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 だん、とミナさんが倒れたまま地面を殴りつけた。

 その腕の動きで、大きな胸がますます露わになる。


 さらにミナさんがもがくように足を動かしたことで、申し訳程度の長さしかないスカートは今にもめくれそうだ。


「ねぇ、飲ませて……」


 潤んだ目で舌を突き出すミナさんに、ショウさんが一歩近づいた。

 手にしたポーションの瓶をミナさんの頭上にかざし、ショウさんはにっこり。


「七万円とぉ、飲ませる手間賃でしめて十万円なりぃ」

「んなっ!」


 目を見開いたミナさんは起き上がろうとしたんだろう。

 手足を地面に押し付け踏ん張ったけど、震えて力が入らないのか。べちゃりとつぶれた彼女は、眦を吊り上げてショウさんをにらんだ。


「このミナが言ってるのよ!? 大人気配信系攻略者の聖美少女ミナが頼んでるの……ぎぃいい!」

「わ、ど、どうしたんです!?」


 ミナさんが急に苦しそうに叫びだし、口から泡を吹いている。覗き込むと、白目をむいて気絶しているようだった。


 何か変わったことがあったろうか、とダンジョンの内部を見回すけれど、いたって普通のざわめきに満ちた、どんよりしたダンジョンのまま。


「っあー。ルイくん、本物だねえ。いま、めちゃめちゃ背中重くなったし頭のなか割れそうなやっばい声してるんだけど」


 言いながらショウさんは飲みかけだったポーションをあおる。

 手の甲についたねばりとした液体まで舐めとって、大きなため息をひとつ。


「雰囲気ぶち壊しでムカついたから荒稼ぎしてやろっかなあ、なんて思ったけど、気絶しちゃったら無理だあね

「そんな……彼らは諦めるしかないんですか?」

 

 このダンジョンに入って救出されなかった人たちは、その後誰一人として出て来ることはなかった。

 ダンジョン内部で力尽き、養分にされたのだろうというのが有識者の話。


 ーーーそのなかに、きっと父さんも……。


 にじんだ感傷を振り払い、僕はショウさんを追い抜きダンジョンの入り口に走る。


「どったの、ルイくん。気が滅入る重圧の中で元気だねぇ」

「ショウさん、僕ロープとってきます! 皆さんを助けたいので、先に行きますね!」

「はあ〜。俺は自分で手一杯だから手伝えないけど、がんばれぇ」


 無謀な僕を応援してくれるなんて、ショウさんは本当にいい人だ。


「はいっ、がんばります!」


 ※※※


 ダンジョン入り口の近くに倒れている人をなけなしの根性で引っ張り出して、ショウさんの臨時ポーション屋さんへ。

 そうして回復した人たちに、ダンジョンから伸びるロープを握ってもらう。


 ちなみにロープは入り口に張られていた規制用の虎ロープだ。


「「「そぉーれ! よぉーいしょ! ミナさま〜ラぁブっ!」」」


 掛け声に合わせて引かれたロープの先には、ダンジョン内で倒れた人たちが結び付けられている。

 ずるずると引っ張り出された人にショウさんがポーションを売っては人を増やし、どんどんとロープを引く人が増えていく。


「んっは〜、儲かる儲かる。やっぱルイくんと友だちになって良かったわ〜」


 ショウさんはお札の束を数えてにこにこ。「これでまた新しいポーションの素材が買えるぅ」とうれしそうだ。


「そんなこと言ってくれるの、ショウさんだけですよ」


 僕が感動に胸を震わせたとき。


「出たーーー! ミナさまだぁあああああ!」


 ロープを引く男の人たちがひときわ声を大きくした。

 見れば、ロープの一番端っこに女性の姿がある。足首にロープを結びつけたせいでスカートが完全にめくれてしまっているけれど、まだ息はあるようだ。


「うぉおおお! ミナさま!」

「ばんざい! ご無事の生還、さすがは聖美少女!」


 すっかり日の落ちた暗闇のなか、わっしょい、わっしょいと男の人たちが盛り上がっていた、そこへ。


『総員、確保ッ』


 突然ふってきたのは、拡声器越しの声。


 同時にダンジョンの入り口あたりがパッと明るく照らし出されて、周囲の暗がりから武装した人たちがたくさん飛び出してくる。


「おおっとぉ、なんかマズそうな気配ぃ?」

「わわっ、なんですかっ?」


 ショウさんが立ちすくんだ僕の首ねっこをつかんで、ダンジョン入り口へと飛び込んだ。


「うぁ……やっべえ、きつぅ……」


 ぐらりと揺れる身体を僕に預けて、ショウさんはポーションをぐびり。


 さっき飲んだのとは色が違う。


「危ねぇ危ねぇ。ちょいとキツめの飲んだから、俺しばらくトぶわ……わはぁ」


 浮ついたショウさんの声とは裏腹に、ダンジョン前の広場は信者さんたちと武装した人たちが入り乱れて大騒ぎ。


「確保、確保!」

「やめてください、我々はただのミナさま信者です!」

「我々が何をしたというのです、ミナさまに誓って悪さなどしておりませんのに!」

「侵入禁止のダンジョンへ入った罪だ!」

「おとなしく捕まっておけ!」


 大勢の人たちの声が響いて、夜なのにあたりはまぶしいくらい明るく照らし出されている。

 その光景は、ちょっと荒々しくはあるけれど、かつて父さんと母さんが夢見たものだろう。そして僕もまた、何度となく夢見た景色だった。


「ああ、このにぎわいがずっと続けばいいのになあ」

「そうなるようにわたしたちが研究を進めている」


 独り言に返事があって僕は飛び上がる。

 ショウさんはポーションを飲んでから様子がおかしいし、今の声はショウさんじゃない。むしろ男声というよりも、ハスキーな女の子の声……?


「あ……」


 顔をあげる。

 ショウさんの向こう、逆光を浴びて立つその人の姿に目が眩む。


 まぶしさに目を細め、ようやく見えてきたのは白衣を着た細身の女の子。パツンと切り揃えられた前髪が特徴的な。


「神野、ヒトミさん……?」

「おや、私を知っているのか」


 少女の見た目に芝居がかった口調がしっくりくるのは、彼女が堂々と胸を張っているからだろう。

 つい背を丸めてしまいがちな僕とちがって、自信に満ちあふれた姿は背後のライト抜きでもまぶしくてたまらない。


「あの、テレビで見ました。世界的な聖属性の研究者だって」

「うむ、いかにも。私がその研究者である神野ヒトミである。ヒトミさんと呼ぶが良い。ときに青年、君は聖属性の効果は知っているか?」


 控えめな胸をむん、と張ったヒトミさんの唐突な問いかけに、僕は懸命に言葉を探す。


 ーーーせっかく僕なんかに時間を割いて声をかけてくれたのだから、答えないわけにはいかない!


「ええと、回復魔法です。怪我を治す、すごい魔法ですよね。あとは、一部の魔物に対する弱体化の効果があると聞いたことが……」

「そのとおり。そしてその弱体化効果は、このようにも使えるのだよ」


 言って、ヒトミさんがちょいちょいと指で招き寄せたのは担架を持った戦闘員さん。

 担架のうえには白目を剥いて下着を全開にしたミナさんが乗せられている。


 ヒトミさんの指示で担架ごとダンジョン内に押しやられると、ミナさんは気を失ったまま「うぅああ……」とうめいた。


「あ、ショウさん、ポーションを……」


 売ってあげられないだろうか。そう思ってあげた声は、ヒトミさんの手のひらで遮られる。


「見ていなさい」


 落ち着いた声で告げて、ヒトミさんはダンジョンに足を一歩踏み入れた。


聖なる祈り(ホーリープレア)


 唱えたヒトミさんの両手が淡く発光する。

 月光のようなやわらかな光を浴びたミナさんは、うめき声を止めた。白目を剥いていた目はそっと閉じられ、さっきまで歯が軋むほどに食いしばられていたとは思えないほど穏やかな寝息が、口からこぼれている。


「魔法で、ダンジョンの影響が……?」


 劇的な変わりように驚くぼくの前で、ヒトミさんがにやりと笑った。


「そう。聖魔法はダンジョンにおける状態異常にも効果がある。特に、ここのような精神攻撃系ダンジョンにおいては、特に有効だろうな」

「すごいですね! 回復魔法だけじゃなくそんな効果まで発見するなんて」

「そうだろう、そうだろう」


 うむうむと頷くヒトミさんは自信に満ちあふれていて、本当にかっこいい。


「やっぱり力も才能も、扱いきれるひとの元へ向かうんですね」


 確かな実感を込めた僕のつぶやきに、ヒトミさんが「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。

 

「なんだ、ダンジョンに不法侵入する不届きものの仲間かと思ったが、君はなかなか素直で良いやつじゃないか」


 不届きもの。

 不穏な単語にビクッと震えてしまったのを見咎めたのだろう、ヒトミさんは下からのぞき込むように僕に顔を近づけてくる。


「おや? 怯えているのかな。とすると、君はもしや不届きものの一味なのかい? 通報があったのは、封鎖されているダンジョンに入ると豪語した、不心得な配信者とその信者たちがいるという旨だったのだが」

「いえいえいえいえ! そんなことありません! 僕にはあんなに信念を持って、ひとりの方を崇拝できるほどの根性がありませんから」


 僕の本心からの言葉に、ヒトミさんは「ふむう?」とあごに手をやった。


「嘘、ではなさそうだな。となりの青年もあの信者連中とは系統が違うように思える」

「はい! ショウさんはポーションで皆さんを助けた、やさしいお兄さんです!」


 誤解されてはいけない、とはっきり伝えればヒトミさんのくちびるがにゅうっと弧を描く。


「ほう? 封鎖されるほどのダンジョンでの不調を治せるポーションを作ったと。そして君はそのダンジョンに生身で立ち入って平然としている。おもしろい、実におもしろいな」


 言って、ヒトミさんが僕の肩をぽんと叩いた。


「君たちには、わたしといっしょにこのダンジョンを攻略してもらおう」

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