一つ。
指輪の中央には、くすんだ青い石が嵌まっている。触ると、かすかに温かい。
その時、路地を歩いてきた少年が俺を見て目を丸くした。
「おい、おっさん! 寝ぼけてんのか? こんなところで倒れてたら、衛兵に連行されるぞ」
少年は十歳くらい。ぼろぼろの服を着て、手に小さなハンマーを持っている。
「すまん……ここはどこだ?」
「アーティファクト・ハーバーだよ。工房街の外れ。知らないわけないだろ?」
少年は呆れた顔で続ける。
「まさか……また転生者? 最近多いんだよなあ。魔王討伐から三百年前の英雄みたいに、チートスキル持ってドカンと来るやつ」
俺は思わず聞き返した。
「魔王……討伐されたのか?」
「当たり前だろ。三百年前に最後の魔王が死んで、魔物もほとんどいなくなった。平和すぎて、魔法が死んだんだよ」
少年はため息をつき、くすんだ指輪を指さした。
「それ、昔の魔法遺物だろ? 今じゃただの飾りだ。魔力の残滓が残ってるだけ。使い切ったら終わり」
そう言って少年は去っていった。
俺は指輪を握りしめ、胸がざわついた。
魔法が死んだ世界。
でも、職人はまだ生きている。工房が軒を連ね、街は職人の音で満ちている。
ここなら……俺の技術が生きるかもしれない。
俺は意を決して、路地の奥へ進んだ。
古びた看板に「閉店中」と書かれた小さな工房を見つけた。
扉を開けると、埃っぽい空気と、放置された作業台。
【工房を継承しますか?】
ウィンドウが現れる。
「……継承する」
【工房名を入力してください】
俺は少し考えて、入力した。
【悠真の装飾工房】
瞬間、工房全体が淡く光った。
埃が舞い、棚の道具が少しだけ輝きを取り戻す。
そして、俺のスキルが反応した。
【衰退魔法再構築 Lv.1 発動条件:工房内+装飾工程】
【現在の対象:くすんだ魔法指輪(水の残滓)】
【再構築しますか?(必要:強い「需要」のイメージ)】
需要……。
俺は目を閉じ、想像した。
干ばつで苦しむ農民。
水を求めて泣く子供。
「この指輪があれば、みんなが救われる」
そんな切実な願いを、強く強く。
すると、指輪の石が青く光り始めた。
【再構築成功!】
【指輪に「微弱・水生成(1日1リットル)」を付与】
【残滓残量:70%】
俺は息を呑んだ。
指輪から、ほんのわずかだが、水の雫がぽたりと落ちた。
「……これが、俺のチートか」
外から、誰かの足音が近づいてくる。
少年の声が聞こえた。
「おいおっさん! さっきの指輪、売る気あるなら高く買ってやるぜ!」
俺は笑みを浮かべ、指輪を握った。
これから始まる。
魔法が死んだ世界で、職人が魔法を蘇らせる物語が。
(第1話 完)




