ダイイングメッセージの正しい書き方
ひょんなことから殺されてしまったのでダイイングメッセージを残そうと犯人の名前を書いていると、わたしを殺した当の本人が近づいてきて、
「そんなでかでかとおれの名前(※桜井という名前)を書いたらおれに消されちゃうでしょ……」とアドバイスをしてくれる。
「だめですかね」
「犯人の名前を書いておくにしても一目ではわからないように書くのがセオリーだよ、ほのめかすだけにしておくとか、暗号にしてばれないようにするとか」
「すみません、初めて書くもので……」
それで犯人からダイイングメッセージの書き方を教えてもらうことにした。
「ダイイングメッセージといっても誰かに宛てた手紙には違いないから、まずは時候の挨拶からだね」
「なるほど、「拝啓、春暖の候」みたいな感じですか?」
「そうそう。事件を捜査する警察署に宛ててね」
「「貴署ますますご繁栄のことと拝察いたしお慶び申し上げます……」」
警察署って繁栄していいもんなのかどうかはさておき、わたしは犯人からいろいろアドバイスを聞きながらダイイングメッセージを組み立てていった。
「「桜の花がほころび、うららかな日差しに心和む季節となりました。さて、わたしを殺したのは桜井という男です。新年度を迎えられ、何かとお忙しいことと存じますが……」」
「ちょっとちょっと、肝心のところが唐突かつ直接的じゃない?」
「そうですかねえ」
「もっとこう、世間話の中からさりげなく言及するみたいな、そういう組み立てのほうがいいんじゃないかな」
「なるほど」
犯人の指導はなかなか厳しかった。わたしは繰り返しのダメ出しにもめげず作文を続けていった。
「「わたしは最近、作句を始めました。お耳汚しではございますが、お披露目させていただきます。
桜吹雪に
殺されてしまい
もの悲し(字余り)……」」
「俳句の良し悪しについてわからないけど、要は「桜」という言葉でおれ(桜井)の存在を暗示してるわけでしょ?」
「そうですね」
「うん。まあ。初めてにしては。なかなかじゃないかな。あとは自分が死んでしまうことのメッセージなわけだから、葬式のことなどについても言及するといいと思うよ」
「なるほど。気配りの行き届いたメッセージですね」
それでわたしは常々お葬式は省略しても良いと思っていたので、
「「わたくしは4月5日他界いたしました。ここにわたくしが生前中賜りましたご厚誼に深謝し衷心より御礼申し上げます。なお誠に勝手ながら、お香典ご供花ご供物等につきましては辞退させていただきたくお願い申し上げます……」」
「自分で自分のお葬式の香典とかを辞退するっていうのは新しくていいね」
「こんなんでいいですかね?」
「いいと思うよ。じゃああとは締めの文章だ。
「余寒なお厳しい時節ですので、どうぞご自愛くださいませ。」でどうだろう」
「ぜひもありません。それで締めくくりましょう!」
ということで、ダイイングメッセージが出来上がった。
「「拝啓、春暖の候。貴署ますますご繁栄のことと拝察いたしお慶び申し上げます。
桜の花がほころび、うららかな日差しに心和む季節となりました。
わたしは最近、作句を始めました。お耳汚しではございますが、お披露目させていただきます。
桜吹雪に
殺されてしまい
もの悲し(字余り)
ところで、唐突ではございますが、わたくしは4月5日他界いたしました。ここにわたくしが生前中賜りましたご厚誼に深謝し衷心より御礼申し上げます。なお誠に勝手ながら、お香典ご供花ご供物等につきましては辞退させていただきたくお願い申し上げます。
余寒なお厳しい時節ですので、どうぞご自愛くださいませ。」」
ダイイングメッセージを読み上げたのちに犯人を見ると、犯人は両手をパチパチと打ち合わせながら、
「ブラボー! 初めてにしては本当に素晴らしいダイイングメッセージだよ!」と褒めてくれた。
「いやあ、あなたのご指導ご鞭撻のおかげです」と感謝するわたし。
「それじゃ、ダイイングメッセージも出来上がったことだし、おれはこのへんで帰ろうと思うんだけど……」と犯人。
「なにか言い残したことが?」
「いや、その……」と言い淀んでいたので、わたしはははあと気がついて、
「やっぱりわたしが死んでないとまずいでしょうか?」
「うーん、ダイイングメッセージは死んでこそのダイイングメッセージだからなあ」と首をひねるのだった。
「とりあえず、そのうち死ぬような気もしていますから、今日のところは一旦お開きということではいかがでしょうか」と尋ねると、犯人は「まあ、しょうがないか」と言いながらどこかへ去っていったのだった。
わたしは犯人を見送ってからダイイングメッセージのそばに横たわって、最後の文字に指を添えたところでばったりと倒れた。
できればこのメッセージを見た人の驚く顔も見てみたかったけれども、まあ、それは高望みというものだろう。
最後によいメッセージが残せたな、と満足しながらわたしは死んでいくのだけれども、なんだか犯人のいうように、まだまだぜんぜん死なないような気もしているのだった。