昔の家族
貴族パーティから数週間。
俺はギルドホーム最奥にある倉庫に用事があり、戻る時だ。
俺がギルドマスターの部屋の前を通ったタイミング、部屋の中から声がした。
「頼みます! どうにかしてください! あのガキ強いんですよ!」
ギルマスの客人だろうか。
男の声がする。⋯⋯しかし割と下から聞こえる。
頭をかなり下げての発言な気がする。
「僕は半グレの依頼を受けるつもりは無いよ。仁義外れの連中は自分勝手にやってくれ。二度と僕達のギルドの敷居を跨がないでおくれ」
中々に辛辣な対応に俺は興味を持ち、聞き耳を立てる事にした。
多分、その事にギルマスは気づいているだろうが何も無い。
「お願いします! 俺達じゃ敵にすらならねぇ! まるで透明な手を操るように何もしてないように何かして来るんだ!」
魔法とは違うのか?
魔法だったら魔法だって気づけるだろうから⋯⋯もしかして。
「知らないよ。日頃の行いが悪いから天罰が下ったと考えなさい。悔い改め足を洗うと良い」
「お願いします! もうここしか頼れるところが無いんだ!」
「誰も反社の依頼を受けたくないんだよ。信用問題に関わるからね。自業自得と思われて門前払い、話は聞いてあげた。さっさと帰りなさい」
「⋯⋯ちくしょう。このままじゃ、女のガキに良いようにされちまう」
女の⋯⋯ガキ。
俺の芽生えた疑念は大きくなるばかりだ。
これはどうしても確認しなくてはならない。
俺はドアを3回ノックし、許可を貰ってから中に入る。
中に入ると、床に額を擦り付け情けなく泣く男が視界に入った。
「ギルマス、この男に質問して良いでしょうか。気になる事があります」
「⋯⋯良いだろう」
「男、その女の子は髪が短くて、紫色の髪で、桃色の瞳だったりしないか?」
「あ、ああ! 確かそんな感じだ!」
救いの手があるかもしれないと、男の顔はキラキラに輝く。
焦った発言⋯⋯これは嘘の可能性が高い。正確には嘘では無いが正しい情報か怪しいレベル。
まだ俺の中で疑念は確信に変わらない。
「名前は分かるか?」
「⋯⋯えっと⋯⋯確か、る、ルナ⋯⋯ルナ⋯⋯」
「ルナティカ=ルナティク」
「そ、そうです! そんな感じだ! 何か、ルナティクよ、とか良く言ってます!」
困難が口癖⋯⋯間違い無い。
だがさらに念押が必要か。
「その女の子は魔法を使わずに魔法のような事が出来るんだな?」
「それは間違い無い。物を浮かしたり飛ばしたりしやがるんだ!」
確定した。
その女の子、ルナティカは俺の元いたギルド、ブーゲンビリアのメンバーだ。
まさかこの国に来ていたとは⋯⋯しかし半グレと関わっているのか。
「⋯⋯マスター。この依頼⋯⋯俺が受けてはいけませんか?」
「良いのか!」
「ダメだ」
男の喜びに満ちた顔が青ざめる。
「ギルドの信用問題以前に、君の経歴に傷が付く。まだ入って数週間の新人だ。専属契約したからと言って安泰な訳じゃない。反社と関わるべきじゃない」
ギルマスからの心配。
とてもありがたい話だ。
だが⋯⋯俺は。
「これは俺のやらないといけない事です。俺が⋯⋯俺じゃないとダメなんです」
ブーゲンビリアの元副ギルドマスターとしてやらなくてはならない。
「もしもギルドに傷が付くと言うのなら⋯⋯俺は全責任を持ってこのギルドから抜けます」
俺の覚悟を受けたギルドマスターはため息を漏らし、渋々と言った様子で頷いた。
「だがこれは依頼じゃない。僕達のギルドが勝手にやる事だ。それで構わないね?」
「あ、あのガキをどうにかしてくれなら、俺は何でも⋯⋯」
「俺も彼女をどうにか出来るなら何でも構わない」
ギルドマスターはフィリアを含めて複数人のメンバーを集めた。
集めている間に俺はギルマスに知っている事などを全て打ち明けた。
「今回、半グレ穴熊から持ち込まれた情報でとある女の子を仲間に引き入れたいとカグラくんから打診があった。僕はそれを受け入れたいと思っている。そのために協力して欲しい」
「質問良いですか?」
フィリアが真っ先に質問する。
俺の教育係でもあるフィリアだからこそ、先陣を切ってくれたのだろう。
「その女の子は半グレなんですよね? 仲間にしてギルドのメンツは大丈夫なんですか?」
「穴熊に加入している訳では無いから問題ないよ。それに世間にはその子の存在はまだ認知されていない」
「理解しました」
補足として半グレの定義だが、違法な薬物や方法を用い利益を得る10人以上の暴力集団だ。
「それじゃ、ここからはカグラくんに任せるよ」
「ありがとうございます」
名前も覚えていない人達も中にはいる。
フィリアが俺の目を真っ直ぐ、鋭く見て来る。
生半可な気持ちで何かを言えば真っ先に否定する、その意志を感じる。
だが⋯⋯俺は折れる気は無い。
「今回その女の子は⋯⋯ほぼ確実に俺の元いたギルドのメンバーです。そのギルドは⋯⋯今はもうありません。居場所を無くした彼女に居場所を作ってあげたいんです。ご協力お願いします」
俺は頭を下げた。
実績も少なく入ったばかりの新人の言葉。
誰もが鵜呑みにせず、非協力的なのが普通だ。
しかし、このギルドは違った。
「私は良いわよ。事情を詮索する気も無い。教育係だからね、協力するわ」
フィリアは俺に協力してくれると言ってくれた。
それを皮切りに他のメンバーも協力的になってくれた。
エリートの言葉の重みをひしひしと感じる瞬間だ。
「まずは相手の情報と攻略法を伝えます。⋯⋯無策で挑むと確実に負けますので」
力に自信のあるメンバーは自然と嫌な顔をしたが、俺の実力を知っているフィリアだけは息を飲んだ。
「今回の相手は俗に言う特異体質と呼ばれる力を持った女の子です」
ザワザワとしだす空間。
特異体質と一般的に言われる存在は魔人とも言われたりする。
その理由は単純、魔石を使わずに魔法のようなモノが使えるからだ。
そんなのは人間じゃない⋯⋯と昔から忌み嫌われている。
そのクソッタレな文化は今も健在であり、メンバーの一部が悪者を見る目付きに変わっている人もいる。
だが残りは平然としてくれている。
俺がこの事を切り出しても誰も何も言わない。
次の発言が許されたと思い、続ける事にする。
「俺の元いたギルドでは力の事を『超能力』と呼び、扱える人を『超能力者』と呼称しています。以後この呼び方で統一します」
特異体質は差別用語だったため、ブーゲンビリアでは別の呼び方をマスターが用意した。
「そしてもう一つ、俺はその子を攻撃出来ない」
その大前提を踏まえて俺は戦い方を教えた。
作戦決行は翌日だ。
本当は1秒でも早く迎えに行きたいのだが、万全を期すために準備期間を用意された。
◆◆◆
「ルナ言ったよねぇ。人様に迷惑をかけるなって」
見た目年齢は10行くか行かないか程に幼い女の子。
紫色の髪と言う珍しい色彩を持つ。
自分の爪をヤスリで丁寧に削りながら、頭を垂れる6人の男達をギロリと見下ろす。
それだけで怯える男達。
男達の体格は大きく、顔も強面。
そんないるだけで周りを怖がらせる男達が少女の睨みだけで震え上がる。
「⋯⋯お、俺は何も」
「ルナに嘘つくんだ〜」
可愛らしく零される言葉とは反対に、冷たい視線が突き刺さる。
「う、嘘なんてそんな」
「ルナを騙そうなんて、中々に無理難題よ」
口答えをした男がいきなり、何の前触れもなく後方へ吹き飛んだ。
「裏路地に住むホームレスの方にストレス発散を含めた暴力と恐喝⋯⋯半グレって根っこからクズなんだねぇ」
どこまで知っているのか、男達はただ震える事しか出来なかった。
男の1人は思い出す、1週間前にいきなり現れた少女。
誰もが鼻で笑い、せっかくだからと奴隷にしようと武器を握った。
だが、数十分も経たずに少女以外の全員が地面に転がった。
何をされたのか理解出来ずに敗北したのだ。
少女は予備動作無く人を握り潰せる。同様に物を持ち上げ飛ばす事も可能だ。
少女とは思えない、精神力と圧倒的な強さ。
「ルナは罪の清算をさせてあげてるの。何で感謝して真っ当に生きようとは思わないのかな?」
誰もそんな生活望んでいなかった⋯⋯とは口が裂けても言えない。
重く暗い空気の中、少女は陽気なテンションで手を合わせる。
「そうだ。ルナが頼んだ情報収集は順調?」
「い、いえ」
「そっかぁ」
見下ろす少女。男達は痛みを覚悟して目を瞑る。
「ま、そんなすぐに集まらないよね。所詮は底辺半グレだし」
「ほぉ」
「なんで安堵するのさぁ。ルナがそんなに怖い?」
グイッと顔を寄せて瞳を覗き込む少女。
彼女の前に嘘も何もかもが通用しない。
不意打ちしても後ろに目が付いているかのようにノールックで反撃される⋯⋯だから誰も逆らわない。
まさに恐怖の支配者となった少女。
そんな彼女が住んでいる拠点に殴り込みに来る女がいた。
ドンッと力強く開けられたドア。
少女は女の方を見た。
「貴女がルナティカね! 私はフィストリアのA級傭兵、轟雷のフィリアよ! 貴女をスカウトに来た!」
「⋯⋯傭兵ギルドの人かなぁ? ⋯⋯誰がルナの情報を売ったのかなぁ?」
少女が見せる怒り、合わせるように浮かび上がる周囲の鉄骨。
「返事は?」
「お断りするわ。ルナのギルドは、ルナの家族は、ブーゲンビリアだけだから。直ちにお家に帰りなさい」
「そうはいかないわ。このままじゃ貴女も半グレ認定されるわよ!」
「家族のいない今、ルナには関係無いの。帰らないなら⋯⋯無理矢理にでも帰す」
「望むところよ!」
フィリアは電気を迸らせ、ルナティカの周囲には鉄骨や木材が浮かぶ。
情けない男達はこのチャンスに逃げ出す。
一触即発の空気が辺りに広がった。




