ボロ事務所へ
「リョウ……! リョウ……まさかまさか……」
「心配イラない、と言われました。 彼は不思議なオトコですね! 報酬はイラナイと言われました! オフィスも返すと……」
「どうして……!? 彼を探して!! いえ、私がもう行きます! 服をください!」
その時、愛美のスマホが鳴った。
バッ! とスマホを見ると、リョウからのメール。
『結婚おめでとう。コングラッチュレーション!!』
「あんのバカ男ーーーーーーー!!」
安堵の涙より先に、罵倒が先に出てしまった。
「マ、マナミ!?」
「ファイサル王子、私帰ります!! コートください!!」
「えぇ!? ワタシとの結婚は!? 結婚してクダサイーー!!」
女性スタッフが、慌てて羽織るコートをくれた。
全部ファイサル王子からの贈り物だろう。
サンダルも履いてスマホを持つ。
「好きな人がいるんです!」
「マナミ! 待ってクダサイ!」
スマホがあれば大丈夫!
愛美は、タクシーに飛び乗った。
「くっそ……腹減った……」
ボロボロの事務所で一人倒れ込むリョウ。
「三百万は祠に行く軽トラと、大掛かりな除霊システム構築で使っちまった……腹減ったぁ……ビール飲みてぇ……何が宵越しの金は持たねぇだ……貯金しろ……俺……」
「なーにやってんの!?」
ヒョイッと現れた愛美が、リョウの顔を覗き込む。
「な!? なんでお前がここにいるんですか!?」
慌てて起き上がるリョウ。
「あんたが馬鹿なんでしょ!? なんで1億でも十億でももらわなかったのよ!?」
「……フェアじゃねーだろって……」
「じゃあ、せめて一千万はもらっておけばいいでしょうが!?」
「お前の旦那から貰えないだろうが!? 祝儀ってやつだバカヤロー! 粋ってやつだよ!!」
テヤンでぇ! みたいなポーズを決めるリョウ。
はぁっっと、いつもの溜め息が出る。
「あんた江戸っ子じゃないでしょうが!!」
「なんだよなんだよ……だから何しに来たんだよ? セレブ奥様」
「誰がセレブ奥様よ!? 王子と結婚するわけないでしょ!?」
「はぁ? 断ったんか?」
「当たり前でしょ」
「……なんで? なんで?」
「……あんた本当に馬鹿なの!? ……あんたが好きだからよ!」
「ちょ! やめろ! なんで俺に好き好きビームを!? 死ぬだろうが!? ……って、俺が祓ったんだった」
本当に何も起きなかった。
「……本当に祓えたんだね……」
「あったりめーだろ。天才だぞ? 俺に祓えない呪いはない」
色んな感情が混ざった涙が、ボロボロ溢れてくる。
「……リョウ、好き……」
突っ立ったまま、想いが口から溢れ出る。
「えっ……なに言ってんの……」
「あんたが好き……好き……大好き……好きなんだよ」
すっぴんで介護服にコートで、泣きながら何言ってんだと自分でも思った。
でも、誰にも何にも邪魔さずに自分の想いを伝えられるのが嬉しくて……。
「リョウが好き……」
気持ちが止まらない。
男友達みたいな関係を、壊しちゃうけど、それでも伝えたくなった。
「……まったく……」
「まったく……ってなに……」
きっと馬鹿にして笑うんだ、と思った。
でも、気付いたらリョウに抱きしめられていた愛美。
「本当に馬鹿なお嬢さんですね」
「……自分でもそう思ってるよ……」
リョウの背中に手を回す。
思い切り抱き締める。
リョウもまた抱きしめ返してくれる。
あぁ、抱き締められるって、こんなに心地よいものなんだって思う。
「アラブの王子を振っちゃったの?」
「そうだよ……」
「そうか。俺は残金ゼロ男だけど」
「そんなのわかってる」
「ふ~ん……呪いが本当に消えたか、試してみるか……?」
少し手がほどかれて、リョウが男の瞳で愛美を見つめた。
「うん……試す」
二人の唇が重なる。
……それからは全てが初めての甘い時間。
すっかり、せんべいになった安物の布団。
リョウの胸元や腕にも、呪術紋が刻まれてるのを知った。
胸元に口付けると、優しく髪を撫でられる。
少し恥ずかしいけど、幸福な時間。
もう朝だ。
朝陽が眩しくボロ事務所を照らす。
「お腹減った」
「そうだな。コンビニでも行くか……」
リョウに金がないのはわかっていた。
でも王子に最後、報酬を社員として受け取ってほしいと一千万円の電子記録債権(電子小切手)をもらってある。
リョウは無報酬での仕事は絶対にしない男だと。
きっと愛美が自分と結婚すると考えての無報酬だと。
王子との結婚は、破談に終わった。
それでは王子もビジネスマンとして、無報酬では納得がいかないと。
『アナタの好きな人、わかってイマス。コングラッチュレーション』と言われて……。
王子は本当に良い人だった。
でもこのお金は、リョウは黙っておくつもりだ。
江戸っ子でもないのに『宵越しの金はもたない男』だから……。




