迷い猫
数日で激安スウェットに毛玉が付き始めた日。
今日は早朝からの仕事が入っていると言われた。
「って……なんで迷い猫捜索!?」
「前に、猫を可愛がってた婆さんの霊に居場所を聞くことができて……そっから依頼が来るんだが、結構な報酬なんだ……黙って探せ~おいで~おいで~美味しいチュルチュルでちゅよ~~」
二人で早朝から、深夜まで依頼の猫を探しまくった。
「ありがとうございます! 本当に本当にありがとうございます!」
「いや、よかったよかった。もう家出するなよ、ミケ」
「にゃあん」
そう言った瞬間に、ミケはまた飼い主の手からぴょーん!と飛び跳ねた。
「あっ!!」
「ミケちゃん!! 駄目!! 戻ってぇ!?」
飼い主さんが叫んだ。
「待って! 社長! 私に任せて!」
飼い主さんがよろけたので、リョウが瞬時に支えた。
飼い主さんが足が不自由なことを聞いていたので、愛美はすぐに走り出す。
「ミケちゃん! カモン! こっちおいで!! お願い~~!!」
「にゃああ!」
「あ! 駄目!」
「にゃーーーーーーーー!」
道路にミケちゃんが飛び出そうとしたが、愛美がすんでのところで抱き上げた。
「ごめんね驚かせちゃったね!」
しかし、そこに急ブレーキで車が停まる!
車にはぶつかっていない。
でも驚いて抱いたミケちゃんを守りながら、愛美は後ろに転んでしまった。
「きゃ!!」
「おい! 愛美!!」
すぐにリョウに抱き上げられた。
一瞬でのお姫様抱っこ。
まさかのすごい力強さに、ドキン!? としてしまった。
「大丈夫か!?」
「う、うん……! ほらミケちゃん元気よ」
「ミケちゃんも大事だが! お前も大丈夫か!?」
「えっ……う、うん」
リョウの必死さに、何やら胸が変に脈打つ。
これは……どこか打った?
前からちょっと思っていたけど、リョウの顔面は整っている。
真剣に見つめられたら……またドクン! と心臓が高鳴った。
「心臓が変かも」
「はぁ!? だ、大丈夫か! しっかりしろ!」
その時、ぶつかりそうになった高級車から人が出てきた。
出てきたのは、褐色の肌に、しっかりとした目鼻立ちの青年。
彼は、頭に布を撒いたアラブの衣装を纏っていた。
「すみません、大丈夫デスカ? 怪我ハありませんか? ……オー。これは美しいレディ! すぐに救助よびます。安心してクダサイ。ゴメンナサイ、日本の道路を運転してミタカッタ。まさかこんな……ごめんなさい」
「えっ?」
「ファイサル様! 外にでてはいけません! 私どもで対応いたしますので、車へお戻りください!!」
黒いスーツに、黒いサングラスをかけた長身の男たちが群がってくる。
「な、なんだ?」
「な、なに……!?」
さすがのリョウも困惑している。
愛美を抱き上げている腕に更に力が入って、二人の身体は密着する。
猫のミケは、スリスリしてくる。
「大変に申し訳ございません。すぐに我々が、病院の手配いたします。我々はこの問題を内密に解決したいと思っておりますので、今は警察への通報はご遠慮いただきたい」
「えっ?」
「この御方は、一国の王子で……お忍びで来日しております。まずは病院へご案内いたします。ファイサル様、車から出て来てはいけません! 戻ってください!」
「デモ、私の運転で……レディが、怪我はしていませンカ?」
「何がよくわからんが、警察には通報しない。とりあえずは従う」
「感謝します」
リョウが答えると、黒服の男に安全な車の中に移動するように言われた。
「あの、すみません……! 先に猫ちゃんを飼い主さんに返してきていいですか?」
リョウにお姫様だっこされたままの愛美の腕の中には、まだミケちゃんがいるのだ。
まだ車に戻っていなかった王子が、声をあげた。
「オウ……! それでは、私の部下に対応させてください!」
「でも……リョウ、どうしよう?」
「……俺が今、お前の傍を離れるわけにはいかないし、それしかないか」
「……リョウ」
また変に胸が疼く。
やっぱり心臓がおかしい?
展開についていけないが、猫の件を王子のSPに話すとしっかりと預かって返してきてくれたようだった。
愛美が怪我はしていないと主張したが、病院へ連れて行かれた。
脳やレントゲンの検査を受けたあとに、VIP室のベッドで寝かせられた。
それから様々な機関から来たであろう役人達に、色々と質問を受ける。
愛美は、自分が飛び出した事が原因だとかなり焦っていたが……。
王子ファイサルが、大きな薔薇の花束をもって詫びに来た。
「彼女ハ、飛び出してナイ。私がブレーキ踏んだせい。怪我させたのは私のせいデスね。しっかり対応したいデス。傷つけたお詫びをしたいデス」
「え、いえ! そんな……! こんな花束……!」
「これはお見舞いデス。花だけじゃない、しっかりお金も払いマス」
「お、お金なんて! いりませんよ!」
「もらっておけばいいじゃねーか? 金はいくらあっても邪魔にはならんぞ~?」
ベッド脇の椅子に座りながら、リョウが言う。
VIP室なので、椅子も上質だ。
「ちょっと!!」