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ミコミコエグザナドゥ  作者: まんぼ
第一話 御闇迎賜り給へ
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序章 神座にて、御闇迎賜り給へ

祝詞の奏上が終わり、くろのほむらが左腕の形を思い出したように形取っていった。

先まで神が放っていたつ圧倒的な灼熱の神気が消えていく。


否、吸い取られているのだ。なにかに。


無の顕現。

それまで社殿を満たしていた火山の轟音と熱気が嘘のように凪いでいく。

神は、その禍々しい力の奔流を前に、掲げた熔岩の拳を静かに下ろした。

彼の貌には最初から憤怒も、殺意もない。ただ永劫の時を生きる者だけが持つ純粋な知的好奇心とでもいうべき静かな眼差しが縁へと向けられる。

縁がゆっくりと、一歩、前へ踏み出す――認識できない刹那、大きく吹き飛ばされた距離が食われ、彼女は神の目前に立っていた。

くろのほむらから再帰した左手が静かに神の胸へと伸ばされ、掌が神の身体へ触れる。


ただそれだけで、決着した。


接触した部位から、神の身体がまるで綻びた織物のように黒い塵となって解けていく。

神威の鎧が、灼熱を放つ溶岩の籠手が、鍛え上げられた益荒男の肉体が、その存在のことわりそのものを「喰われ」、無へと還っていく。

それは破壊ではない。消滅ですらない。ただ初めから「無かったこと」にされていくだけの、静かで絶対的な侵蝕だった。

神は……自らの身体が消えゆくその様をどこか他人事のように、興味深げに観る。

そして完全に掻き消える寸前、失われた神代の御声で、ぽつりと宣った。


「このことわり……天神地祇にあらじ。らば、汝が奉るは……別天津ことあまつか、いやさ、さらに……開闢……の……」


それがこの神座の主が遺した、最後の言の葉だった。

背後に揺らめいていた火口の幻影も、燃え盛る神旗も、全てが黒い塵と化し霧散していく。

後に残ったのは、彼の名が木霊するような一瞬の残響としじまだけだった。


終わった――

離れていたレームが縁の元へと駆け寄っていく。


「ユカリ」

「レーム、火傷とかしてない?」

「それはこっちの台詞だ。貴様、いったい、ええと……どうして……何が……」


不意に、遠ざかっていた鳥の囀りや、風にそよぐ杉の葉音が、ゆっくりと耳に戻ってくる。

神座は砕かれ、神は去ったのだ。

肌を撫でる空気は神域の灼熱から、再びひやりとした春の冷たさを取り戻していた。

非現実の色彩が薄れ木々の間から差し込む、柔らかな木漏れ日が現世への帰還を告げている。  

神座の中でかなりの移動をしていたにもかかわらず、二人は最初の場所、拝殿の正面に立っていた。

見上げてくるレームに縁はこうなることが最初から解っていたように、やや苦みを含んだ笑みを降ろした。


「落ち着いて、落ち着いて、どうどう」

「これが落ち着いていられるか。貴様、私に黙っていたな」

「なにを?」

「色々だ。あんな技法を使えるとか、色々」

「うーん、できれば使いたくなかったしなあ……まぁ終わり良ければ全て良し、でイイでしょ。あたしとしちゃあ、レームの審査に合格したかったから頑張ったワケだぜ」

「アレは何だ? 私の持つあらゆる知識……魔術、神術、イド、機怪学、幻想存在にもあんなものはない」

「それは乙女のヒミツって事でヒトツ」

「…………」


まるで数秒前の死闘などすべてが幻であったかのように、世界は何一つ変わっていなかった。

ふたりは何事もなかったかのように静かな分社の境内に佇んでいた。

レームが描いた術式はその役目を終え、ただの赤いチョークの線として地面に残っている。  ただ一つ、先ほどまで何もなかったはずの空間に、異質なオブジェが鎮座していることを除いては。

それは、人の膝高さほどの、黒い柱。

神がいた場所、拝殿横の草叢に、熱を失いゆく溶岩のように黒く凝固して生まれたそれは、無数の黒い塩の結晶が凝集した奇妙な質感を持っていた。

周囲の光を吸い込むかのような深い黒。

しかしその内部からは熱なき光が、まるで魂の残滓のように静かに明滅している。


神を殺し、その存在の理を固定化した証――「概念結晶」である。


レームは自らの計画が一つ達成されたことを確認するように、静かに柱を見つめる。


――一瞬、目眩を感じた。


世界視を使い過ぎたせいだろうか? 身体に違和感があった。まるで今まで完璧に把握していたはずの自らの身体の重心が、僅かにずれたような不可解な感覚。

(これが概念結晶を作った事による世界の歪みか)

その瞳には安堵と、そして次なる行程への決意が宿っている。同時に……相棒の起こした奇跡の如き戦いへの戸惑いと計算が始まってもいた。

一方の縁。

その神秘的な結晶体にも大した興味を示さずレームを見つめつつ、空腹を思い出したように腹を押さえた。彼女にとって神との死闘もこの世ならざる奇跡の残滓も、麓の町で食べる美味しい食事への期待には及ばないようであった。


「レーム、身体は大丈夫?」

「? 問題ない」

「そっか、それなら、良かった……これで一柱め、ってことね」

「そうだ。 “耐えうる場”となったのだ」

「霊験灼かな感じはあたしにも解るよ。これで参拝者が増えたりしてね」

「かもしれん……この御柱は、とても、とても強い……これだけで、南九州は充分かもしれないな」

「ふぅん……え、熊本は南に入るの? 辛子蓮根……いきなり団子に熊本ラーメン、太平燕タイピーエン……ああ、行きたいなあ……ねえねえ、手頃な怪異を探そうよ」

「……貴様は怖ろしくはないのか?」

「え? なにが? 旅は楽しむもんだぜぇ」

「……まあ、いい」

「で、あたしは合格かな?」

「審査どころではない。よもや本当に神殺しを成すとは」

「えー、負けるかもって思ってたの? ひどいなあ」


縁の屈託ない笑顔にレームは肩を竦め、


「もう少しで逃げるとこだった」


とだけ応える。

縁はにひひと笑い「で、合格?」と聞き、レームは「イチイチ聞くな」と返す。


――これにて契約は成された。


「おし、じゃあ合格祝いに街へ繰り出すぞ! 鳥刺しと鶏鍋と溶岩焼き食べるよ! おなかすいた!」

「貴様はぶれんなあ……」


縁は笑って応える。


「さて“幻想殺し”の客旅、はじまり、はじまり――」


序章 神座にて、御闇迎賜り給へ



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