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最終話 崩壊

次の日出勤すると、ショーケースから委託品がいくつか消えていた。確か封筒に入った未開封のカードだったと思う。僕としては未開封の中身がわからない委託品は取り扱うべきではないと思っていたのでちょっとだけ気分がスッキリした。この手の商品は中身がすり替えられていて、購入した客とトラブルになるケースが多々あるからだ。そして、彼女はそれをやった前科がある。外人が日本のマーケットで購入する際は代行業者が仲介するのだが、代行業者は中身をきちんと確認しない。と言うより出来ない。開封しては価値が落ちることぐらいは知っているからだ。それを悪用して、代行業者が購入した場合は中身をすり替えた詐欺商品を送るのだ。外人が返金を求める頃には新しいアカウントに生まれ変わっているので、泣き寝入りするしかない。こうして彼女、【ピンクドラゴン】は表ではコレクターとして地位を築きつつ、裏では詐欺師として懐を肥やしてきた。

「ボケッとしない!それ終わったら傷ありだべ!」

「あっ、すまない」

止まっていた足を動かし、陳列を開始する。発売から数日は値動きが特に激しいので、天壌が相場をこまめにチェックする。彼女が裏方を一手に引き受けている分、接客と品出しは僕の仕事だ。

陳列を終えて開店ギリギリまで掃除をしてから店のドアを開けた。誰も並んではいなかったが、これで普通なのだ。レアカードを安く売りに出す日でもない限り普通は開店直後に店に駆け込もうとは考えない。まあ、普段よりかは混みそうだなと思っていると、この日は予想以上の来客で僕の足はレジに根を張っていた。

「ありがとうございました」

最後の客を捌き、息をついて目を閉じた。仕事は忙しいし厄介な客に嫌な思いをすることもあるけれど、それでも概ね楽しいと思える。

ここも、悪くないかもな。

スタッフルームのドアが開く音がして、天壌の声が飛んできた。

「おーい、用事あるから出掛けてくる。すぐ戻るから休憩待ってくれ」

普段は休憩を待たされることは無いのに珍しいな。出来ればすぐにでも休憩したいが、我儘は言えない。振り向いて返事をした。

「わかった。任せてくれ」

「サンキュ」

彼女は小包を手に店を出た。ダダダダと階段を下りる音が聞こえる。

商品の発送か?しかもたった一つだけ。何か特別な...。

そこで、ある可能性に思い至った。消えた委託品、不自然な外出。それを強引に結び付けるなら、彼女は売れた封筒入りカードの発送に向かったのだという結論が出る。普通ならまとめて発送するのをわざわざ一つだけ持っていくのは焦りがあるからだ。恐らく中身をすり替えた詐欺商品。

「迂闊!オリパの闇を暴くとかチンタラやってたせいで出し抜かれた!」

女の足とは言え、既に離れている。だが、彼女の手からあの小包を奪い、中身を確認することが出来れば...。

幸い店内に客はいなかったので僕は迷わずに店を閉めた。しかし、最寄りの郵便局は秋葉原駅前。走れば数分の距離だ。

急いで出入口に鍵をかけながら考える。

このまま走っても追い付くのは難しいだろう。陸上の日本代表でも達成困難なミッションだ。現実的な解決策は一つしか思い浮かばない。

「これだけは絶対にしたくなかったが」

スマホを触りながらエレベーターに乗り込む。降りるエレベーターの中で電話をかけた。

「もしもーし!こちらの電話番号に掛けるってことは、お仕事でよろしいのですね!」

相変わらずのハイテンションな声がスマホから響いてきた。

「【抹茶ゼリー】時間が無いんだ!手短に話すから黙って聞け!天壌が国際郵便を出しに行った。郵便局に先回りして発送を阻止しろ。多分秋葉原駅前の郵便局だ。五分以内に何とかしろ」

「五分ですか。郵便局に電話して発送を一時的に中止させてもいいですか?」

「...それは最終手段だ。大事にしたくない」

「わかりました!」

電話が切れた。

彼には金さえ払えば大抵のことはしてくれる何でも屋としての顔もあり、料金は意外とリーズナブルだと聞く。料金を確認する時間は無かったが、

「今は金の問題じゃない」

正義の問題だ。彼女はこれ以上他人に後ろ指を指される真似をしてはいけない。

エレベーターのドアが開いたので外へ飛び出した。曇天模様の空の下、通りにはいつも以上に人通りがあって天壌の姿を見付けることは叶わなかった。

「くそっ!」

人混みを掻き分けて走る。すぐに息が上がった。運動不足だ。肺の辺りに痛みを感じたが、我慢して足を動かした。

「ハァ、ハァ」

運が良いことに目の前にはいつも青信号。足を止めることを許されず寿命がゴリゴリ削られている。

息が苦しいし、脚が痛いし、走るのが辛い。

ここまでしてあいつの犯罪を食い止める理由が僕にはあるのだろうか?

振り返る。

あの日誘いに乗ったのはもう一度側で仕事して学びたいことが沢山あったからだ。一緒にいるとワクワクするからだ。でも、なんでワクワクするんだろう。他の編集と何が違ったんだろう。改めて考えると、よくわからない。世の中に変な奴は沢山いるのに、どうしてそいつらにはワクワクしないんだろう。

天壌とのこれまでの会話を思い出してみる。

何が...。

「あっ...」

あった。違い。体調崩した時の反応だ。熱出してぶっ倒れても無理して頑張って原稿をあげてるのに、他の編集はプロだから当たり前みたいな態度だった。けど天壌は、『ありがとう』と言ってくれた。僕の努力を評価してくれた。確かにクズだけど、優しさがあったから安心を得られた。

「ははっ」

薄い笑いがもれた。

悲鳴を上げる体に鞭を打ち、全力でダッシュした。

郵便局の入口が視界に入ると同時、そこに【抹茶ゼリー】とスーツ姿の強面のおじさんが二人並んでいた。恐らくヤクザだろう。

こうなると思ったからこいつを使いたくなかったんだ。

【抹茶ゼリー】は僕に気付くと早足で寄ってきた。僕は足を止めて肩で息をしながら、両手を膝に当てて倒れそうになるのを踏ん張った。頭から滝の様に汗が噴き出して地面にポタポタ落ちていく。その向こうから革靴がやってきた。

「...どうだった」

「天壌さんは現れませんでした。念の為に他にも人を回してますが、今のところ成果はありません」

「そうか...」

ゼェ、ゼェと息をしながら、これからどうするか考えた。当ても無く捜しても先に天壌が店に戻る確率の方が高そうだ。最悪なのは何の成果も無く店を空けたことがバレること。

「僕は店に戻るから、このまま見張りを頼む。もしかしたら郵便局以外に持ち込む可能性もあるからそこも任せた」

「わかりました!」

不安な部分が大きいけれど、【抹茶ゼリー】に託して僕は店に戻ることにした。



店の前に戻ると、驚いたことに入口が開いていた。鍵の締め忘れが一瞬過ったが、ドアの向こうに見える景色がそうではないことを証明していた。なんとレジに天壌が立っていた。想定しうる最悪のパターンが現実になってしまったのだ。僕は天壌の詐欺を暴くことに失敗し、彼女を疑っていることが露見した。

言い訳は出来ない。クビだな。

意気消沈していると、僕に気付いた天壌は満面の笑みを浮かべて手招きした。殴られる覚悟でレジまで歩いていくと、彼女は近寄ってきて右手を挙げた。

きたっ!

歯を食いしばって目を閉じた。

が、その手は僕の肩に回り、引き寄せられておでこ同士をぶつけた。

「よしよしよしよし!よくやった!感謝感激の至り!」

どうなってる?殴られるどころか、犬みたいに頭を撫でられている。

「アッハッハッー!!」

何が何だかよくわからないが、天壌は凄く嬉しそうだった。



それから一ヶ月が過ぎた。

開店前のスタッフルームでテレビで報道番組を見ていた。

「先月起こった国際郵便一時停止事件について詳しく解説します。事件の始まりは樋上(ひがみ)容疑者からの国際郵便に爆弾が仕掛けられたとの通報です。これを受けて全運送会社が海外への発送を停止して全ての荷物をチェックする事態に陥りましたが爆発物は見付からず、警察が樋上容疑者に事情を窺ったところ、『どうしても国際郵便を止めたかった』と供述しており、威力業務妨害で逮捕されました。また、樋上容疑者の自宅からは大会で勝ち上がった人に配布されたカードが大量に発見され、警察は偽造品又は盗品の可能性を視野に入れてメーカーに問い合わせたところ、本物であることが確認されました。その発表がネットで炎上して株価は連日ストップ安。現在はホームページに謝罪文と実際に印刷された枚数が掲載されています」

ピッ。

そこで天壌はテレビを消した。そして、ガバッと勢いよく立ち上がり、両手をグーにして天に突き上げた。

「今まで世界に一枚とか言って高値で売ってたカードが実は何十枚も何百枚もあることが知れ渡って一気に値下がり!いい気味だべ!ヒャヒャヒャヒャ!」

積年の恨みを晴らして気分が良さそうだ。この態度ってことは、こいつは既に売り抜けてたんだろうな。

「こんな楽しいことねぇべ!あいつらが幅を利かせる時代は終わったべ!」

好きで買ってた人には申し訳ないけど、僕もなんかスカッとした。古参がさも真実かの様に話していた持論がひっくり返り、赤っ恥をかいたのは痛快だった。今や古参は単なる厄介オタクに成り果てて誰も相手にしない。淀んだ汚い空気を新鮮な風が吹き飛ばしたのを感じる。

「で、そろそろ教えてもらえないかな?君の計画の全貌を」

「簡単だべさ」

回転チェアーを回転させて体をぐるんぐるんと振り回しながら彼女は話し始めた。

「あたしの狙いはメーカーに流出カードを認めさせることだったべ。転売で稼いでる自称コレクターの鼻をへし折る為に。しっかし、いくらメーカーに問い合わせても流出カードには回答してくれなかったさ。そこで警察を動かそうと考えたずら。【抹茶ゼリー】とヤクザをぶつければ、奴が持つ大量の流出カードにメスが入る可能性があるべや。で、【抹茶ゼリー】を動かすトリガーとしておめーをオープニングスタッフに誘ったっちゅう訳。おめーは正義感が人一倍強いから詐欺を臭わせれば確実に止めようとする、そう信じたべさ。だから毎日怪しい行動をして警戒心を強めてから、あの日空の封筒を持って外に出る振りをしたんだべ。」

「空の封筒だって!?」

じゃあ、全部こいつの手の上だったのか。オープン前から全部。

「階段から下りた様に見せかけ、実際はおめーが店を出てすぐに戻ったべ。ま、完璧な計画とは言わねーさ。おめーが【抹茶ゼリー】を使うのも、あいつが警察に電話して大事にするかも賭けだったべや。あたしはたまたま賭けに勝っただけだべ」

それを聞いて、僕は肩の力が抜けた。完全敗北だった。僕は彼女が詐欺をしていると疑うことしかしなかったのに、彼女は僕が疑うことを信じて動いた。賭けに勝つのは必然じゃないか。だが、負けたのに嫌な気持ちは一切無かった。むしろ嬉しかった。誰かに負けるのは、自分にまだ伸び代がある証拠だから。

「ああ、言い忘れてたけど」

パンと胸の前で軽く手を合わせた。

「ん?」

「この店、来月で閉業に決めたから」

「は!?」

え、何、閉業?なんで?

「オンラインオリパで三千万稼いだから、起業する」

「オンラインオリパ...」

そういえば...販売してたな。完全にノーマークだったけど、そんなに儲かっていたのかよ。ってことはつまり、天壌だけ勝ち抜けで僕はまた就活地獄。ああ、先のことを考えたら気分が悪くなってきた。魂なんてものがあるなら、多分口から出てきてる。

天壌は僕の両肩を掴んで揺さぶった。

「なーに落ち込んでんだべ!出版社作るから何か書け!」

しゅっぱ...え!!

「雇ってくれるの!?」

口から出てた魂が肉体に戻ってきた気がする!ってか、魂なんて存在しねぇよ!気のせいだ!

嬉しさのあまり、うるっときた。

「ったりめーだべ!今度のあたしは編集長だ!」

「でも...どうして僕なんだ?僕より売れてる人なんて沢山いるだろ」

彼女は上を見て少し考えてから、

「強いて言うなら、おめーは好きなことには絶対に妥協しないからかな。それに、人生賭けるって時に背中を預けられる奴を頼るのは当たり前だべ」

不意に、僕に背中を預けて振り向きざまに笑う天壌の幻を見た。その瞬間、僕は救われた気がした。

と。

彼女は僕を掴んだまま床に寝転がり、足で僕の腹を持ち上げて皿回しみたいに僕を回しだした。ぐるぐると視界が回って気持ち悪くなった。

なんだろう。嬉しさと苛立ちが半々になってきた。

「あらよっと!」

足の先でひょいと飛ばされた僕は、床に強く叩き付けられた。

「いてて...」

「ハハハハ!」

痛がる僕を見て笑う。一発殴ってやりたくなったが、それを察知したのか、起き上がって

「バビューン!」

と叫んで店内へ走っていく。

なんだか怒るのも馬鹿らしくなってきた。

頭を掻く。

起き上がり、追い掛けた。

「待てよー!」

「やだね!弱者が強者に追い付こうともがくのが世の理!」

僕は彼女の大きな大きな背中に手を伸ばした。今はまだ届かないけど、いつかきっと...。

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