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二話



 高校の入学式の日。あいは姿見に自分を映してみた。鏡の中には不機嫌そうな恐い顔をした、少し大きめの制服を着た女の子がいた。これでいい。この顔をしていればあいは一人を守ることが出来る。あいにとって表情を変えないことは簡単だった。


 自転車で行くいつもと違う道は少し心地よかった。みんな、あいのことを知らない。ただの大勢いる学生に過ぎない。

 少しだけ自分が普通の少女になれた気がした。そんなことはないんだと高校に着いて少しすれば思い知らされたけれど。


「あ あの子、この高校だったんだ」

「え 知り合いだっけ?」

「いいや あの親のいないさぁ」


 ……中学のときと何も変わらなかった。ただ人数が増えただけだ。またあいの境遇は公然の秘密とされる。

 なに1つ代わりはしない。

 周りも、

 生活も、

 あいも。



 始業式が終わって35人のクラスメイトが教室に集められた。

 話し掛けたいけどお互いになんとなく話し掛け辛い男子。

 さっそくグループを作り始める女子。


「あっちで一緒に話さない?」とあいは比較的にグループ作りの中で早いうちに声をかけられたけど「行かない」とそっけなく返すとその子はちょっと萎縮したような顔になってグループに戻って行った。あいはその姿を遠目に見て一人一人の顔を見渡してみた。

 誰もが誰かに取り入ろうと卑屈そうな笑みを浮かべているように見えた。


 あいはすぐに教室が嫌いになった。図書室に入り浸るようになった。

 入り口から左手に貸し出し口がありそこから貸し出し禁止の本がある棚を挟んで、司書の先生からも見えないスペースがあった。あいにとってそこは高校で唯一存在する聖域だった。

 ここに居れば誰も話し掛けて来ないし、物音も少ない。退屈を紛らわすための本は山のようにある。

 あいは叔母の家が嫌いだ。時々かかってくる電話は耳が痛くなるし、古い木造の家特有の“匂い”ような物もうんざりした。

 だから傍らに何冊も本を積み下校時刻の間際まで読み耽った。


 あいの高校生活は順調だった。彼女にとって。


 二週間ほど経ったある日のことだった。体育のあとに委員会を決めるためのLHR (ロングホームルーム) があった。あいは無難そうな──人と関わらずに済みそうな──いくつかの委員に目をつけていた。

 ところが図書委員に差し掛かったときだ。手を挙げる人は誰もいずに代わりに誰かが言った。


「先生。図書委員は小島さんが適任だと思います」


 薄い笑い声がそのあとに続いた。冗談じゃないとあいは思う。

 あいは昼休みの図書室で二人一組で本の整理をやっているのを見ていた。

 数人の合作と思われる感想を書いた紙が飾っているのを知っていた。

 一番やりたくないと思っていた委員だった。


 あいは担任が「やってくれる?」と訊いてくるのを待っていた。だけど担任は「それじゃあ小島さんにやって貰いましょう」と黒板に“図書委員 小島 あい”と書いた。

 いいわよね、と確認さえしなかった。あいは呆れると同時に教師がわざとあいを“他人となにかをする委員”に割り振ったのだと思った。だとしたら抗議しても無駄だろう。似たようなことをやらされるだけだ。

 あいは内心で溜め息をついた。授業が終わってあいはいつものように図書室へ向かうところを呼び止められた。


「はい」


 返事があったことに満足したように担任教師は笑みを浮かべた。


「図書委員、押しつけちゃってごめんなさいね」

「いえ、気にしてませんから」

「でも本当にあなたが「気にしてませんから」


 あいはもう一度強い口調で言った。彼女は戸惑うようにわずかに笑みを崩して視線をさまよわせる。間抜け面、とあいは思った。


「用事はそれだけですか?」

「ええ」


 取り繕うような笑顔をする教師に「じゃあ失礼します」軽く頭を下げてからあいは図書室に向かった。


 あいがいつも通り本を読んでいると正面の椅子が引かれる気配があった。あいは構わずに視線を落としたままだったが「あ、あの」少し躊躇ったらしい控えめな呼び掛けにようやく顔を上げた。

 顔立ちにどこか幼さを残す女の子。見た顔だ。多分クラスメイトだろう。


「小島さんですよね?」

「そうだけど」


 あいは無愛想に返した。無遠慮に顔をじっと眺める。黒板の隣に貼り付けられたプリントみたいに、視界の外れにあるけど注目されない類いの人間に見えた。


「あたしの名前、わかりますか?」

「わからない」

「そうですよね…… まだ二週間ですもんね」


 彼女は訳もなく俯く。


「吉川っていいます」


 その名前をどこかで見た気がしてあいは記憶を掘り返した。少し考えて思い当たった。さっき見たばかりだった。


「もう一人の図書委員の」

「はい!」


 吉川は仲間を見つけたように急に明るくなる。そういえばクラスでグループに入ってないのはあいを除けば吉川だけだった気がする。


「私に何か用?」

「いえ あの、少しお話ししたくて」


 あいは吉川に興味がなかった。適当に相手をすれば直ぐに帰るだろうと思って追い払いもしなかった。

 だけど吉川はなかなか帰らなかった。あいが返事をしないことを気にも止めずに自分のことをペラペラと話し始めた。なんであいの不快感に気づかないんだろう。

 彼女は同じ中学から来た友達がグループに入って行き場を失ったらしかった。ノコノコついて行ってグループ入りすることにも失敗していた。いまでもその子とメールくらいはしているらしいけど。

 彼女はもうあと百行ぐらい話したけどあいはそこしか聴いていなかった。むしろあいとしてはそこだけでも聴いていたのが奇蹟だろう。話している間、彼女がどこか寂しそうな顔をしていたからだろうか?


「あ もうこんな時間」


 彼女は時計を見てカバンを取って「バイバイ、また明日ね」と言った。

 明日、あの子が来なければいいな と思った。





 朝。彼女はあいの席まで来た。顔色がよくないように見えた。


「あの、ごめんなさい」

「……なにが?」

「昨日…… パパとママの話…… したから」


 この一言であいは二度と彼女とは話さないでおこうと決めた。




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