邪神様は恋をする
我が君の伴侶となられる、佐藤悠太様にお会いしてから二十日目の夜、我が君とお話する機会に恵まれた。
「我が君にお聞きしたい事があります。なぜ悠太様に封印の場所をお教えにならなかったのですか。我が君の解放こそが最も優先されるべき事ではありませんか」
我が君は椅子にもたれ掛かり足を投げだしたまま、思わせぶりな表情で時折り何かを思い出したかの様に楽しそうに微笑む。
「なぜって、あなた本当にわからないの」
「はい」
「そう。……でも私の願いくらいはわかるでしょう」
「世界のバランスを戻し、過剰な神々の干渉をやめさせる事だと理解しております」
「えぇ、なら私の解放など二の次でよくありませんか」
まるで子供を諭すように穏やかに声を紡ぐ。
「神々の干渉をやめさせるには、我が君のお力が必須かと」
「もう、女神達には下界へ過剰に干渉する力など残っていないわ。人々からの信仰も、急激な人口の減少により全盛期の半分程度にまで落ちている。ならば先にすべき事は豊穣の大地を取り戻すきっかけを作る事ではありませんか」
言ってることは正しい。けれど御身の解放を先延ばしにしていい意味がわからない。
我が君は悠太様と一緒に居られたくはないのだろうか。
「眉間に皺が寄ってるわよ。そんなに難しいことじゃないの。悠太くんは私の伴侶になるお方。その悠太くんが下界に降りれば精霊達は徐々に力を取り戻すでしょう。そうなれば自然と世界は正常なバランスを取り戻していくわ。悠太くんに求めることはそれだけでいいのよ」
「……悠太様は何もしなくてもいいと」
「ええ、そうよ。私は悠太くんにこの世界で自由に生きて欲しいの。たくさんの恋をして欲しいし、楽しんで欲しい。そしてこの世界に来て良かったと心から思って欲しいの。悠太くんがどう生きるのかを悠太くん自身が選択できないのならば、やっている事は女神達と一緒でしょ」
「我が君は、悠太様が現世で他の女性に恋をして、伴侶を得てもよろしい、と仰られるのですか」
「ええ、構わないわ。私ね、悠太くんにはいっぱい恋をしなさいって幼い頃から言っていたのよ。人は守るべき者がいるからこそ強くなれるし、優しくなれるのってね。それに何より、悠太くんはちゃんと私を見つけてくれた。手を掴んでくれた。それだけでもう奇跡よね。長い間探して、探して待ち続けたんだから、今更現世での時間くらいどうってことはないわ」
「我が君は今、お幸せなのですね。クロノアを悠太様にお付けになった理由もなんとなくですが分かりました。ならば私が申し上げることなどありません」
「ふふふ、クロにはね。以前から私より先に手を出しちゃダメだよって釘を刺しておいたの。でもそれを本気にしちゃってね。嘘だよって言ってもなかなか信じてくれなくて困っちゃった。それで送り出した時にクロにがんばりなさいって、そっと応援してあげたの。そうしたらクロ、かなり驚いていたわ」
本当に楽しそうに悠太様のことをお話になる。
付き従ってから長い時が経つが、こんなに楽しそうにしておられるお姿を見るのは初めてだ。
我が君と悠太様が再会できて、本当に良かったのだと心からそう思う。
「忘れていたけど、ウンディーネの愛し子が危険な状況になってるみたいなの。悠太くんにその子を助けてくれるようにお願いしてくれないかな。そして、あなたとエイルには悠太くんの侍女として同行、サポートをして欲しいの。私の代わりに悠太くんを助けてあげて」
「我が君の仰せのままに」
「あっ、君たち、悠太くんに惚れちゃダメだよ」
珍しく私を揶揄うようにウィンクをするのですね。
そんなに浮かれなくても……
けれど、それくらい悠太様のことがお好きだということなのでしょうね。
ならば、私の全身全霊を賭して悠太様をお護り致します。