墜落
「うひょ~!こんりゃ~き~~んもちいいっすねぇ~~!!」
青く透き通る空を幼女のような60歳が変な大声を上げながら無邪気に飛び回っている。
ラスクはミーナからのレクチャーを10分程受けると、すぐに姿勢制御どころか、なんとココがやるようなアクロバティックな飛行までやってのけるようになっていた。センスが凄いね。
そういや彼女はレベルアップによる力の向上に対する戸惑いにもすぐに慣れていたな。
もしかしたらエルダードワーフという特殊な種族の特性なのかな。そうではなくて彼女自身が生まれ持ったセンスなのかもしれんけどね。
「気を付けてくださいね!慣れないうちはむやみに横回転を繰り返すと・・・あ!」
「にょあ!?」
ミーナが飛行に慣れてきて曲芸飛行を楽しみだしたラスクに注意したのだが、その最中にラスクはグルグルと横ロールしだしてしまいその結果、見事に体勢を崩して空中制御を失い、まるで前に進むだけのロケット花火みたいになってしまっていた。
しかし、その方向が悪く、ラスクはほぼ直下の地面に向かって物凄いスピードで落下していった。
まずい・・・!
俺はすぐに彼女を追ったが、飛行魔法で進んでいる分その速度は自由落下よりもはるかに速い。いくらレベルを上げた状態のラスクでも今の速度で地面に叩きつけられたらただではすまんぞ・・・。
彼女よりもレベルの高くかなりの速度を出せる俺なら追いつくのは可能だが・・・元々そんな高度を上げていたわけではないからそんなに猶予がない!・・・このままじゃ!
「くっ!ウィンド!!」
俺は咄嗟に風魔法を後方に使うことでそれを推進力にし、飛行速度をあげた。
そのおかげでみるみるうちにラスクとの距離を詰められたが、速度を上げた分、当然地面との距離もどんどん近づいてくる。
「ご主人様ぁ!!」
後方から俺を呼ぶオリヴィエの声が聞こえてくるが、今はそちらを向く余裕はない。
「間に合え・・・!!」
ラスクのすぐ傍まで近づくことに成功した俺は必死に手を伸ばし、彼女の足を掴んで引き寄せたが、もう地上まで十数メートル程まで接近してしまっているため、今から減速しても激突は免れないと思った俺は彼女の体を抱き、片手で頭を押さえて体を反転させる。
減速し始めたがかなりの勢いを残したままドーンという激突音と共に俺の体に衝撃が走り、地面に激突してしまった。
あまりの勢いにもうもうと土煙が舞う。
「ご主人様!!」
「サトル様!!」
少し遅れて着地した音がして、俺を呼ぶ二人の声がすぐ傍から聞こえてきた。
「ぷはーっ!あーびっくりしたー」
視界はすべて土煙に染まっていたが、上半身を起こすことでその外に出ると、オリヴィエとミーナが心配そうにこちらを見ていたので、彼女達を安心させるために俺が二人に笑顔を見せると共に片手をあげて問題ないことをジェスチャーでも示すと、そこでやっと二人はホッと安心した表情を見せていた。
「大事ないですか?」
「あー、俺は大丈夫だ。問題ない」
結構なスピードで落ちて衝撃も凄かったけど、今の俺の丈夫さはそれにまさってしまうようなものとなっているのだろう。
なんか段々人としての領域から外れてきてしまっているような気もするが、まぁそれもいまさらか・・・。
「ラスク、怪我はないか?」
とりあえず自分の体にダメージはほとんどなかったが、ラスクの無事を確認するためにまだ俺の腕の中にすっぽりと納まっている彼女に声をかけると、
「うぅ・・・今のはちょっとちびっちゃいそうでしたっすぅ」
ゆっくりこちらを見上げてきた彼女はもろ涙目になっていた。口にしている内容を除外すればちょっと可愛い。
「怪我はないか?」
目が合って少しドキッとしてしまったことを悟られる前に声をかけることで誤魔化そうと試みたが、ラスクはラスクでそれどころではなかったのか見上げていた顔を戻し、もう一度俺の胸に埋めてしまった。
「・・・・・・おかげさまで・・・。だ、だいじょうぶっす」
それならよかったと俺は彼女の頭に添えていた手を動かして撫でてやると、俺の脇腹辺りに置いてあったラスクの手が握られたのか、服が引っ張られた感覚が伝わってきた。
普段はこういった反応をみせないラスクがこうなってしまうとはな。きっとそれだけ怖かったんだろう。
まぁ自由落下よりも全然速い速度で地面に激突しようとしていたんだからな。
もうかなりの飛行経験をこなしている俺達ならまだしも、ラスクは今日がはじめての単独飛行だったからな。
今回の暴走も上や横方向へのものだったら他のメンバーが手助けすればなんの被害にもならなかっただろう。現に以前ココが調子に乗って今回のラスクのように制御を暴走させてしまった時は俺に向かってくる形だったので、俺がそのまま受け止めて注意してからリリースしただけとなり、そこにはなんの危険性もはらんでいなかった。
だが、さっきのように下方向へ暴走してしまうとああなってしまうということは失念していたな。ちょっと危機意識が薄かったのかもしれない。彼女のレベルはまだそれほど高くないし、もっと注意するべきだったな。
「ラスクさん。それ以上はちょっとズルいですよ」
そんな風に今回の事故について反省をしていると、オリヴィエが俺の胸にずっと引っ付きっぱなしだったラスクの顔を覗き込むように腰を屈めると、
「あ~、バレたっすか」
といって胸に埋めていた顔を上げ、ペロッと舌を出して見せた。
そして俺から離れ、ポンポンと体についた土埃を払う。
「兄さんの独占はやっぱり難しいっすねぇ~。これはやはり仲良く分け合うしかなさそうっすねぇ」
そんな俺をホールのケーキみたいに言わないでくれ。もう結構な人数なんだから等分にしたらちっちゃくなっちゃうよ。
「とりあえずラスクはもう少し慣れるまで曲芸的な飛行は禁止な」
俺がそう言うと、ラスクは少し残念そうな顔をしたが、
「しょうがないっすね。我慢するっす」
と、ちゃんという事を聞いてくれた。まぁラスクは俺達の中で一番年上だしな。これでココみたいにゴネだしたりするようだったらちょっと同居を考え直すレベルだ。六十年という長い年月を経た性格がいまさらどうこうなるとは思えんしな。
そして俺は再び全員にフライをかけ、再度トレイルへ向けて飛び立つ。
元々もう旅程の半分以上を経ていたということもあり、数十分でトレイルまで到着することができた。
今回も街中に着地するようなことはせず、ちゃんと正規のルートで街へ入る。
俺を見つけた門番がめっちゃ元気よく挨拶してきた後、その中の一人が慌てて奥へ引っ込んだ。
・・・あれ、たぶんここの領主であるカルロへ報告に行っただろ。
ま~たなんか変な仕事とかを押し付ける気じゃないだろうな・・・。
これはさっさと買い物を済ませて帰った方がいいかもしれん。
三十六計逃げるに如かず。触らぬ神に祟りなしだ。
めんどくさいことはやらないにこしたことはない。めんどくさくてもやりたいことだったら別にいいんだけど、人から押し付けられるめんどくさいは大体やりたくないめんどくさいだからな。
新顔のラスクも居たからクイルの鑑定をしなくてはならないかと思ったが、詰所に誘導されることも無かったので、どうやら顔パス状態で通過していいようだ。
トレイルの西門は地理的にファストとしか繋がっていないので他の門と違って人の出入りがほとんどないから待ち時間もないし別にクイルの鑑定くらいしてもよかったんだが、まぁ向こうがやらなくていいっていうんだからそこを曲げてこっちから鑑定しようっていうのも変だしな。俺達はそのままなんの手続きもせずにそのままトレイルに入った。
よし、ここからはスピード勝負だぞ。
俺達の買い物が終わるのが先か、カルロの使いが俺達を呼びに来るのが早いか。
絶対何事もなく家に帰ってやるんだからねっ!




