〜間話:代償〜
side:迷宮蟻【兵】
彼等は突入直後、目の前に広がる一面の暗闇に困惑した。
今まで食い荒らした迷宮とは明らかに毛色が違いすぎたからだ。
今までの迷宮は核の【色】に合わせて内外共に特色があった。
それは彼等には価値が無く、無縁ではあったが、豪華絢爛金銀財宝の迷宮、女や食い物に満ち溢れた迷宮、数多のモンスターに溢れた迷宮など様々で、まるでそれ等を誇示するかのように迷宮内外装も見合った物になり、迷宮自体も大きなモノだった。
それが、この迷宮は内外共に特色が無い。
迷宮と呼べない程に小さな外に見合わぬ内。
隣に居る仲間すら認識が困難無程の黒、時折響く何かが崩れたり落ちるような音、彼等は手探りに探索を始めるが、進めど進めど果ては無く、一向に核に辿り着ける気配がしない。
そうこうしてる内に一匹、また一匹と侵食系スキルを発動した際に体力やスタミナの代わりとなる【ソウル】が尽きて死んでいく。
【迷宮喰い】と呼ばれるだけあって、ただ死ぬわけではなく後続の為にフェロモンを放つ。
第二陣は複数に分かれた。
第一陣が残したフェロモンから向かった先や敵の気配が無いことを知り、分かれることを選んだ。
3から4匹のチームで分かれ、四方八方に散る。
一陣のようにソウルが尽きた仲間フェロモンを出して死ぬ。
残りはフェロモンを放つ器官がある腹を残して食い、微量であってもソウルを回復して先に進む。
それを繰り返して広範囲の探索に成功するが、結果は一陣と同じ全滅。
女王だけは核に侵入した兵の情報をある程度ではあるが知ることが出来る。
故に第三陣は前軍の2倍程の蟻で構成された。
同じ方法を取っても一陣、二陣より、広く探索出来るようにだ。
単純に倍近い距離を探索するも次々と分かれた群が前軍と同じ死に方を迎える中、一つの群だけが何かを発見した。
第四陣は更に倍の蟻で構成され、控える群れは半分以下にまでなっていた。
迷宮には核の意思とは別に防衛本能があり、彼女の群れがかつて襲った迷宮も、核を砕いてからが本番と言わんばかりの抗いを見せた。
此処まで楯突いていながらそれが未だ発動して無いこと自体が女王には不穏でしょうがなかった。
故これがラストチャンスと号令を出した。
第三陣が見つけた何かを目掛けで第4陣全てが進む。
そこで見つけたのは【核】では無かった。
夥しいほどの瓦礫、アイテム、死体が折り重なって出来た山と例えることが可愛く見えるほどのナニカ…
それが所々蛍の淡い光のように薄っすらと青く光っていた。
瓦礫は錆びた金属から朽ちた木片と年代も様式もバラバラで統一性は無く、アイテムも日常品から戦備品に汚泥に汚物に家庭ゴミか廃棄物と此方も瓦礫と同じく統一性がない。
それらの用途が分からない蟻にそれらの山はどうでも良かった。
彼等が恐怖したモノは死体の方で、人間、ゴブリン、オーク、エルフ、竜に龍、天使に悪魔、etc.
彼等の状態を表すのに唖然という言葉が適切かどうかは分からないが、分かりやすく例えるならまさにソレ。
全ての生物は種の中にはランクが有り、雑に言うならノーマル、レア、シークレットの様な物。
今、蟻の目の前には数多の種の全ランクとでも言わんばかりのモノ立ちが珍しくも無いモノの様に積み上がり、死んでいた。
先頭の蟻が何か情報を……と、踏み出そうとした瞬間、群れの周りの闇が蠢き出した気がした。
腐敗した死体灯す薄っすらした光だけでは、その正体を明確には掴めない。
触手のようにも見えるソレが死体や瓦礫に絡みついたと思えば静寂しか無かった空間にバリバリ、ボキッ、ガリッ、グシャッ、ジャリジャリ、ガチガチ、ガキンガキンと音が響いた。
黒いソレからは食べこぼしのように龍の鱗が、悪魔の翼が、人の指が、石屑や木屑が零れ落ちる。
食べ終えたソレは急に動きを止めると、体と表現して良いのか分からないソレから大量のコインが溢れ出し、食べこぼしと違ってコインは真っ黒な床に取り込まれていく。
迷宮蟻は恐怖した。
見たこともないアレが自分達に向かって来たら勝てる気がしないと。
蟻に興味を示したソレは蟻を死体と同じように絡みつくも直ぐに離れていく。
一先ずは安全と思った矢先に、群れの一匹がソウル切れで息絶えた。
するとその一匹にソレが絡みつき、山のなにかしらと同じように食べ始めた。
まるで理屈を理解した動物のように黒いソレが、蟻の周りをウロウロし始める。
逃げ出そうにも当てが無い空間で蟻達はソウルが切れて息絶えたものから黒いソレに食われて全滅した。
Side:迷宮蟻【女王】
四陣の全滅、共有できた一部情報から迷宮の異常性を知った蟻は直ぐ様行動を開始するが、同時に迷宮も行動を開始した。
辛うじて原型のこってる巣から卵や幼齢蟻を助け出そうと、成体蟻に号令を出した。
時を同じくして樹木子の根元の穴が広がり、蟻や巣を、今まで放りこまれていたモノと同じ判断をしたのだ。
樹木子を囲む様に作られた巣は拡がった穴によって、助け出そうとした成体、卵、幼齢と一緒に落ちていく。
避難してきた時と同じか、それ以下にまで減った群。
女王は迷宮核へのコンタクトを試みる。
助けてくれと。
許してくれと。
女王蟻は知らないのだ。
迷宮核は成り行きに身を任せ、機能を停止してることを……
必死にコンタクトを試み続けるも、それでも返答は無く、女王は最後の手段として迷宮に支配される道を選んだ。
すると樹木子が淡く光り始め、今ままでの黄金色の樹液ではなく、ヘドロのように黒い樹液が垂れ出し、藁にも縋る思いでソレを飲む。
彼等の脳裏にMISSIONが表示された。
〚迷宮再建〛と〚御使いの献上〛
女王は急いで兵に号令を出し、崩壊した迷宮再建を指示した。
そして次代女王として産んだが、今回の迷宮の半壊により半身潰れた卵2つを穴に落とした。
半身潰れてるとは言え、彼等はモンスター。
次代女王の卵は数年で数個しか産めず、後の餌や世話によっては回復の見込みが充分に有った卵。
この若い女王にとっては初めてであり、やっとの思いで産んだ卵、しかも偶然か奇蹟か2個を群の為とは言え差し出した悲しみからか、女王の体は色素を失い白くなっていた。