納得せざるを得ない実力
「これはこれは。かの有名な轟雷のフィリアさんに護衛して頂けるとは⋯⋯報酬の増額はちょっと」
商人はバツの悪そうな顔をする。
⋯⋯フィリア、本当に名の通った人だった。
「いえいえ。今回は新人研修も兼ねていますので、むしろ安くして貰っても構いませんよ」
慌てて否定して、必要事項を伝える。
「新人研修⋯⋯」
商人は俺を見てから、不思議そうに顔を傾げる。
「だいぶ落ち着いているように思えますが」
「この人ちょっと変なので」
「失礼だな」
商人はフィリアが来てくれるなら安心だと、俺の階級については聞かず依頼の詳細説明をしてくれる。
近くの村へ物資の配達、その護衛らしい。
森の中に盗賊が潜んでおり、その道を通るためランクの高い傭兵を希望したらしい。
俺は別の道でも良いと思うが、商人には商人なりの理由があるのだろう。
例えば時間を掛けたくないとか。早急に必要な物を届ける必要があるとか。
俺は依頼通りの仕事をすれば良い。
「今回運ぶのにこのトラックを使います。整備された林道を真っ直ぐ進む予定です」
中型トラック⋯⋯かなりの荷物を運べそうだ。
「分かりました。こちらはバイクを使って護衛します。カグラはどうする? シュナイザーの後ろに乗る?」
「遠慮しておく。もしもの時最高速度を出せる状態にした方が良い。だから俺が乗らない方が良い。俺は⋯⋯トラックの上に乗って全方位警戒しておこう」
「こちらはそれで構いません」
「それじゃ、決定って事で出発しましょう」
フィリアの戦闘服はやはりあの露出の多い服装だった。
防御力が心配になるが、俺の仲間だったメンバーにも似た人がいるので気にしないでおく。
俺はトラックの荷台の上に座り、風を感じる事とした。
村までの移動時間はおよそ2時間、村での作業が1時間、それが終わり次第帰るのでまた2時間。計5時間の短い仕事だ。
フィリアの名が知られているなら、盗賊にも襲われないんじゃないか。
そんな淡い期待をしていたが⋯⋯移動を開始して1時間20分と警戒心が緩み始めた時にそいつらはやって来た。
目の前に土壁を魔法で形成して塞いでいる。
数は20そこらか。
盗賊に囲まれたトラックは止まる以外に選択肢は無かった。
「早速お出ましね。丁度良いから世直しと行こうか」
フィリアが電気を迸されるが、ここは俺が前に出る。
元々俺のためにフィリアが見つけてくれた仕事だ。
俺がやらずにどうする。
こいつらを制圧しない限りは先に進めない。
単純な仕事だな。
「なんだクソガキ⋯⋯荷物を置いてさっさと」
目の前でグダグダ喋っていたので、みぞおちを強く殴り気絶させる。
これが宣戦布告となったのか、盗賊全員がフィリアを無視して俺を狙って来る。
俺の中の盗賊イメージは「良い体した姉ちゃんだな! 今夜は楽しめそうだ!」とか言いながらフィリアを襲っている。
本当に目的は荷物なんだな⋯⋯。
俺を囲みながら槍を突き出す4名の男。
魔法を使っても良いが無駄に手札は晒したくない。
俺の魔法は初見殺しの一面が大きく、カラクリが分かってしまえば有効射程範囲外から攻撃すれば良いだけになるからだ。
「拙いな」
俺は躱せるルートを把握して回避する。
脇と膝を使って2本の槍を捕まえて、持ち主を引っ張り出す。
体勢を崩したので、打撃を一瞬で加えて気絶。
気絶させた男を足場にジャンプし、残り2名を落下の力を加えた蹴りで気絶させる。
武芸の心得が無いのか、防御も回避も下手。
数の暴力で悪事を働いていた下世話な盗賊らしい弱さだ。
「な、なんだこのガキ」
「強い⋯⋯だと」
盗賊達に走る動揺。
「⋯⋯どいつもこいつも」
俺の初見の印象はそんなに弱そうか。
ガッカリしてもいられない。
俺は最短で近づける男に接近する。
「うわあああ! 来るなあああ!」
大声を上げ、雑に振り下ろされる剣。
回し蹴りを使って手を弾き剣を飛ばす。
「くっ」
「これで⋯⋯7人目か?」
懐に飛び込み首を狙って肘打ちを加える。
「かはっ」
ばたり⋯⋯また地面に転がる。
「や、やばいぞ!」
「こ、ここは逃げろ!」
散り散りに散らばって逃げて行く盗賊達。
こうなっては全員捕まえるのは無理そうだ。
翌日、またここに来て一人一人捕まえるか⋯⋯。
俺はフィリアの元へ戻る。
「すまない。かなりの数取り逃した。まずは依頼を優先しよう」
「⋯⋯ん?」
フィリアはどこか不思議そうな表情を浮かべる。
そして、何かに納得したようにポンっと手を叩く。
「カグラさ。もしかして私を舐めてる?」
「⋯⋯そんな事無い」
俺は目を逸らす。
ほら見た事か、と言わんばかりに指を俺の目に向ける。
「目を逸らす〜。全く。初めての出会いで私を舐めてるんでしょ。逃げた盗賊はどうしようも無いってさ。これでも私はカグラの教育係で轟雷の2つ名を持つ、A級のエリートなのよ?」
「理解している」
「理解だけじゃ嫌だな〜。納得して貰わないと。自分1人で出来ない時は仲間を頼りなさい。先輩でも後輩でも。適材適所ってのがあるんだから⋯⋯見てなさい。エリートの力を教えてあげる」
フィリアは自慢満々の笑みを浮かべると、右手を握り、右拳を左手の手の平の上に隙間を開けて持って行く。
「A級は実力と実績を兼ね備えてマスターに認められた者だけに与えられるランクなの。その強さはもちろん、一流よ」
フィリアの体から青い稲妻が迸り、空は雷雲に覆われる。
バラバラに逃げた相手を魔法で捕まえると言うのか?
だが、そんな事を⋯⋯。
「天雷」
俺が考えるよりも先に、フィリアは手の平に拳をパチンっと打ち付ける。
刹那、拳と手が重なった瞬間に辺りに轟音が広がる。
雷雲から降り注ぐ蒼き雷があちこちに落ちているのだ。
「カグラが取り逃してもカバー出来るように最初から盗賊全員にマーキングしてたの。だから逃げても簡単に魔法を当てられるって訳」
電気の輪を徐に作ると、それに引っ張られようにあちこちから黒焦げの盗賊達が飛んで来る。
息は⋯⋯している。
「これで盗賊捕縛完了っと」
フィリアは手をパンパンと叩いてホコリを払う動作をする。
「カグラの有効射程が3mなら、私の有効射程は30mよ。覚えておいてね」
決まった、と言わんばかりのドヤ顔だ。
「理解した」
「納得は?」
「エリートも含めて、納得した」
「そう」
フィリアは満足そうに笑うと、せっせと荷台へ縛り付けた盗賊達を乗せた。
当然、俺も手伝った。
尚、フィリアが頑張って肉体労働をしてくれたので言えなかったが、3mを使えば同時に運ぶ事が出来た。
怒られそうなので、黙って黙々と運ぶとしよう。
村に到着してからはトントン拍子に進み、盗賊達が騒ぐ中あっさりと国へ帰った。
既に夜遅く、シュナイザーに乗ってギルドまで戻る。
依頼遂行の報酬は商人から受け取っている。
ギルドに戻る理由は依頼完了の証明書の提出だ。
「初仕事にしては上々ね。カグラの弱点も分かったし」
どこか楽しそうに喋るフィリア。
「俺には数多くの弱点がある⋯⋯俺は弱い部類の人間だしな」
「ソレ、絶対に私以外の前では言っちゃダメよ。嫌味だと思われるから」
「納得した」
ギルドの中に入る。
「それじゃ、今回は求人ランク的に私が処理手続きして来るわね。次はカグラにもやって貰うから」
「納得した」
「そう。なら良いわ」
フィリアが手続きをしていると、ギルドホームに設置してあるテレビで速報ニュースがやっていた。
俺は暇だったのでソレに意識を向ける。
『速報です。フラワア王国で大きな火事がありました。調べによればそれは、ブーゲンビリアギルドとの事で、消火後の調べによればギルドマスター、ヴァイス=エンディアンの死亡が確認されたとの事です』
俺はそのニュースを聞いた瞬間、世界が真っ白になるのを感じた。
何も聞こえず、何も見えず、何も考えられない。
ただ、真っ白な世界だ。
「⋯⋯え」
唯一、絞り出すように出せた言葉はたったのそれだけだった。