『記憶の回廊』 第4章 幸を求め 【3】懐かしの留萌
留萌を舞台にした今回の章は、颯太が自らの原点に立ち返る大切な場面です。
社会人としての責任と故郷への想い、そして両親の愛情を重ね合わせ、彼の人生の選択が大きな岐路に差しかかろうとしています。
第4章 幸を求め 【3】懐かしの留萌
九月に入り、観光客で賑わう羽田空港から札幌行きの便に乗った。
恵子は紺色のワンピースに白いベルトを締め、白いハイヒールを履いていた。颯太にとって、その姿は少し大人びて見えた。
札幌から高速バスで留萌へ向かう。広大な北海道の車窓風景を眺めながら、二人は二時間の道のりを楽しんだ。留萌合同庁舎前で下車すると、市の中心部にもかかわらず車の往来は少なく、静けさが漂っていた。
庁舎近くの新留萌ビルには、日本総合商事の看板が掲げられている。颯太は「着いた挨拶をしてくる」と恵子を近くのカフェに残し、営業所を訪ねた。二十名分の机が並ぶ事務所で、所長・佐藤に名刺を差し出す。短い挨拶を済ませた後、颯太は高校時代の同級生・和家卓也を呼び出してもらった。
「お久しぶりです」
「会えて嬉しいよ。ご活躍の様で何よりだ」
懐かしい再会に笑みがこぼれた。卓也は帰り際、わざわざ一階まで見送ってくれる。翌日の食事を約束し、颯太と恵子はタクシーで実家へ向かった。
初めての訪問に緊張していた恵子を、両親は温かく迎えた。
「恵子です。お会いできてうれしいです。これからよろしくお願いします」
母は手を取り、「娘ができたようで嬉しい」と喜んだ。仕出し屋から届いた郷土料理を囲み、にぎやかな食卓となった。
「お母さん、私は両親を早くに亡くしました。こうしてご両親ができて、本当にうれしいです」
恵子の言葉に母は涙を浮かべ、二人は本当の親子のように打ち解けた。父は酒を酌み交わしながら語った。
「昔に比べて人口も減った。颯太、東京でやっていた仕事をここでできるのか?」
颯太は「明日、卓也と相談する」と答えるにとどめた。
翌日、颯太は営業所を訪れ、所長に「新規事業はないか」と尋ねたが成果は得られず、市役所を訪問しても具体的な誘致計画は聞けなかった。留萌の現実は厳しかった。
昼には卓也と「小料理北海」で再会する。
「営業所の景気はどうだ?」
「本社でデータを見ているだろう」
「いや、実際の声が聞きたい」
酒を酌み交わしながら率直に語り合うが、観光事業も交通の便も難しいと感じられ、解決策は見出せなかった。
その夜、父は颯太に語りかけた。
「将来の計画はあるのか。俺たちは老人ホームに入る。年に一度でいい、電話をして顔を見せてくれれば十分だ」
涙を浮かべながら「結婚式には行けないが、写真を送ってくれ。恵子さんで良かった。母さんは娘ができたと喜んでいる」と言葉をかけた。
その言葉に、颯太の目からも自然に涙がこぼれた。
留萌の現実と、家族の温かさ。二つの思いを胸に抱きながら、颯太は明日を見つめていた。
この章では、厳しい現実と温かい家族の情愛が対比されました。
颯太にとって留萌は「挑戦の場」であると同時に「心のよりどころ」であることが浮き彫りになりました。
次章では、颯太が社長に何を願い出るのか、そして結婚式へとどのように物語が進んでいくのかが描かれます。