新たな出会い
「スーツか」
「パーティだからね。戦闘服だと目立つでしょ?」
この国に来て初めての大きな買い物はスーツになった。
フィリアの服は水色のドレスだ。
ドレス姿のフィリアが見慣れず見詰めていると、目を細めて俺を睨む。
「何?」
「いや、見慣れないものでな」
「お互い様でしょ」
フィリアのドレスはスカートを即座に外せるギミックがある。
なので動きを阻害する事も無いだろう。
「武器はなるべく隠し持っておいてね」
「理解した」
俺はナイフを懐に隠し持つ。
ハンドガンも欲しかったが⋯⋯手を出せる金が無かった。
「それじゃ、パーティ会場に行くわよ!」
「ああ」
パーティ会場に着いて、1時間後来場客がゾロゾロと集まって来る。
主催者のトローネ伯爵は会場で1番目立つ場所で一家全員揃った。
トローネ伯爵がパーティの始まりを宣言すると、食事や音楽が始まる。
トローネ伯爵の娘と思われる女の子の周りに居る騎士4人に俺は目を向ける。
護衛と思われる人達だが⋯⋯どことなくソワソワしている気がする。
しかも視線が女の子の方にチラチラと動いている。
「あれはダメだな」
護衛としての自覚と集中力が足りていない。
俺は会場に目を向ける。
どこを見ても貴族と思われる金持ちだらけ。
「1人、2人⋯⋯何か多いな」
武器を隠し持っている人⋯⋯貴族の護衛もいるだろう。
それは視線の動きや緊張具合などで把握する。
だが、武器を持つ中で視線をトローネ伯爵に向ける人が何人もいる。
ここまで多く入り込めるモノか?
「怪しい奴は全員メモってフィリアに渡すか」
ここ以外にも警戒したい場所はある。
パーティが始まって1時間、俺は移動を始める。
まずはフィリアにメモを手渡す。
「カグラ⋯⋯あんたその技術どこで学んだのよ」
「前のギルドだ。育ての親で恩師から教わった。俺は他を見て回る。良いか?」
「問題無いわ。私と同格以上のランク保持者は居ないけど、優秀な人は多いからね。何より、まだ新人のカグラがいても上手く連携出来ないでしょ。自由にしなさい」
「理解した」
俺はまずキッチンに向かう。
キッチンはパーティの食事を作り続ける忙しい場所だ。
邪魔になるので護衛の人も中には入りずらい。故に毒物などが仕込みやすい。
⋯⋯チラッと見て俺はすぐに離れた。
問題無いと思ったのと⋯⋯美味しそうな匂いに集中力が鈍りそうだったからだ。
「問題はこっちか」
毒を仕込むなら食材に直接の方が早いし楽だろう。
だから俺は食材保管庫にやって来た。
毒物警戒以外にも理由がある。
ここにはパーティ会場を支える4つある大きな柱がある。
俺が音を出さずに中に入り、警戒する。
⋯⋯人の気配がする。
俺は気配のする方へ歩く。
すると、怪しげな男がいた。
「⋯⋯この臭いは」
「ッ! いつも間に!」
「さっき来たばかりだ。暗殺者的な奴だな。拘束させて貰う」
「1人でこの俺を倒せると思うなよ! この俺は5秒で6人殺せるアサシンだ!」
毒を染み込ませたナイフを抜いて、俺に向かって床を蹴る。
ナイフと反対の手にはスイッチも握られている。
頭にはゴーグル型の機械もある。
「俺は徹底的にやるぜ!」
パチン、保管庫内の電気が消えた。窓が無いので真っ暗な空間だ。
相手はサーマルスコープにより俺を視認する。
相手の動きが闇に消える中、俺は考えていた。
5秒で6人⋯⋯か。
「それが強さの指標になると思っているのが、滑稽だよな」
俺は相手のナイフを持っている手を蹴り上げた。
床を強く踏み、懐に飛び込む。
「ぬぅううう!」
「どうせ素人6人だろ? そんなのは強さにも自慢にもならない。ただの自惚れだ」
俺は相手の心臓に向けて正拳突きを放った。
「がはっ! な⋯⋯なぜ。見え⋯⋯」
「俺は常に左目を髪で隠し暗闇に馴らしている。こんな時のためにな」
膝を折った相手の手からナイフを素早く奪い取り、脳に強い衝撃を与えて気絶させる。
「アサシンなのに暗器が少ないな」
相手の武器を全部取り出して確認した。
俺はこいつがコソコソと仕込んだ物を確認する。
「これはこれは⋯⋯厄介だな」
爆弾だ。
時限爆弾では無くスイッチ型だ。
誰かの意思で簡単に爆破される⋯⋯接着しているので無理に外しても爆発するな。
「これは俺の手に余るな」
素直にフィリアに情報共有して終わりだ。
俺に出来る事は無い。
俺は長方形の情報共有用端末を取り出す。
これはマイクが内蔵されており、声を通せばフィリアの耳に装備されている小型インカムから同じ声が出て来る道具。
即座に情報を送る事が可能だ。
俺は詳細を伝えた。
『分かったわ。それはこっちで手配する。他に警戒したい場所に回って構わないわ。ただ、倒したって言う男は拘束しておいて』
「納得した」
情報端末のスピーカーから流れたフィリアの指示に従い、俺は男を縛り付けた後に場所を移動する。
庭に出て来た。
雲無く綺麗な星々の夜空に一際輝く2つの満月。
「良い夜だ」
確か池があったな。
そこになにか仕掛けがあってもおかしくないので、確認に行くか。
池には月と星が反射しており、風に靡いて時を忘れる優雅さを持っていた。
「国内なのに⋯⋯自然の中のようだ」
「はぁ。もう帰りたい」
「「ん?」」
俺と声が被ったのは女の人だった。
俺は誰かいると気づいていたので、気配を殺していたのだが⋯⋯無意識に声を出して気づかれたようだ。
⋯⋯この女の子、知っている。
トローネ伯爵の娘だ。
「失礼しました。仕事に戻ります」
「あ、あの!」
呼び止められた。
「なんでしょうか」
「あの。敬語は良いので、少し居てくれませんか。少し、心細いので」
「⋯⋯」
「ご迷惑でしたか?」
俺の反応を伺うように見詰めてくる。
依頼者の娘を1人にするのは⋯⋯良くない。
「池の中を調べるついでになら⋯⋯構わない」
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべるが、どこか無理している気がする。
俺は娘から視線を外して少し歩いて隣に並び、池の中を見る。
「えっと、ワタクシの名前はミネス=トローネです」
「俺はカグラ=アマツキ、一応傭兵だ」
「ふふ。優秀な傭兵様ですね。頼もしいです」
「世辞は必要無い」
「いえ、お世辞ではありませんよ。会場を見渡した時、他とは違う何かがあると思っていました。そして今、それは確信に変わっています」
ミネスは池に反射する月を眺めながら、そんな事を言う。
会場全域を見渡していたらしい。
「確信に変わった?」
俺は気になった点を質問する。
「ワタクシが不快にならない距離感を慎重に考えつつ自分の間合いに入れていますよね。確実に守れるように」
「どうしてそう思う?」
「ワタクシの隣に並ぶ時、2歩進みましたね? その時の歩幅が違ったので距離の調節をしたのかと」
「良く見ているな。その洞察力は素直に尊敬する。俺もまだまだ未熟だ」
「ふふ。そうでしょうか?」
やはり笑い方に無理を感じる。
疲れか、不安か。
彼女の中に何かあるのは確かだ。
「今日は空が綺麗ですね。カグラ様はどう思いますか?」
「ああ。こんな綺麗な夜が続けば良いと毎晩思う⋯⋯だが、また日は昇る」
「ロマンチックですね。ワタクシも同じ思いです」
話が続かない。
⋯⋯ここは俺からも話を切り出すか。
「気になっていたんだが、今回の創立123周辺記念日パーティ、どうしてこうもキリの悪い数字に?」
「やはり気になりますか?」
表情が暗くなった。
理解した。これは触れてはいけない内容だ。
「言いたくないなら言わなくて良い。嫌な事は思い出さなくて良い。今はこの2つの月と言う魅惑の世界に囚われよう」
池に反射する月、空を泳ぐ月⋯⋯角度を変えれば一度に見る事が出来る。
普段の倍の月を拝める魅力的で幻想的な時間に耽っていよう。
しかし、彼女は俺の気遣いを無用と判断したのか、逆に気を遣わせたのか、話してくれる。
「構いませんよ。⋯⋯今回のパーティの目的はワタクシの婚約者探しです」
やはりか。
彼女の表情から何となく察してしまった。
「まだ14歳なのに、早すぎると思いませんか?」
「今年で14か?」
「いえ。今年で15です」
「1歳下か⋯⋯確かに早いかもな」
今の平均寿命は90前後、そう考えればとても早い。
だが、貴族は跡取り問題とか色々あるだろう。
「俺は政治も商売も分からない無知な人間だ。あまり参考にならないと思う」
「そうですか。なら、跡取り問題とかそんな事考えたんじゃないですか?」
「正解だ」
「ふふ。ワタクシの婚約の目的は政治的繋がりを作る為です。候補は4人、そのお披露目も兼ねたパーティです」
4人って⋯⋯何か既視感がある数字だ。
「⋯⋯護衛の騎士か」
「正解です」
当たったようだ。
「カグラ様から見て、どう思いますか?」
「⋯⋯イケメンだと思う」
「ワタクシを大切にしてくれて、もしもの時は命懸けで守ってくれそうですか?」
「やけに具体的に聞いて来ますね」
「意地悪でしたか? 客観的に思われそうな事を適当に口にしたカグラ様に対しての、ちょっとしたイタズラですよ」
可愛らしく笑うミネス。少しだけその顔は楽しそうだった。
俺は黙ってしまう。
ああ言う奴らはいざって時に役立たない。
騎士の風貌をしていたが、その信念がない。
もしもの時が訪れたら自分の命優先だろう。
「素直ですね」
沈黙から答えを受け取ったらしい。
「すまない」
「いえ。ちょっぴり心がスっとしました」
ここは話を変えよう。
「俺は敬語を止めた。だからそちらも止めて欲しい」
「癖なのと、少しでも良い子に思われたいのでこのままにしますね」
それを言ったら意味が無い。
ミネスは再び虚ろな表情となり、月を見上げる。
「ワタクシはまだ、商売をしていたい。父からも母からも沢山学びたい事があるのに」
その呟きがとても儚く感じた。
婚約に対する不安なのか⋯⋯それともまた別の不安か。
話を変えたのは俺だ。
そしてそれに乗ったのはミネスだ。
そしてまた、俺が話を変える。
「不安か?」
「⋯⋯はい。色々と」
「さっきも言ったが俺は政治とか色々と分からない無知な人間だ。だが、戦い方を知っている。守る力を持っているし術を知っている」
「⋯⋯と、言いますと?」
「将来は分からないが、今このパーティだけなら、俺は貴女を絶対に守れる」
「凄い自信ですね」
大切な事を言い忘れていた。
俺は3本の指を立てる。
「俺から3m以内に居れば何があっても、必ず守る。約束しよう」
目を大きく開いた後に、クスッと微笑むミネス。だけど、そこに無理は感じなかった。
「魅力的な提案ですね。ですが、フィストリアの仕事はパーティの警護でありワタクシの護衛ではありません」
「もしもあの場で命を狙われたら⋯⋯最悪が有り得るぞ」
脅しに近い警告だろうか?
「その時はその時です。商業ギルドマスターの権力は中々に大きい。それを狙う人は常日頃いる。覚悟はありますよ、ワタクシにも」
ミネスは立ち上がると俺に振り向く。
「有意義な時間をありがとうございます。⋯⋯なんだか、今だけは普通の女の子でいられた気がします」
「そうか」
「はい。それでは⋯⋯さようなら」
結局、無理やり作った悲しげな笑み。
俺は限界まで出なかった声を絞り出す。
「⋯⋯ああ」
その後、俺は黙って、ミネスを見送る事しか出来なかった。
彼女は優秀だ。俺の目からはそう感じた。
きっとこの国に必要な人材となる。
「少し荒業といくか」