乱入
終息間際とはいえ周りは未だ戦闘中で、その音は森の方を注視しないと気が付かない程度のものだったが、立ち止まってみると音よりもむしろ地面から伝わる振動の方がしっかりと感じられる。
集中してみるとわかる程度のものだが、スタンピード前の魔物の群れの時のようなものと違って、ズシンズシンと怪獣映画のような揺れが一定間隔で続いていることから、それは単体かそれに近い少数の個体の歩行に起因したものだと予想がつく。
だが、もしそうだとしたらこんな離れた場所に微量ながらも揺れを引き起こす生き物とは一体どれほどのものなのだろうか・・・。
まさかほんとに電波塔を倒すような怪獣が出てくるわけじゃあるまいな・・・今いるのは異世界だから完全に否定しきれない自分が怖い。俺が思ったことが現実になっちゃうようなどっかの破天荒みたいな迷惑スキルが俺にないことを祈るよ・・・。
「確かに大きな生き物が近付いて来ている感じがするな・・・」
「少し変則的ですが、この音の間隔は四足歩行の魔物だと思います」
オリヴィエイヤーを持ってすればそんなことまで分かってしまうのか。俺なんか何故か毎回東京を狙い撃ちしてくる放射能に汚染された熱線を吐く黒いヤツを想像しちゃってたけど、四足獣なのであれば完全に的外れだったらしい。
よかった。どうやらおれには無理矢理現実を捻じ曲げる特殊能力はないらしい。
「うおっ・・・とぉ!」
くだらない考え事をしていたら近くにいたウォーキングウッドに横っ腹をしばかれた。
もはやこいつ程度の攻撃ではダメージすらほとんどないが、不意をつかれた攻撃が急所にクリティカルヒットでもしたらいくらレベル差があっても悶絶不可避となるかもしれない。余裕だとしても戦闘中だということを忘れちゃダメってことを優しく注意された気分だ。お礼にありがとうの気持ちを抱きつつ真っ二つにしてあげる。感謝の脳天割りだ。一日一万回もやるつもりはないけどね。
ウォーキングウッドに続いて攻撃してきたホブゴブリンやフォレストハウンドだが、横一文字に斬りつけて一振りで同時に倒す。
また動き出したことでわかったが、やはり立ち止まって集中してないと地面の揺れや森からの音などには気がつけない。その証拠にオリヴィエと俺以外は誰も森から発信されている異常を察知している者は誰もいない。
魔物を駆逐していくうちに元々トレイル寄りの位置にいたはずが、すっかり森の方が近くなっているカルロでさえその異常には全く気がついていないようだった。
音の正体がこちらの脅威となるものなのかはわからないが、やはり警告くらいはしておいた方がいいか。
「みんな!森の方から何かが・・・」
と、最前線のメェンバー達に注意を促そうと声を出した時、突如今までゆっくりだった振動とわずかに聴こえるほどだった音は俺の声を遮るように大きくなり・・・
ドオォーーーーン!!
という轟音と共に勢いよく巨大な何かが森の木々を薙ぎ倒しながら飛び出してきた。
「ぬおぉ!?」
その余りの勢いに薙ぎ倒された木がそのままカルロの方にまで飛んできたが、突然のことに虚をつかれ驚きながらもギリギリのところでなんとか躱していた。着弾した木はそのまま爆ぜ、まるでクラスター爆弾のように木っ端が周辺に飛び散った。
「ぬうぅん!」
すぐ近くにいたカルロはその木っ端に襲われるが槍を回転させることでその大半を防ごうとするが、流石にその全ては防ぎ切ることはできず、いくつかは槍をすり抜け彼の体にキズを作った。しかしそのどれも大したダメージとはなっていなかったようで、彼はそれを気にする様子もなかった。
元々洗練された動きを見せていたカルロだったが、今回ばかりはレベルアップして身体能力がなければ危なかったかもしれないな・・・。
そう俺に思わせるほど、巨体が弾き出した木の勢いは凄かった。
飛んだ木は一本だけではなく、複数本が時間差でカルロの方向に飛んでいく。
一体どんな力で木を押し出せばこんなことになるんだ?
全速力の大型トラックがぶつかったって生えてる木が飛ぶなんてことはないぞ・・・。
俺はその正体を確かめるべく森から飛び出した巨体に視線を移す。
鱗に覆われた体。
燃えているかのような真紅の瞳。
頭から背、尻尾にかけて連続して二対の角のようなものが生えている。
顔の造形や全体的なフォルムはトカゲのようだが、その姿はまるで・・・。
「あれは・・・アースドラゴン!?」
そう、ドラゴンだ。
よく物語などに登場する二本の足と短い手、背に大きな翼を持ったようなものではなく、地を太い四本の足で這う、巨大なコモドドラゴンのような姿のタイプのやつ。
その姿を知らなかった俺でもさっきマルクが叫んだ名が直感的に浮かぶほど見事に名が体を表しているそれが森から現れた。
「カルロ様!危ない!」
全員がその姿に驚愕してフリーズしている中、ミーナがいち早く位置的にアースドラゴンの進行方向にいる形になってしまっていたカルロに気が付き、声を上げた。
「!?」
飛来してくる木の対処に追われ、ミーナの声で森の方を見たカルロだったが、その視界に映ったのは巨大な鱗が自身に迫ってくる光景だった。
アースドラゴンはその巨体をぐるりと回しカルロを尻尾で吹き飛ばしたのだ。あんな巨体がする動きじゃないだろ・・・。まるで猫が自分の尻尾を追いかけ回るかのような軽やかな動きでその巨体を回転させ、膨大な質量がその遠心力を伴って人族である小さな体のカルロに襲いかかった。
重大な交通事故がすぐそばで起こったような爆音が鳴り響き、質量の暴力をその身に受けたカルロは簡単に飛んでいき、森の下の崖に激突した。
激しい土埃が舞い上がり、彼の姿は視認出来なくなってしまったが、到底無傷でいられるような攻撃ではなかったということはその場の誰もが感じていた。
しかしアースドラゴンは自分が飛ばしたカルロのことをじっと見つめたかと思うと、まだ土埃が収まっていない彼の元へと進み出した。
「まずい!」
こいつはカルロがまだ生きていることを確信しているかのようだ。もしかしたら生命力のようなものを感知できるのか、熱を感知できる器官でも持っているのだろうか。
もしくはただ単にその図体に似合わず慎重な性格をしていて獲物には確実にとどめを刺すことを優先しているだけなのかもしれない。
いずれにせよアースドラゴンがカルロの元に向かっている理由は追撃すること以外にはないだろうから、その原因を考えたってしょうがない。
間に合うかどうかはわからないが、全力でカルロの元に駆け寄る。
今はこのスタンピードで急激に上昇したステータスを信じて行動するしかあるまい。
実際、全力で俺自身が出したスピードは今までの比ではなく、流れていく景色と体に感じる風圧は感じたことのないものとなっていた。
しかし、それでもアースドラゴンがカルロの居る崖に到達する方が早かった。
大きな口が開き、鋭い牙があらわになる。
「くっ・・・そ!!」
土埃が収まってきてカルロが激突した場所がかろうじて視認出来るようになってきた。
もしかしたら俺が確認出来ていないだけでいつの間にか自力で脱出し、その場から退避しているのではと一縷の望みを持って土埃の先に目を凝らしたが、そこにはぐったりとした男の姿があった。
鋭い牙がカルロに迫る。
もう時でも止めない限り間に合いそうもない・・・。
魔法もまだ射程外だ。
世界の名前を英語で叫んだって守護霊のような存在がそれを実行してくれるなんてことはない。そんなスキルやチート能力は俺にはないのだ。
俺は尚も歩を進めてはいるが、この絶望的な状況から半ば諦めてしまい、数瞬先に予想出来る未来を直視できず、目を瞑った。




