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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

蛍シリーズ

蛍は今を生きている。

作者: 十十廃色
掲載日:2025/11/19

【あなたをハグ死体】


 クラスメイトが殺された。確か、名前は豪宕(ごうとう)抱擁(ほうよう)だっけか。名前のとおり豪宕な女の子で、ハグが大好きだった。私もよく抱き着かれた。それが今や、懐かしい思い出となってしまった。

 思うところがないでもないが、死んだ人間はただ死んだだけであって、それは過去のことであって、つまり今ではない。今死んだというのなら、それなりに悲しんでみせたかもしれないが、昔に死んだ人のことなど、思い出すことすら難しいだろう。

「……」

 立ち入り禁止とされている死体発見現場の体育倉庫にて、私は黙祷していた。一応、最低限の礼儀というヤツだ。黙祷に意味があると思っているわけではない。あんなのに意味なんてない。だって、黙っていても、なにも伝わらないじゃないか。そして、伝わったとしても、死人が生き返ることはない。

 少なくとも、災害で死んだ人に捧げるのは黙祷ではないだろう。折り鶴ぐらい嬉しくない。

 まあ、それも過去のことか。

「……ふう」

 黙祷を終え、合わせていた手を離す。無意味な時間だったが、これも礼儀作法なので仕方ない。多分、そういう類に含まれるものだろう。黙祷っていうのは、要するにマナーだ。黄色信号では渡らないとか、そういう当たり前のマナー。礼儀とマナーって、同じ意味だから。

「それにしても……」

 変な状況である。

 実は、この事件には容疑者がいないのだ。

 どういうことか説明する。まずは、事件の詳細を語ろう。

 犯行は、十五分しかない中休みの間に起きたらしい。というのも、抱擁ちゃんは二時間目まで授業に出席していたらしいのだ。そして、中休みの最中にどこかへ行って、そのまま三時間目の授業に帰ってこなかったらしい。授業が始まっておよそ五分。不審に思った佐紀(さのり)峯則(みねのり)先生が、ひとりの生徒を連れて抱擁ちゃんを探しに教室を出た。いや、正確に言えば、そのひとりの生徒が体調不良を訴えたので、その子を保健室まで送るついで(もしくは保健室に送るほうがついでだったかもしれない)に抱擁ちゃんを探そうということらしい。だから、教室から体育倉庫までの道のりに保健室はあるので、その体調不良子ちゃん(塔冴(とうさえ)(すばる)ちゃん)は第一発見者ではない。そして第一発見者は先生だ。

 どうして体育倉庫で死体を見つけられたのかというと、先生は中休みの間、体育館で児童たちを見守っていたらしいのだ。そのとき、その集団に紛れている抱擁ちゃんの姿も確認していたらしい。先程かららしいばかりだが、又聞きなのだからしょうがないだろう。

 そして、前例があった。昔、児童のひとりが中休みの間に体育倉庫に侵入して、そのまま寝てしまったらしい。その後、結構な大騒ぎになったんだとか。

 だから、先生はまず最初に体育館へ向かった。体育倉庫は、体育館の奥にある。それから体育倉庫を確認すると、まさかの死体発見というわけである。騒ぎになったとき、私も興味本位で体育館を覗いたが、見えたのは死体ではなくショックで倒れている先生だった。それと、数人の先生。その人たちも大慌てで、なんだか面白いことになってるなと思った記憶がある。まぁ、たった一日前のことなんだけど。

 まさか、人が死んでいるとは思わなかった。あの後、私たちは事情聴取を受けることもなく帰された。数人の生徒は残されていたから、多分その人たちは何らかの関係があった人なのだろう。知らないけど。

 まぁ、それが事件の詳細だ――そしてここからが、推理小説ポイント。

 事件当時、現場は密室状態にあった。私たちの担任である佐紀先生が、隣のクラスの担任である思遣(おもやり)流行(はやり)先生とふたりがかりで体育館全域を見守っていたこともそうだし、そのふたりが『中休みが終わる五分前までは、誰も体育倉庫には入っていなかった』と証言していることもそうだ。じゃあ、三時間目が始まる前の五分間の間から三時間目が始まっておよそ三分の間に起きたこと、ということになる。

 これだけ時間が絞れているのに、容疑者がいない理由――は、とある男の子の証言にある。

 男の子――クラスメイトの普門寺(ふもんじ)秋晴(しゅうせい)くんの証言。

「ぼくはひとりで三時間目のチャイムが鳴るまで体育館にいたけど、体育倉庫には誰も入ってなかったよ」

 らしい。ん? と思ったそこのあなたは、一旦その違和感を我慢してほしい。

 とりあえず、話を進めようと思う。その男の子は、実際に授業に遅刻してきている。肋木から下りれなくなっていたらしい(頑張って下りた)。授業でも使わなくなったアレが撤去される日も近いだろう。秋晴くんが肋木を登っていたことは、中休みに体育館で遊んでいたほぼ全員が認めている。

 そして、その秋晴くんが言ったのだ――体育倉庫には、誰も入っていなかった、と。とはいえ、ずっと体育倉庫のほうを見ていたわけではないし、三時間目が始まる前の五分間と、先生ふたりが見守っていた十分間の隙間――ほんの隙間に、若干のラグがあったことは決めつけてしまってもいいだろう。

 一分にも満たない間に、抱擁ちゃんが体育倉庫に侵入した。それは確かだと言える。

 では、犯人はどうやって体育倉庫で抱擁ちゃんを殺したのか?

 みんなはこう思ったかもしれない。これ、秋晴くんが犯人じゃん――と。だけど、それは違う。

 まず、私たちがまだ小学三年生であることを忘れないでほしい。小学三年生で、女子よりも発育が遅い男子である秋晴くんが、たった五分間(実際はもっと少ない)で、抱擁ちゃんを殺害できるだろうか。

 ちなみに言ってなかったが、凶器は体育倉庫にあったダンベルである。どうして小学校の体育倉庫にダンベルがあったのかと言われても、いち児童である私には分からない。でも、先生が使っているところを何度か見たので、あれはきっと先生用のものなのだろう。意外と、先生の個人的な持ち物が多いのだ。私の小学校は。

 ちなみに、先生のアリバイは一応保証されている。体育倉庫に向かうには、第二体育館の前を通らなければいけないのだけど、その第二体育館には六年一組の児童が集まっていた。あと、体育の先生もいた。三時間目の授業が体育で、バレーをする予定だったそうだ。どうして第二体育館なのかというと、バレーボールが第二体育館の正面にある体育倉庫にしか置いてないからである。どうして普通の体育館(第一体育館?)にバレーボールがないのかというと、昔、昼休みに第一体育館でバレーボールを使っていた児童が悪戯で先生にボールを投げつけたせいで、昼休みにボールを使うことが禁じられたからである。通常、第二体育館もその正面にある倉庫も授業でしか使えないように休み時間は鍵がかかっているのだ。

 ああ、面倒な説明が面倒だ。

 三時間目前の五分の間に第二体育館の前を通って体育館へと向かった先生は、ひとりもいない。それは六年一組の児童の一部と体育の先生が証言している。

 なら、最初から体育倉庫に潜んでいた、という説。も、第二体育館にいたみんなによって否定される。佐紀先生と思遣先生以外で、体育館から第二体育館の前を通った先生はいない。そう証言されている。

 もちろん、その証言がどこまで信用できるのかは不明である。そもそも、人間なんて信じてはいけないのだ。だけど、辻褄が合う。佐紀先生、思遣先生、体育の先生(名前が分からない)の三人以外の先生には、別の場所にいたというアリバイがあるのだ。

 じゃあ、学内の人間ではない――なら、学外の人間じゃない? という説には賛成できる。だが、それは違う。

 その学外の人間はどうやって侵入して、どうやって脱出したのか? 三時間目が始まってから、佐紀先生が死体を発見するまでは、およそ六分――いや、無理でしょ。

 そもそも、体育館内の人の動きなんて、予想不可能である。犯人が学外の人間である場合、計画的犯行という線はないだろう。秋晴くんが肋木を下りれなくなってしまう可能性を誰が考える?

 という、これらの情報。

 さて、犯人はだーれだ?


 実を言うと、私は犯人を捕まえたいと思っている。不可能犯罪だろうと、犯人がいることは事実なのだ。この小学校はもうすでに『殺人現場』になってしまった。人殺しが身近になった以上、自分の身を守るためにも、さっさと犯人を見つけたいと思うのは人間としては自然な行動だ。不自然であろうとも構わないが。

「……犯人を捕まえるだなんて、そんなことできるの?」

「できる。いや、捕まえるのは別に私たちじゃなくてもいいんだけど」

「そ、そうなんだね……」

 ずっと不安そうにしているこちらの女の子は、今回の犯人探しで協力を名乗り出てくれた、私の友達である。名前は扇不(あおふ)アン。アンちゃんと呼んでいる。

 アンちゃんは優しいので、私のことを心配してくれたらしい。だからこんな危なそうなことに、不安そうな女の子が協力してくれているのだ。だからこれは心配じゃなくて、不安なのだろう。

「犯人の見当は付いてるの?」

「いや、全く。今から考えるから、知恵を出して」

「えぇぇ……」

 えぇぇって。アンちゃんに頭脳面の活躍を期待しているわけではないけど、不満そうな反応はしないでほしい。これじゃ不安ちゃんじゃなくて不満ちゃんだ。マンちゃんって呼んでやろうかな。

 まぁ、いい。どうせ結局は私が考えるのだ。

「……」

 とはいえ、情報がない。あるにはあるけど、まだ足りない。さっきはわざわざ警察たちを外に誘導してまで現場検証をしたけど、それは完全に無意味だった。無意味無収集。事件が無味無臭だ。

 おそらくだけど、このまま放っておけば、いつしか警察は犯人を捕まえるのだろう。犯人が何かしらのトリックを使ったことは間違いないはずで、トリックを使ったということは、トリックで隠さなければならないことがあるということで、それを暴けば犯人が分かるのだろうけど、そのトリックがなんなのかは何ひとつ分かっていない。

 そもそも、トリックがあること自体確定はしていないし。

「……犯人はずっと最初からダンベルを持って体育倉庫に潜んでいた。そして、手紙かなんかを使ってそこに抱擁ちゃんを呼び出し、殺した――というのは筋が通るけど、それだと学内の人間じゃ不可能だよね」

 期待はしていないが、一応アンちゃんに意見を求めることにした。さっき説明した情報を集めてくれたのは主にアンちゃんなので、私の話している内容についてはばっちり理解しているはずだ。

 アンちゃんは顎に手を当てて、軽く推考する素振りを見せてから、不安そうに言った。

「……いや、そんなことはないんじゃない?」

「そう?」

「だって、体育館から外に出られるなら、佐紀先生たちが教室に戻る隙を見計らって、人ごみに隠れて外に出ることはできるから……えっと、正面玄関から中に入ればいいだけじゃない?」

 期待していた以上には、筋の通った意見だった。確かに、今は夏だから、体育館の避難ドアも開きっぱなしだった。それなら、犯人が自由に出入りできるかもしれない。

 しかし、それは間違っている。

「なら、アンちゃんが体育倉庫に入った時間は、それ以前ってことになっちゃうでしょ。それだと破綻しちゃうし、そもそも正面玄関には鍵がかかってるから」

「あ、確かに……」

 でも、その仮説は検討に値する。なぜなら、外から体育館に出入りした犯人が学内の児童、あるいは教師である可能性がなくなったとしても、学外の人間である可能性は未だ残っているからだ。

「でも、学外の人間なら、色々と問題があるんじゃない? たとえば、もし三時間目に体育館を使用するクラスがあったら、もうアウトなわけだし」

「そこらへんは、無視しても大丈夫。犯人がこの小学校出身の人間だったのであればね」

「あ、そっか」

 火曜日の三時間目に、体育館を使うクラスはいない――それを知っていたのであれば。

 とはいえ、穴がないわけではない。というか、ありすぎて困るぐらいだ。

「つまり、犯人は最近卒業した中学生に絞れる」

「カリキュラムが変わるから?」

「そう」

 もしもそうだとしたら、これは厄介だ。私たちの力だけじゃ、犯人を捕まえることはできない。

 まぁ、この推論を警察に伝えて、あとは全て任せるでもアリではあるか。

 自分を守るためなのだ。犯人を捕まえて、褒められたいわけじゃあない――ない、はず。

「……」

 私は、できないことが嫌いだ。いくら小学生離れしていたって、小学三年生の女の子にできることは限られる。たとえ犯人が若い中学生だったとしても、私たちにとっては強敵だ。負けイベントだ。

 負けイベは嫌いだ。負けたくないから。

 できないことが嫌いだ。失敗したくないから。

 物事を続けることが嫌いだ。だって、続けていく内に、『もういいか』と思ってしまうから。

 犯人を捕まえるだなんて、絶対に時間がかかる。一日二日でできることではない。続いてしまう、物事が。

 もし今日できなければ、明日には私は諦めてしまう。長年じゃない、たった十年かそこらの私の経験が、すでにそう物語っている。

 でも、私はこのままでいたくない。

 そんな自分が嫌だ。

 変わりたい。

 変えてほしい。いや、変えたい。

 自分を、変えたい――

「……ほたるちゃん?」

「ん」

 けど、それは今じゃない。


 私の身勝手なエゴに、無関係なアンちゃんを巻き込むわけにはいけない。

 そんなのに付き合わせるだなんて、心配してくれる人に対して非常に不義理だ。いけないことだ。私はいけない子ではないので、いけないことはしない。兄にもそう躾られている。

 だから私は、この事件から完全に手を引いた。警察にアンちゃんと立てた推論だけ(匿名で)伝えて、残りは全て任せることにした。

 小学三年生としては、かなり自分を抑えたほうなんじゃなかろうか。大人の立ち振る舞いである。いや、大人というなら、そもそも最初から犯人を捕まえようだなんて思わないか。

 少なくとも、それは私たちの役目ではない。

 そもそも、校内に犯人がいないと分かった時点で、私は手を引くべきだったのだ――いや、手を引いたんだけど。校内に犯人がいないと分かった時点で。

 その時点で、危険はほとんどないと言ってもよかった。

 ……しかし、本当にそうだろうか?

 私の推論に、穴はなかっただろうか?

 正直、あまり自信が持てない。だけど別に、わざわざそれを考え直したりはしない。

 そんなことをしても、意味がないと分かっているから。

 私は、推理小説みたいな名探偵にはなれない。

 そして、一生変われない。

 今変われなかったのだから、いつか変われるだなんて思っちゃダメだ。

 私はずっと同じだ。

 常盤(ときわ)ほたるは、常盤ほたるでしかないのだ。

 そして、いつか忘れる。このことも。

 この嫌な気持ちも、今だけだ。

 私は今を生きている。

 過去を見ずに、未来から目をそらす。

 私は今だけを生きている。




【動機は?】


 物事を続けることが嫌いだ。嫌いというか、できないだけなんだけど、できないことが嫌いだから、嫌いだ。

 できないのに、やる意味なんてない。いつかできるようになるとしても、今できないなら意味がない。私は、今だけを生きているのに。過去も未来も、見ていない。ただただ今を生きている。

 この世界で、この社会で生きていくというのなら、きちんと未来にも目を向けなければならない。先を見据えて、今を乗り切らなければならない。でも、そんな生き方のどこが面白いのだろう。

 普通の人って、一体なにが面白くて生きているのだろう。

 普通のことができない私なんかは、そんな生き方を選ぶぐらいなら、首をくくったほうがマシだと思ってしまう。きっと、私みたいな人は必ずいるだろう。だけど、その人たちはみんなどうしているんだろうか? 頑張って、我慢しているのだろうか? それとも、刑務所にでも入って、自由を失う代わりに自由になってみたりするのだろうか?

 結局のところ、私のような人間に、他人のことを想像するだなんて無理難題なのだった。誰がなにをしているかなんて、興味が湧かない。興味が湧かないことは、分からない。そういうことだ。

 この内省に意味はない。一応言っておくと、これは反省ではない。私は反省をしないタイプの人間だ。もちろん、後悔だってしたことはない。というより、後悔できるほどなにかを選んできた経験がないのだ。

 なんせ、まだ小学五年生である。


  私の兄が通う朔歯(さくば)中学校は、生徒の人数がかなり少ない。一学年につき一クラスしかなく、兄のクラスの人数はわずか十八人。男女比は男子十五人に対して女子三人である。これはちやほやされるだろうな、と性格の悪い私なんかは思った。

「そんなでもなかったぞ。三人中二人はフリーだったし」

 それは、なにか特別な理由があったんじゃないかと思う。理由というか、特別な問題が――そんなことを言ったら怒られてしまうので、口には出さない。兄は、そういうのに厳しい人だ。

 常盤もみじ――私の義兄である。血は繋がっていない。現在は中学二年生で、私の兄であるという以外にこれといった特徴はない。だけど、私の兄である。

 ちなみに一応言っておくが、義兄妹だからといって、男女の関係があるというわけではない。私が兄にそういう感情を抱いたことは一度もないし、逆も然りだ。むしろ、少し鬱陶しいとも最近は思っている。

 大人じゃないくせに、大人ぶって叱ってくるのがウザい。つい最近小学五年生になった、年頃の女の子な私なので、ついつい反抗してしまうのだ。反抗期じゃなくて、イライラするだけだ。

 喧嘩になることはないが、それは兄が大人の対応をしてくるからだ。そういうところも、ウザい。

「ウザい、ウザい、ウザい――言われすぎて、もう慣れちゃったぞ。もう少し悪口のレパートリーを増やしたらどうだ?」

「ウザいっ!」

 私らしくもないが、いつも声を荒げてしまう。なんだかんだ言って、私も普通の人間なのかもしれない。そう思うと、少しだけ気分がよかった。だから、まだまだ兄の優しさに甘えさせてもらうつもりだ。

「存分に甘えていいよ。でも、代わりと言ってはなんだけど、少しだけ考えてほしいことがあるんだよね」

「……考えてほしいこと?」

 なにそれ? と私は訊いた。だけど、兄は私の問いかけに答えてはくれなかった。

「さっき説明しただろ? 僕のクラスについて」

「ああ、人が少ないって話?」

「そうそう。んで、ここからが本題なんだが……」

 言って、兄は固まった。どうやら、話すのを躊躇っているようだ。私と兄の仲で、一体全体、なにを躊躇うことがあるというのだろうか。私、信用されていなかったりするのか?

「……よく考えたら、小学生の妹に相談するような内容じゃないかもって思ってな」

「え、そんなことを気にしてるの?」

 私の兄ともあろうお方が、そんなくだらないことを気にしているだなんて。ここ数年で一番驚いたかもしれない。

 兄は、そんな気遣いとは無縁の生き物じゃなかったのか? コンプライアンスとか学んじゃったんですか?

「二、三年前はもっと可愛かったのに、可愛くなくなったな」

「はぁ?」

 いきなり変なことを言ってきた。これは、妹に対するセクハラだろうか? それなら、いつかされると思ってた。

「警察を呼ぶわ……」

「ちょっと待てちょっと待て。どうしてセクハラになるんだよ今のが」

「あ、もしかしてパワハラ?」

「違う」

 兄は本気にしているようだが、これはあくまでも冗談だ。なんというか、マジに捉えないでほしい。こんなことをしているから、よく叱られるのかもしれない。なら、仕方ない。

 ここからは真面目に聞こう。

「小学五年生と中学二年生なんて、ほとんど変わらないわよ。安心して」

「……全然変わると思うが、そうだな。安心はしてやるさ」

 兄のほうこそ、可愛くないじゃないか。

「いや、クラスメイトが殺されたんだよ」

「……ん?」

「聞こえなかったか? クラスメイトが殺されたって……」

 いや、聞こえたけど。

 唐突すぎて、戸惑っただけだ。お兄ちゃんは――兄は、いきなりなにを言ってるんだ? ()()()()()()()()()()()――?

「な、なんていう名前の人?」

「名前? 気になるのか?」

 語り部として、一応被害者の名前は把握しておいたほうがいいだろうという判断だ。別に、私が気になるわけじゃない。そりゃ、黙祷ぐらいはしてあげなくもないが。

 マナーだし。

「ま、なんでもいいや。一回で覚えろよ? 被害者は、崎野(さきの)巡里(めぐり)針果(はりはて)のどか、萩原(はぎわら)すずめの三人だ」

 崎野巡里、針果のどか、そして萩原すずめ――ん?

「お、さっそく気付いたか?」

「気付いたもなにも……」

 今の時代に、こんなことを言ったら炎上してしまうかもしれないが……。

()()()()()()()()()()

「そうだ」

「……えーっと」

 クラスの男女比は、男子が十五人で、女子が――三人。

 つまり。

「え、どういうこと?」

「それをお前に考えてほしいんだよ」


 兄は言った。

「実はもう、この事件の犯人は捕まってるんだよ。同じクラスの、没橋(ほつばし)(とおる)ってヤツ。だから、お前に考えてほしい謎は、『WHO』じゃなくて『WHY』だ」

 どうして、三人の女子を殺したのか――を、私に考えろって?

「いや、無理に決まってるでしょ。冗談じゃないわ、全く……」

「お前ならできるかなって思ってさ。透って、別に女子三人と関わりがあったわけじゃないし、動機が分かんないんだよ」

 先生も警察もなんも話しちゃくれないし――と愚痴るように兄は言った。至極当たり前のことだ。警察もそんなことをわざわざ同じクラスの人に話したりはしないだろう。というか、先生だって聞かされてはいないんじゃないか?

「その可能性が高いだろうな」

「……お兄ちゃんとか、同じクラスの人が分からないのに、私に分かるわけないでしょ」

「謙遜するなよ」

 謙遜ではなく、これはただの事実だ。そもそも、私は謙遜なんてしたことがない。自分を偽るということなら、いつだってしているけど……。

 でも、そんなことは誰だってしている。

「そういうシュミの人だったんじゃないの?」

「僕もその可能性が高いと踏んでるが、それも百パーじゃないだろ?」

 私の推理だって百パーセント確実ではない。むしろ、五パーセントととかそこらの、低確率だ。宝くじを買っているようなものだろう。

 ……考えること自体は嫌いじゃない。だから、兄の頼みを引き受けるのはやぶさかでもない。自信はないけど。

 うーん……。

 負けイベは、好きじゃないんだけど。

 でも、勝負じゃないか。人の死が関わっているのに、勝ちも負けもない。

 よし、やってみよう。

「死体の状況は? というか、死因は?」

「死因は刺殺だよ。状況は、三人とも首がスパッと切られてたかな」

 僕、実は第一発見者なんだよ――兄はさらっとそんなことを言った。そんな軽いノリで言うことでは絶対にないと思うのだけど……。

「手馴れてるって感じだった?」

「なんつーか、素人なりに効率を求めてみたって感じだな。一応、的確に致命傷を与えてるわけだし」

 それでも、被害者が苦しんで死んだことは間違いないだろう。他人事なので、絶対に許せないだとかそういう気持ちは皆無だけど、どこかやるせない気持ちになった。

「なら、目的は殺すことではなかったのかしら……?」

「どうして?」

「目的の殺しに効率なんて求めないでしょ」

「それもそうか」

 察しの悪い兄だ。そんなお兄ちゃんも嫌いじゃないけど、今はもうちょい考えてほしい。

 目的が『殺人』そのものではない――次点で考えられるのは、復讐とか、そういう系になる。

「男女関係のもつれとか、そういうのは本当になかったの? ほら、その透って人が女子三人を妊娠させちゃったーみたいな」

「透はそんな人間じゃなかった気がするけどな……。いや、人を殺している時点でそんなもなにもないんだけど」

 人を殺している時点で、どんな事情があろうと没橋透は人殺しである。犯罪者だとか、そういう以前に、『人を殺した』のである。

 許す許さない許される許されないの話ではなく、『殺人』の話だ。

「……没橋透の特徴は?」

「え?」

「なんかない? 透の特徴みたいな。なんでもいいから」

 なんとなく、なにかが分かりそうな気がしている。ただの直感だし、外れている可能性が非常に高いが、チャレンジしてみる分にはなにも問題ないだろう。

「……んーと、思い付かないな。アイツ、クラスの中心って感じじゃなかったし。だからといって、オタクってわけでもなかったけど」

「……」

 オタクを見下していそうな発言である。まぁ、兄は確かにクラスの中心ってタイプだし、実際上にいるんだろう。私は下にいる、年齢も、立ち位置も。

「あ、そういえば、アイツって体育委員なんだよ。男のほうの委員が全然決まらなくて、結局じゃんけんってことに――」

「ちょっと待って」

 男のほうの委員――つまり、女のほうの体育委員もいたってことか?

「そりゃ、そうだろ。どこの学校でもそうだろ?」

 ……私のクラスにも委員会制度はある。全員強制だ。私は同性のアンちゃんと一緒に文化委員なんかをしているけど、男女ひとりずつっていう委員会も確かにあった。

「……」

 そして、なんとなくだけど、分かってしまった。

 いや、分かったとは言えない。おそらく私の推理は、九割がた的外れなのだから。

 だけど、答えを出してしまった。ひとつの答えに考え着いてしまった。

 いや、絶対に違うんだろうけど……。

「……他に、なにか特徴みたいなのはなかった?」

「特徴かぁ……。うーん、成績はよかったらしいけど、僕ってあんまり関わりないんだよな」

「細かいことでもいいから」

「うーん……」

 散々悩んだ末に、兄は自信なさげな様子でこう答えた。

「そういえば、アイツってかなり好奇心旺盛なタイプだったんだよ。消しゴムを食ったらどうなるかーとか、シャー芯を電源コードの中に入れたらどうなるのかーとか、そういうの。実際に試して、めちゃくちゃ怒られてたみてぇなの、聞いたことあるわ」


 間違えていると思う。というか、思いたい。それだけはないだろうと、兄に一蹴してほしいぐらいだ。

 だけど、お兄ちゃんの期待に応えたいという気持ちもある――自分に素直になるなら、私は兄のことが大好きだ。いくら鬱陶しくても、兄のことを嫌いになったことは一度もない。

 褒めてくれるかなという期待と、間違っていてくれという期待が半々。

「……分かったわ、お兄ちゃん」

「え、もう分かったのか?」

 驚かれるようなことではない。いや、驚かれることではあるのだけど、少なくとも、これは私にとって簡単な問題だった。問題ですらなかったかもしれない。

 でも、兄には言えない。

 この殺人犯――没橋透に、私が親近感を抱いてしまっている、だなんて。

 深掘りされるのは勘弁である。今だけは、今までと同じように、察しの悪いお兄ちゃんでいてほしい。そうでなきゃ、兄が私を嫌ってしまうかもしれないから。嫌うまでいかなくとも、嫌だと思われたくない。

 だから、私は無駄な前置きを省略して、端的に言った。

「ズバリ、動機は好奇心よ」

「……それは、どんな好奇心なんだよ」

 動機は好奇心です。えーそうなんだすごーいだけで終われればどれだけ楽だったことか。しかし、追及されてしまったものは仕方ない。馬鹿なお兄ちゃんでも分かるぐらいには単純な動機なので、そこまで解説に時間はかからない。

「体育委員は、必ず男女ひとりずつって決められていたわけでしょ?」

「そうだな」

 多分、この制度はそろそろなくなるだろう。数百年後には、男女の区別が曖昧になって、トイレも更衣室も男女兼用になっていくのかもしれない。そんな未来のことは、正直どうでもいいけど。私は今を生きている。

「だったら、少し気になることがあるわよね」

「気になること?」

 なんだそれ、と兄は首を傾げる。それが、通常の反応だ。間違っていない、破綻していない、ちゃんとしている反応。共感なんて、できるわけがない。普通の人は、そんなこと気にならない。

 そんな、些細なことで。

「まぁ、それは、透にとって――だけど。勿体ぶる名探偵が嫌いだから、パッと言っちゃうわ」

「パッと言えよ」

 この答えに辿り着いたことを、知られたくない――そんな気分になった。できれば、冗談だと思って、笑い飛ばしてほしい。そのぐらい、私の作った真相は、荒唐無稽でデタラメな戯言だった。

「体育委員は必ず男女一人ずつ選ばれる――それなら、()()()()()()()()()()()()()()()、体育委員はどうなっちゃうのかしら?」


 結局、この推理が合っていたのかどうかは定かではない。知る気はなかったし、後々先生の口から語られたらしいけど、それも真実かどうかは曖昧なものらしかった。

 兄は私の推理を聞いて、『なるほど!』と思ったらしい。そんなわけあるか、なんて言ってくれなかった。兄がそんなことを言う人間ではないと分かっている私だけど、それでも少しだけ期待外れだった。

 だけど、結果はどうあれ、兄は――お兄ちゃんは、私のことを褒めてくれた。よしよし、すごいねと、頭を撫でてくれた。だから、たとえ推理が正しかろうが間違っていようが、私が異端だろうが普通だろうが、この話は純然たるハッピーエンドなのだ。

 殺された三人と殺した一人の遺族以外は、全員幸せになった。だったら、それはとても良いことだ。

 なんだか、気分が良い。できないと思っていたけど、普通にできちゃったからだろうか。偶然の産物ではあるものの、できてしまったから。だから、こんなにも幸せな気分なのかもしれない。

 いや、幸せな気分なのは、兄に褒められたからか。

 ちなみに、どうして私が犯人である没橋透に親近感を抱いたのかというと、これも非常に単純なことだ。

 異常だったから。

 私は、女がいなくなったらどうなるんだろうとか、そんなことを考えるような人間じゃない。だけど、もし考えるような人間だったとしたら、私はそれを確かめるために、躊躇なくクラスの女子三人を殺害しただろう。できるかは分からないけど、できたらやっていただろう。私は、どうしてかそう思う。

 親近感か、シンパシーか、それとも仲間意識か。どちらにせよ、私は透に対し、全くの悪印象を抱いていなかった。むしろ、好感すら持っていたかもしれない。今まで、よく頑張ったね――そんな風に。

 そして、そんな自分を毛嫌いする自分だっている。殺人鬼に共感するだなんて、気持ち悪い――そう思う自分も。

 でも、どうせ忘れる。愉快な気持ちも、不快な気持ちも、等しく過去にしてしまえばいい。

 そうすれば、私は全てを忘れられる。私は、過去を振り返らない女なのだ。

 私は今を生きている。

 過去を見ずに、未来から目をそらす。

 私は今だけを生きている。

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