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3話 委託は脱税天国

「猿でもわかる委託販売開始宣言」

出勤するなり、天壌がそう宣言した。委託販売は勿論気になるが、それ以上に気になるのは衛星の様に円を描きながら彼女の周囲を回っている三つの水晶玉だ。

え、何?エスパー?

気になる!が、敢えて触れない!スルーする勇気!

「委託販売?」

会話に集中しようとしても、やはり目が無意識に水晶玉を追ってしまう。悔しい。

「やらない理由を探す方が難しい案件。ノーリスクだからな」

「ノーリスク?紛失や破損の場合はどうするんだ?」

天壌はニヤリと笑う。

「ノー保証故にノーリスク」

それだと店が傷ありとすり替えたり、最悪盗んでも泣き寝入りじゃないか。

「委託品の値札に赤点を付けるからそれはレジ通すなよ」

「法律的には大丈夫なのか?」

レシート出さないカドショは秋葉原にもあるが。

「知らん!あくまで個人売買の場を提供しているだけだと考えているべ!」

「いいのかそれで!」

口座に金さえ入れなければ足がつかないからと、SNSで高額カードを売却する際に直接取引を指定するコレクターは多い。店として問題は無いとは言えないけど、裏でコソコソ取引されるよりかまだマシか。

「ま、どうせ止めてもやるんだろ。いいよ、やってみよう」

「物わかりが良くなったな!よーし早速宣伝すんべ!」

嬉しそうにパソコンに走っていく天壌を見送っていたが、

「あ!忘れてた!」

くるっとUターンして戻ってきた。

「なんだい騒々しいね」

「傷あり特価の陳列なんだが」

これから並べようと思っていたカードの束をガッと鷲掴みにし、ささっと捲り一枚を取り出してこちらに見せた。

「右下の角が曲がってるだろ?」

見ると確かに右下の角に曲がっている。完全に折れてはいないが、正面から見たときに影を落としている。

「曲がっているね」

「点数チェックターイム!」

機械にかざすと四と表示された。

「四点!さあご注目!この曲がりを直すとどうなるか」

指で挟んで反対に曲げてからテーブルに置いて爪で器用に矯正していく。あっという間に曲がりは見る影も無くなった。

「ま、こんなもんか」

もう一度かざすと、今度は六になっていた。

「とまあこんな風に、曲がりやゴミの付着で安く買い取れた物を綺麗にしてってくれ」

「了解」

傷を目立たなくするのはコレクターも普通にやってるし、これに関しては悪いとは思わない。カードに付着した茶色い汚れを爪で丁寧に剥がしながら、これぐらい綺麗にしてから持ってこいよと思わずにいられなかった。

陳列を終えて掃除を済ませてから店を開けると、またいた。感情の喪失した笑顔のコレクター【抹茶ゼリー】。昨日はSNS上で合計約二千万円のオリパを販売し即日完売。本人曰く利益は出ていないらしいが、口では何とでも言える。僕がコレクターを疑いの目で見るのは、それだけ怪しい人が多いからだ。知り合いから出品を頼まれたとか、カードを売る時に知り合いを強調する人が多い。何故わざわざ知り合いのを代わりに売ってあげるのか?その知り合いは反社会的勢力等の危険な人物だから顔を出せないのか?代わりに売ることで何か対価に貰っているのか?そもそもそれは本当に自分の所有物ではないのか?謎は多い。それに、個人のオリパ販売者だけでなくカードショップやバイヤーにも反社は多いと聞く。その為、空き巣で盗まれたカードはオリパで捌いているのではという噂さえある。

まあ、こいつが何かしているという話ではないんだが、どうも信用出来ないんだよなぁ。

「中に入ってもよろしいですか?」

「あっ、はいどうぞ」

いかんいかん。ついドアを開いたまま硬直してしまった。

ドアの前から退いて中に入ってもらう。今気が付いたが、手にはスポーツバッグがあり、何かがずっしりと入っている。コレクターが重い荷物を運ぶときはオフ会か買取と相場が決まっている。

案の定、買取レジまで真っ直ぐ進んでバッグを置いた。ドサッと音がしたので天壌の顔がピクピクしている。

「やだなー!買取じゃなくて委託ですよ!今日から始めたんですよね!」

「で、それは?」

天壌が訊くと、彼はバッグの口を開けた。

僕も気になるので天壌の後ろに回った。

バッグから出てきたのは大量のプレイマットだった。イベント名が入っている物が多数。恐らくは限定物。

「高額プレイマットか」

天壌は興味無さそうに言った。

「ええ!見てくださいこれなんか二百万円はします!海外のスタッフ限定大会で少数だけ配布された物だと言われています!」

【抹茶ゼリー】が恍惚とした表情でプレイマットを愛でる。

が。

「でもそれ、情報源が不確かだべ?それっぽいの作ってこれは関係者限定ですって嘘を流してる可能性もあるべさ。実際に日本の詐欺師が自作自演やってるべ。それに、本物が少ない物は本物と比較しようにもどれが本物かわからないっぺ」

天壌の言う通りだ。海外で関係者にのみ配布されたと噂される物は幾つかあるが、それがいつ何処で渡された物なのかよくわからない物が多い。しかも、通常とは仕様が異なる物まであり、どうやって本物と判断したか謎のまま販売されていたりする。

彼は鋭い目で天壌を睨み付ける。

「真偽はどうあれ本物として売買されている物です。偽物という証拠が無いのであれば委託を拒否する理由にはなりませんよね」

彼の言い分もごもっともだ。これは分が悪いな。

その時、彼女は背中の後ろで指をクロスさせてバツを作った。

意図はわからないが買取拒否という意味だろう。

「うちは中古プレイマットは扱ってないべ」

「え?」

彼はキョトンとして店内を見回してから、

「どうして」

と弱々しく吐いた。

「プレイマットは真贋判定が難しいし、場所取るのにカードより回転が悪い。それにおめー、秋葉のとある店で海賊版のプレイマットが普通に売られてるって暴露してたじゃねーか。うちは委託であっても評判下げたくねーのよ」

そう言えば【抹茶ゼリー】は偽物のプレイマットが店に売ってるとSNSに書いてたな。一回だけでそれ以降は言わなくなったが。何かあったのか?

それを言った途端、彼はより一層笑顔に磨きをかけた。

「いやー、プロでもミスはありますからね!ま、無理なら諦めて他に持ち込みます!」

一刻も早く逃げたいと言わんばかりに早足で去っていった。やはり何かを隠しているのは間違いないだろう。

彼が店を出てから僕は訊いた。

「天壌さんさっきのバツは何だい?」

「話にならないのサイン。低能乞食の猿並の知能から繰り出す策など看破してシバく」

「つまり何か狙いがあったと?」

そう訊くと、彼女は僕の目を見て答えた。

「偽物陳列による下向きに超反応する馬鹿の増加の目論見。加えて在庫過多によるパンク」

そうか。偽物ならうちが叩かれるだけでなく、売れるまでこっちに手数料は入らないし、場所を確保するだけで無駄に金がかかる。【抹茶ゼリー】からすれば倉庫代わりで売れればラッキーぐらいの気持ち。一石三鳥だ。あの短い時間でそこまで考えが至るとは頭がいいなと感心した。



夕方。日が沈みかけた頃にそいつはまたやって来た。

客の入店と同時に買取作業中の天壌が「げ!」と漏らした。どうしたのかと問うより先に視線を入口に向ける。

【抹茶ゼリー】その人だった。

「いらっしゃいませ」

元気に挨拶をするも、こいつを見ると顔の筋肉がピクピクする。

何の用だ?一日に二回も同じ店に行くか普通?まあ、普通ではない感覚の持ち主なのだろうが。

彼はショーケースを見て回ると、レジに来た。

「ショーケースお願いします!」

前回と同じ流れに嫌な予感がした。そして、その予感は見事的中。オリパ一種類を全買い。またもや大当たりが抜けていたのだ。今回も店が抜いた証拠が無いからと騒ぎはしなかったが、代わりに僕に絡んできた。

「SNSの担当、代わりましたよね?どうしてですか?」

「どうしてって、本人がやりたいって言うからです」

こいつと天壌はかつて東の【抹茶ゼリー】西の【ピンクドラゴン】と呼ばれ、一部のコレクターから尊敬されていた。が、裏では陰口合戦だったと聞く。その流れを汲めば、今から何を言おうとしているのかは明白だった。

「非常に申し上げにくいのですが、ここのSNSはポエマーが担当してるって有名なんですよ」

やっぱりそうきたか、と頭を掻いた

「でしょうね」

だから僕がやってたのに。

「今の時代、SNS戦略の失敗で炎上して廃業にまで追い込まれますし、今の内に転職先考えません?うちなんてどうです?」

なるほど。狙いはそれか。

「確かにそれもいいかもね。様々な事業に一枚噛んでいる貴方なら廃業の心配も無くお金にも困らないでしょうし」

「ええ。勿論ですとも」

「だが...」

続きを言おうとした時。

ベシンッ!

突然、横合いから飛んできた張り手に突き飛ばされ、僕は床を転がった。【抹茶ゼリー】は直前から回避を始めていたのでぬるりとかわしている。ふざけんなちくしょう!

「いてて」

うつ伏せから肘で上半身だけ起こして、突飛ばした犯人を見上げる。当然天壌なのだが。

「ドスコイ!おまんら悪巧みしてるっちゃな~!」

いつの間にか歌舞伎メイクをして、服まで着物になっている。しかも、目が完全にイッてる。

「いえいえ、そのようなことは」

言い訳しようとする【抹茶ゼリー】に天壌が張り手を繰り出す。

「お覚悟!」

「わとと!」

張り手をかわし、距離を置いて互いに様子を窺っていた。

僕は何を見ているのだろうか。

と。

【抹茶ゼリー】がテーブルに広げていたカードを素早く拾い、ポケットに入れながら出口へ後退りしていく。

「私が店員から暴行を受けたと言えばどうなるかおわかりですか?」

「お前のアンチが喜ぶ」

天壌は即答だった。彼は意外な答えに不意を突かれたものの、よく吟味してからこう言った。

「私ってなんで嫌われてるんですか?」

それは、偽りだらけの彼から出た唯一の素直な疑問に思えた。

平気で嘘を吐いたり、自分の利害しか考えないところじゃないかなぁ。

と思っていると、

「髪型がキモいからじゃね?」

と天壌が言った。それはズレた回答に思えたが、彼は少し髪をいじって考えてから、

「髪型変えるか」

とだけ残して後退りのまま店を出ていった。

「ふう。何だったんだあいつ」

天壌が大きく息を吐いた。

いや、本当に何だったの!特にお前!

「あいつは嘘吐きだけど、オリパの当たり抜き疑惑だけは事実だ。目の前で開封してるし」

「つ~ま~り~ぃ?」

と先を促してくる。歌舞伎っぽく顔を歪ませながら。

「僕が担当してもいいかな?」

彼女は腕を組んで指をトントンしていた。暫くして無言のまま踵を返してレジへと歩き始めた。

「飼い犬に手を噛まれるたぁ、悲しいべ」

「他の店でも一日で売り切れないのをいいことに外れを補充してるし、ズルしたくなる気持ちもわかるよ」

「漫画やアニメのキャラって、犯罪やっててもキャラが立っていれば人気出るべな?悪人とか関係なく」

いきなり...何の話だ?何が言いたい。弁明でもおっ始めるつもりか?

「人は心のどこかで犯罪に手を染めてでも為したい事があるから悪に憧れるんだや。悪もまた誰かのヒーローずら」

背中を向けたまま顔の横でピースしてそのまま買取したばかりのカードの整理に向かった。

うーん。有耶無耶にされてしまった。オリパには絶対に介入させない腹積もりだな。裏を返せば、他人に知られたくない何かがあるんだ。こうなったら自力で当たり抜きを証明するしかない。初めの一パックを買う奴を捕まえて吐かせるか?けど僕が何かすれば確実に天壌にバレる。

「う~む、誰か僕の代わりに動いてくれたなら」

と少し唸ってから閃いた。

そうだ!あの手があった!



帰宅してから早速SNSを開いた。僕の代わりに動かせる人物は限られる。まず、SNSでの友人は信じられない。弱味を握られたら後々面倒な敵になる。最適なのはビジネスとして取引出来る相手だ。

SNSを開いた瞬間、嫌なものが飛び込んできた。『おはよう』の文字だけで自慢のカードの写真を乗せたり、自分は知ってる感を出す意味深な言葉だったり、嘘か本当かわからない昔語りだったり。コレクターの痛々しい呟きが、ポエムが、洪水の如く僕の目に雪崩れ込み心臓をキュッと締める。

「いってぇ~!!」

プロフィールにアラフォーとか書いてるおじさんが自分は凄い人だと思い込んで得意気になってクッソどうでもいいことを語って、それを有益な情報等と表現しているのを見るのは辛い。本当に。しかも、論理的な話が出来ない輩が多い。客観的な事実よりも自分が見たり体験したことに価値を見出だすからだ。コレクターには二種類いる。雑誌や通知書等の物証しか信じない人と経験で語る人だ。どちらが優れているとかは無いが、まあ、他人と喧嘩しているのは後者が多い。

「ふぅ、一旦休憩」

一度SNSを閉じて落ち着いてから、【抹茶ゼリー】のDMを開いた。

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