新地下東京都市
1年後、「悪魔が埼玉を滅ぼした。」というニュース速報が入った。この速報にも慣れ慣れだ。山形から徐々に南下し、1年でここまで来てしまった。しかし、1年間《崩壊》という悪い知らせだけがニュースでやっているというではなかった。
悪魔について大分わかってきたのだ。
山形が崩壊してから、国家はJADを創設し「悪魔撃退装置」の創造を促していた。戦車・戦闘機の次なる兵器をだ。核兵器を投下するということも考えたが、悪魔は浮遊している。そのため、逆にこちらだけが傷を負う可能性が高かったため、どちらかと云うと、物理方面での兵器の創造に力を入れた。
その間に、数十という都市が崩壊しており、徐々に人の数を減らしていった。ここ最近となって北海道が避難所として設定された。
北海道を避難所とすれば、その避難所を狙って襲う可能性が有るからだ。しかし、ある研究でその可能性はほぼ0にへと変貌した。ほぼ全ての人が避難した都市が悪魔に襲われたのだ。人類を狙って襲う悪魔だが、人の密集している地点は、「見ることが出来なかった」のだ。その事実は、北海道への避難を可能にさせた。
そして、悪魔は無人の埼玉を滅ぼし、こちらに近づいている。街を滅ぼすのが目的なのか、それともまずこの悪魔は、何も目的を持っていないのか。ネットでは、狂乱という言葉がトレンドに入った時もあったほどだ。
その事実によって、《東京地下都市》の案が通った。日本人は、北海道へ逃げ、避難が完了すると、資金を新地下東京都市にかけることが出来た。
1
「JAD、俺達の最期の場所であり、始りの場所になるだろう。」
声音を下げ、軍服を来た筋骨隆々の大男が言った。軍服は、灰色で統一されており、長そで長ズボン、腰には茶色の皮のベルトが巻かれている。左胸辺りに赤色の円の上に《JAD》と書かれたエンブレムが見える。第Ⅲ分隊隊長 征晶 敬之その人である。その大男は、隊長に相応しい覇気を放っており、素晴らしき統治力がある。
「この暗雲渦巻く地獄は、この大戦を以て終結する。その新世界の始まりという希望を開拓しようではないか。我々第Ⅲ分隊に課された責務は残った住民の避難だ。新東京都市政府は、“夜葉”に100人ほど残っていると情報が入った。」
敬之隊長は、少し呼吸を整えたのち大きく息を吸い、口を開いた。
「準備につけ!」
ここ、第Ⅲ分隊寮は、夜葉市中心の夜葉駅がある。第Ⅲ以外に、13の隊があり、其々が、旧東京の都市に置かれている。13の隊は、通信隊と戦闘隊の2つに分かれており、1つの分隊で2つの市を制覇するという計画が立っている。俺、藤岡 櫂は、戦闘隊だ。先程隊長の言った夜葉市の雫桜担当になっている。
そして、雫桜担当は俺以外にもう2人いる。受付も含めればもう1人だが。
第Ⅲ分隊寮は、臨時で作られたため、装飾などは無く、3Dプリンターで作られているため全面がコンクリートの灰色一色で統一されている。当然エアコンもついていない。
そんな質素な廊下を20人ほどが歩き、人で埋め尽くされている。
廊下には、窓がなく、あるのはここの案内図だけである。案内図を見ればわかるが、この廊下は、ずっとストレートで、この廊下を軸として、部屋が葡萄のように実っている。その数15部屋だ。その市街路を真直ぐ進むと階段があり、夜葉駅とストレートにつながっている。威風堂々歩いていると、階段が見えてきた。早歩きで下がっていると、蛍光灯の光ではなく太陽の優美で炎のような温かみを備えた光が見えた。階段の踊り場まで来ると、下の階が家事になっているかのような感覚に襲われた。不意に目を細める。
ショートケーキの上に乗っかった明瞭な形を持ったイチゴをフォークで刺し、1つずつゆっくりと食べるかのように階段を一段ずつ降りる。下に降りるごとに、駅の2階にある改札の蒼さが見えてくる。階段を降り、薄目のまま稼働しない改札をくぐり、停車場までの階段を降りる。用意されたシルバーを基調とし、緑のラインが入った電車に乗っかった。椅子は、赤色でありレッドカーペットのような高級感を放っている。その椅子に腰を下ろすと、迷彩の帽子を被った黒髪の細マッチョが横に座った。夜葉の雫桜へは、10人程しかこの電車には乗らない。そう考えると、横に座ったこいつは奴しかいない。
横を一瞥すると、予想通りだった。「探したぜ。櫂。」
先程言った雫桜担当2人目、西沢 亮だ。いつも迷彩柄の帽子を被っているため、俺は迷彩帽子を読んでいる。キャップからは、鋭い黒い目が覗いている。
俺は、欠伸をしつつ「よぉ」と返す。スマホを開け、ニュースを確認する。そこには、悪魔退治の目処がついた。という記事があった。「この記事見たか?」とスマホの画面を見せつつ呟くと「ちょいと貸せ」とスマホを奪った。ふーんと云いつつスマホの画面をスライドする。そうだな…と少し巻き返すと、
「悪魔退治の目処たって何が起こるかわからねえのにな。」
と帽子を深くかぶり、足を組んだ。口許は、大きく開けられ欠伸をした。
「全ては俺達の腕で決まるんだ。どんなに性能が良い機体があっても、それを乗りこなすことが出来る人がいないと意味がない。ましてや、俺達が挑む化物は、摩訶不思議な術を使う。」
話の区切りが着いたのか、スマホをこちらに差し出した。そのスマホを手に取りながら、「悪魔の方が性能は上だ。全130機を作り上げたことまでは良いが、俺達第Ⅲ隊を抜いた120機で悪魔のエネルギーを枯渇できるのかどうかすらわからないんだ。」
この作戦の肝は“エネルギー源の枯渇だ”
睡眠…をしているかは不明だが、休憩を摂りエネルギーを回復させている。悪魔爆弾の前、エネルギー量は1/2まで減っている。爆発分を残していると考えているが、その爆発は、新地下東京都市にまで衝撃が伝わる。ほぼ確定で崩壊するだろう。特に出撃口、地上に繋げないといけないが、どれだけ頑丈にしたところでその衝撃によって深部は無事でも、機体を出すことは出来ない。よって、俺達でその全て、摩訶不思議な術を出すエネルギーを枯渇させなければならないのだ。それが、俺達の役目だ。
「そうだ…ナァッ」
話しているうちに電車が動き出した。迷彩帽子は、進行方向とは逆の方向に座る体制のまま倒れた。進んでいくと、車窓から夜葉駅の全貌が顕になっていく。四角形の少し廃れたような黄ばみがついたコンクリートで構成されている。その立方体の中心は開いており、そこに線路が通っている。その立方体の横には真新しい白色のコンクリートで作られた第Ⅲ分隊の本拠地が付属している。色的に不自然で、そこの部分だけ新品の白いハードディスクを建物に取り付けたような違和感がある。
「夜葉ってここ最近の都市開発で名称が返られた
てのに災難だよな。」
俺は、「は?」と苛立ちが口から出た。この太陽の出た青空は、昔の暗雲の履歴すら残っていないが、血が天から滴り落ちるような赤い雷が降る雲だって通る。俺は、その状況だ。
平気なフリをしているが、崩壊した故郷のことを忘れたことはない。身体以外全てを置いてきた。炎が都市全体に舞い、その上空で熱気によって皮脂が形而下の幽霊のような姿をしつつ、翆玉色、翡翠を眼窩に嵌めたような視線を逃げてゆく電車に向ける光景を俺は一生忘れない。その電車に俺が乗っていたことは説明しなくていいだろう。
炎が覆うその都市の背を向け、俺は翆玉色に満ちた草原の上を進む電車の中で火傷しそうな心臓の鼓動を胸で押さえつけた。(空には今日のように青色であった。)
“全てを置いて自分だけ生き延びた罪悪感が体現した鼓動“
その鼓動は、今でも心臓の中でビートを奏でている。
「災難なのは、そのお前の御花畑な頭だよ。」
「え?今なんか言ったか?」
「…いや、ただ“崩壊してないだけましさ”っていっただけだ。」
電車は、灰色の今では役に立たない住居という上に長い鈍の間を通り抜け、ある駅に着いた。電車内に取り付けられた小型テレビほどの液晶からは雫桜という2文字が浮かび、上にdaouとローマ字でフリガナがふってある。ハングル文字など他の言語に切り替わっている。
「間もなく、雫桜に着きます。お出口は左側です。」
というアナウンスが車内にエアコンの冷たい空気のように流れた。迷彩帽子は、腕を上に伸ばして欠伸をし、席を立った。先程の話は気怠いものだった。意味のない言葉の羅列のようだった。まあ、話は面白くないが、ここで出来た最初の友人としては、誇れるかもしれない。
俺は、こいつの核心は、話が面白くなく、俺の虚を悪気なく突いてくるが、優しさという部分では、俺より上だ。気づかいができる奴だ。
「俺は、南の市街地に明かりがついてる場所を訪問する。
そっちは北のマンション街を見てきてくれ。」
俺が、そう命令すると「あィ」と返事が返ってきた。外に出ると、太陽は暗雲に隠れていた。あの地獄のような火山灰を含んでいそうなどす黒い暗雲に—————————
2
悪魔が、さいたま市を滅ぼしたというニュースと共に、避難警告音が東京の街中に響き渡った。しかし、その街中には人が1人も居ない状態であり、ビルとビルの間に吹く風は、ヒュゥゥゥという音だけを残した。車の走行音も、人々の話し声も何もかもが消えた都市。その廃れた都市には、一人の老婆がポツンと空を見上げて死を待つようにこの絶望を噛み締めていた。彼女の足元は、影に呪縛という鉄球が乗っかっていた。
空は、今にも雨が降りそうな雲が渦巻いており、太陽は、その中に隠れている。ゴロゴロと響く雷の音は、終焉の号令を神が鳴らしているようであった。いつ老婆の血肉を吸い、血の雷、血の雫が降り注ぐのかわからない。
老人の眼の隅にネズミのような何かが映った。その瞬間、老婆の鎖骨あたりまで伸びた白髪が強風に煽られたように靡いた。老婆の眼前には、筋骨隆々の…とまでは行かないが、細マッチョほどの男がJADと書かれた軍服を着て立っていた。
自衛隊とは似て非なる茶色がかったグレーの服装の後ろには、JADの頭を取ったと思われる「J」の文字と、Ⅲという数字が刻印されている。
男というには若すぎる少年は、老婆を肩に乗せ、何処かに向かって走り出した。老婆は、今までこの地を捨てたくない一心であったがこの男の肩は自分が守ろうとしていた家よりも頑丈で暖かった。爺さんが死んでから、“彼”が与えてくれた家を家族のように愛していた。しかし、決まって残る者は寂寥感であった。だが、やはり人の温もりは暖かった。
———2魔2結8晶5———
「大丈夫ですか?」
俺は、老婆を肩に乗っけたまま話しかけた。老婆の小さな声の絞り粕が涙として滲み出ている。老婆は、後ろを涙ぐみながら見ている。何処か名残惜しそうに…
『全てを燃えさかる炎の中に置いていった。』
後ろを見るが、熱センサーのついたゴーグルをつけていたため、良く見えかった。
ゴーグルを外し、後ろを一瞥すると、そこには、“民家”があった。ビルが多いこの地には不揃いな赤い屋根の丁度1世帯分程が住める民家だ。その光景は、老婆を避難させ終わってからも頭にこびり付いた。老婆からの返事はなかった。だが、呻き声がこの無人の地に響くため、骨折していたなど、何処か痛んで避難できないというわけではなさそうだ。
「ビルがトンネルのように左右を囲むこの市街地には、ミニバスが常備されていたはずだ。YHマーケットのバス停車場に1132のナンバー。ガンメタのミニバスがある。それに救助者を乗せ、雫桜駅まで行け。」
救助者作戦会議中に、俺に命じられた使命はこれだった。一応俺は、成人している。免許書もある。俺は、渡された地図を見ながら、左にあるYHマートと書かれた場所に入り、鉄製の階段を下りる。そこは、完全に闇であり、何も見えなかった、そのため、暗視ゴーグルを付ける。階段の先には稼働しなくなったガラスの自動ドアがあった。その扉を半場強引に開け、駐車場に入った。そこに3つほど放棄されたミニバスがあり、グレー 白 ガンメタの3色展開だ。地図と一緒にもらったミニバスの鍵をピっと鳴らし、自動ドアを開ける。そこに救助者を乗せ、車を走らせる。救助者は、老婆含め3人いた。足の悪い老人と、盲目の中年男性だった。一人は、マンションの中に。もう1人は、コンビニの中にいた。いずれも赤外線サーマルカメラ・ゴーグルが無ければ見つけることは不可能だった。
ゴーグル自体は、VRゴーグルで、紫外線サーマルカメラがそのゴーグルの上に取り付けられており、VRゴーグルにその映った情報を映し出している。
ミニバスを走らせながら、危険が通らない外の歩車道境界ブロックに座ることを命じた2人を乗せ、雫桜駅へと向かった。皮肉にも舗装されたばかりの道路を走り、駅の目の前に着いた。