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4話 正しさが無い

今日は新商品の発売日。発売日にはそれを求める客が押し寄せ、大型家電量販店では前日の夜から長蛇の列が出来る。今日の仕事はハードだなと腹を括って店の前までくると、ドアの隙間から煙がモクモクと出ているのが見えた。

「火事!?」

消防車を呼ぶよりも先に鍵を取り出そうとした。天壌は僕より先に出勤している筈だ。火気厳禁のカドショで火事となると、放火か過去の因縁からのトラブルだろう。もしかしたら今もこの中にいて命の危険に晒されているかも知れない。

どうか無事でいてくれ。

もたつきながらも、急いで鍵を取り出してドアを開けた。その瞬間、僕の目玉はポーンと飛び出していった。天壌のいる方へと。

「おはようモーニンッ!コスパ最悪の外食の前では自炊しか選択肢が無いという選択肢しか無い」

あろうことか、七輪で肉を焼いていた。室内は煙が充満していて、外に漏れていたのはこれだ。

無事が確認出来た途端、怒りがこみ上げた。

「お前お前お前ーッ!」

僕の心配を返せ。見えない引力で目玉を引っ張って元の位置に納めつつ、天壌と七輪に飛び蹴りを放った。だが、彼女は僕の足を片手で止めると、そのまま僕のポーズを固定して、光る台座の上でゆっくり回転させられた。



そんなこんながあってから、タイムカードを切った。

「あ、ところで、今日発売日だよね。在庫は何処だい」

「予約で完売がスマートな店の鉄則。当日販売とかそういうとこやぞを出すのは二流であること請け負い」

天壌はドンと胸を張る。

「ま、それが普通だよな。当日分があると問い合わせの電話とか殺到するし」

「でっしょ~。じゃ、陳列よろ」

渡されたのは分厚いオリパの束。オリパは昨日【抹茶ゼリー】が買い占めたのでその分を新しく用意したようだ。一パック五千円の百パック、全部で五十万円だ。まだ誰も手をつけていない状態なので、ここに当たりが入っていなければ天壌は黒。中身を確認したい衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。今それを暴いたとしても、当たりを入れ忘れたとか何かしらの屁理屈を返されるだけだ。何より、客に被害が出ていないのだから凡ミスで終わらせるだろう。今はまだ手を出せない。

ささっと陳列を終わらせた。

「終わったよ」

声をかけた時、彼女はネット販売用のカードの写真を撮影していた。今日発売のパックのシングルカードだ。丁度撮影が終わり、一枚一枚スリーブに入れながら僕の方を見た。

「重要業務につき戦線離脱。手に負えない場合のみ応援可」

重要業務て。通販の梱包と発送だろ。

「あいよ」

オリパはともかく、通販のカードぐらい任せてくれてもいいのに。そういえば、あいつが休んでるの見たこと無いな。ご飯もパソコン触りながらだし、プライベートではきちんと休めているのか?まあ、経営者が一番のブラックだと言うし、しんどそうなら無理矢理にでも休ませよう。

開店の為にドアを開けると、二人の人物が並んでいた。一人はいつもオリパを一パックずつ買っていく例の男。【一パック買い男】とでも呼ぼうか。もう一人は【抹茶ゼリー】だ。天壌が扉に新弾完売の張り紙をしておいたお陰で行列は出来ずに済んだらしい。

「いらっしゃいませ」

二人を中に案内し、僕はレジへ向かった。すると、【抹茶ゼリー】は僕の横に並んでレジへやって来た。

「新弾置いてますか!」

悪気の無い笑顔。

「すいません。予約で完売してしまって当日販売分はありません」

「えー!開封楽しみにしていたのに!」

陽気な態度から一変、不服そうに欠伸にも似た溜息を吐いた。

「じゃあ、ショーケースお願いしてもいいですか?」

「ええ」

彼の後ろをついていくと、古い未開封ボックスが並ぶ一角に案内された。こんなのあったかなと思ってよく見ると、全ての値札に赤い点がついているので委託販売の物だ。昨日の今日でもう委託が来たのかと驚いた。と言うかいつの間に。持ってきた客も天壌が並べるところも見ていないが。

「これ、手に取ってもいいですか?」

まあ、考えるのは後にしよう。今は接客中だ。

「勿論です」

彼は羽振りが良いことでも有名なので僕は素直に従った。一番高いのを取り出して渡す。すると、彼の目付きが変わった。真剣そのもの。プロの目だ。何度も角度を変えて唸る。二分が過ぎた頃、ようやく口を開いた。

「これ、再シュリンクですよ」

「え」

「継ぎ目が粗いですし、この時代の物にしては経年劣化が弱いです。恐らく数年後に誰かが開けて中身は安いパックと入れ替えたのでしょう。トラブルになる前に引っ込めた方がいいですよ」

天壌がわざと詐欺商品を集めてきているなら正したいが、有名店でも騙されるくらい再シュリンク詐欺は巧妙だ。もし暴こうとするなら購入して開封するしかないが、万が一にも本物だったなら無駄に巨額の損害を被る。それは嫌だ。誰かが開封してくれるのを祈ろう。

「そうなんですかね、店長に話しておきます」

適当に流していると、【一パック買い男】が申し訳なさそうに声を掛けてきた。

「あのー、ショーケースいいですか?」

ヤバ。接客中なのに。流石に二人同時に相手出来ん。

「少々お待ちください」

と返してから、

「店長ー!お客様の対応お願いします!」

呼ぶとすぐに奥から飛び出してきた。何故かわからないが、全長一メートルの巨大なけん玉を片手で持っている。口は鬼の様に吊り上がっていた。その姿はまるで鬼ババ。

「ピーポーパーポー!クレーム対処班出動!天誅!」

巨大けん玉をブンブン振り回して【抹茶ゼリー】に襲い掛かるのを尻目に、【一パック買い男】の接客にあたった。

「お待たせしました」

「だ、大丈夫ですか。あれ」

「大丈夫です。いつものことなので。それより、どちらのショーケースでしょうか」

彼は困惑しながらも今日発売したばかりのオリパの前で足を止めて指差した。

「これを」

彼がそう言った瞬間、脳裏に電流が走った。

やっぱりきた!

疑惑を確かなものにすべく、僕は敢えて彼が指差した物の隣を手に取った。

「こちらですね」

すると、間髪入れずに

「あっ、こっちでお願いします」

その訂正で疑惑は確信に変わった。

こいつは当たりの位置を知っている!

その時、流れけん玉が僕達の頭上スレスレを通過してブワッと風が吹いた。冷や汗を流しながらも平静を装って接客する。

「ああ、こっちですか。すいません」

正しいものを手に取る。

「いつもオリパを一つずつ買われますよね?何か、選ぶ法則みたいなものがあるんですか?」

「え...あ...まあ。強いて言うなら、カードの声を聞く、ですかね。ほら、いいコレクターにはいいカードが集まるじゃないですか。オリパ買うときは最初にこれだ!と思ったのを買うようにしてます」

「なるほど...そうなんですねー」

うわー、いるよな、人格者だから良いカードが集まるとかいう神話を信じてるコレクター。けど、そう言われてる人は金持ち以外見たことない。金があるから高いカードを買えるだけにしか思わないんだよな。実際、人柄が良くてカードが大好きでも、買う金が無い人を何人も見てきたし。そういう人にレアカードが集まらない矛盾に気付かないのか?レアカードの持ち主は昔から集めてるカード大好きなマニアであって欲しいという願望の表れなんだろうけど、裏で悪さやってる奴をさも善人みたいに煽てるのを見るとイライラする。

話しているとムカムカしてきそうなので、話を切り上げてレジへ向かった。精算を終えると、やはりその場で中身を確認もせずに店を出ていった。

そして、この時間になっても二人の鬼ごっこは続いていた。

「わー!ギブギブ!」

「生殺与奪を握られた鼠の命乞いなど取るに足らない事象」

「じゃあ自力で!」

【抹茶ゼリー】は上着のポケットに手を突っ込み、何かを持ったかと思うと素早く床に叩き付けた。

その瞬間、耳をつんざく音が炸裂し、直後に眩しい光に包まれた。僕も天壌も腕で目を塞いだ。

音が消えてから周囲を見回したが、既に彼の姿は無かった。

「~~~っ!フラッシュバン!?物騒なもん持ち歩いてんな!」

「対ヤクザ用の秘密兵器だべな」

天壌が頭の後ろで手を組みながら言った。

「ヤクザ用...バイヤーも大変だな」

命懸けでカードの売買してるのか。子供の玩具とか思ってる人には信じられない話だな。

「じゃ」

再びスタッフルームに消えていった。

それから三十分ぐらい誰も来なかったので暇を持て余していると、

「クソボケェー!!」

突然スタッフルームから大声が響いてきた。

「わっ!何事!?」

暇だったので見に行くと、彼女はパソコンの前で頭を抱えていた。

「かぁぁっっっ!!」

「え、何。どうしたの」

優しく声を掛けると、彼女はバッと振り向いた。その目から滝の様に涙が流れている。ただ事ではなさそうだ。

「送る住所間違えたとか?」

当てずっぽうで言ってみる。

「その程度の些末な出来事にあらず」

あ、違うんだ。

「じゃあ、何があったか説明してくれよ」

彼女は手の甲で涙を拭ってから、

「昨日からオークションのイタズラが増えたんだべ」

「イタズラか」

SNSで恨みを買ってはいけない理由の一つがこれだ。売るときに邪魔をされる。

「どうせ童貞の拗れたこどおじの犯行だろ!」

拳を握り締め怒りで震えている。

君が詐欺とかしてるからだろ!って言えたらなぁ。

「アンチがいる証拠だ。恨みを買うことは極力避けて誠心誠意働いて挽回するしかないだろうね」

彼女は押し黙った。そして、腕を組んだ。

「カードゲーム好き同士でも全く話が通じない奴いるべな」

「いるね。希少価値とか付加価値とかの話になると意見が分かれて大喧嘩してるよね」

「大抵はポジショントークだけど、純粋な憧れとかもあるんだべな。子供の頃から欲しかったとか。けど、憧れってのは人を駄目にもしちまうさー。正しいことよりも、そうあって欲しいという願望を優先してそれを真実と思い込む。そういう馬鹿が一番厄介だべ」

小さく息を吐いた。

「要するに、心当たりがあるんだね?」

彼女は椅子を引いて僕と向かい合った。

「コレクター仲間の誰かだべな。あたしが店を構えて本格的にカードの転売を始めたのが気に食わない奴がいるんだや」

そう言う彼女の顔は少し寂しそうで、でも、その相手を腹の中で見下している表情だった。僕は軽く笑い、

「コレクターの中には他のコレクターがカードをちょっと売っただけで批判する奴がいるもんな。カードが好きだから転売は許せないって態度の奴。けど、そういう奴に限って裏でこそこそ転売してる。酷く滑稽だがよくある話だ。気にするな」

彼女は静かに頷く。

「センキュ。ま、おめーもそうならない様にな。人も物も案外中身がスカスカだったりするからな」

話を切り上げ、そそくさとレジへ出ていった。

アンチとの衝突。コレクターとして上を目指すならこれは必ずぶつかる壁だ。ただカードを集めるだけでもそれは勝負の世界。希少なカードを買えた勝者は買えなかった敗者から恨みを買う。何も悪いことをしなくても妬み僻みがアンチを生み出す。それでも、他を蹴落としてでも自分が買いたいというエゴイストだけがコレクターの頂に近付く。【抹茶ゼリー】しかり、有名なコレクターは皆稀代のエゴイストだ。金の為なら詐欺師相手でも平然と取引する。自分さえ良ければそれでいい連中ばかり。

天壌、君はどうする?



その日の夜。SNSを開くと、とあるコレクターが大会で二枚だけ配られたカードを購入したと写真をあげていた。コメント欄は祝福ムードなのだが、それは以前に【抹茶ゼリー】が傷の箇所が違うのが三枚以上あると発表していたカードだった。【抹茶ゼリー】本人はそんなことは一切触れずに『おめでとうございます』の一言。他の古参も、購入したコレクターも、流出を知っていながら誰一人口に出さない。

気持ち悪い。

こんな傷の舐め合いは見るに耐えない。カードをコレクションする上で大切なのは大会で何枚配布されたという公式発表よりも、実際に世の中に何枚流通しているかだ。正しい情報だ。真実だ。大会で二枚しか配布されてないカードが実際は何十枚も出回ってるのに何が世界に二枚だ。アンカットシートをイメージしてみれば簡単にわかることだ。流出したと言うことは持ち帰りたい関係者がいた。そういう人間は最大まで自分の取り分を増やしたいだろう。アンカットシートに空白を作ったとは考えにくい。当時のアンカットシートは六四枚のカードを配置していたから、あのカードも確実に六四枚はあると僕は考えている。

「はぁ」

コレクターの世界は歪んでいる。コレクションに対する正しい情報を共有することを放棄し、自分に有利な情報だけを流す。不都合な真実を追い求める者は叩かれて消えていった。残ったのは馬鹿とクズばかり。ここには心が躍るものは何一つ無い。

「せめて【抹茶ゼリー】が何よりも真実を大切にする人だったなら...」

そうであったならばこの不快な世界も少しはマシになったかも知れないのに。

その時、スマホから着信のメロディが流れた。

「もしもし」

「もしもーし!私ですー!」

【抹茶ゼリー】からだった。

「で、どうでした?」

「はは!単刀直入ですね!私のこと嫌いでしょ!」

「嫌いなら頼んだりしないさ」

まあ、嘘だが。

「そういうことにしておきましょう!結論から言うと、例の【一パック買い男】は天壌さんとグルです!」

やはりか。

「奇妙なことに聞いたのは入荷するタイミングだけで、肝心の当たりの位置は知らないと言っています!」

「つまり、ただ一パックずつ買うだけの変人だと?」

「ええ!私に調べられるのはここまでです!それ以上は話してくれませんでした!」

「そうか、ありがとう。入金するから口座を送ってくれ」

「はい!ありがとうございました!」

通話が切れた。

相変わらずハキハキ喋ってイラつかせる天才だな。結果も中途半端。

大きく溜息を吐いた。

出来れば奴が買ったオリパの中身を確認して欲しかったが、少なくとも二人の間にパイプがあることがわかっただけでも収穫か。次は【一パック買い男】を買収してイカサマの全貌を暴いてやる!

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