エピローグ あいをしりたい
戸上 優人は高校の図書室で「人間失格」を捲りながら1人の女の子を待っていた。
進路を早々に就職に決めていた戸上は遅刻もなく成績もそこそこに優秀で明るく振る舞っていたので面接も問題なく、来月から隣県の会社へ働きに出ることになる。
向こうに住むつもりでもあった。
今日、戸上はそのことを告げに来ていた。
カラカラ
横滑りのドアが乾いた音を立てて開いた。戸上は本から視線を上げる。
彼の小さな天使が小走りに駆けてきたところだった。司書の先生から鞄を中に持って入らないように注意を受けていた。
訳もなく戸上は笑みになる。
そうして思う。
これが“あい”なのかも知れない。
あいは理由のない笑みをくれた。
作る必要のない笑み。
飾る必要のない笑み。
「ど、どうしたの?」
戸上は自分が泣いてることに気づいていた。
「なんでもないよ」
目尻を拭う。彼の天使はあたふたと慌てふためいている。
戸上はそんな彼女が堪らなく愛しかった。
「あと一月で俺は隣県に行くことになる」
戸上は静かに切り出した。
動揺が丸見えながらも彼の天使は黙ってそれを聴いていた。
そうして言い終えたあとに戸上は自分が住むことになる安アパートの合鍵を差し出した。
「いつでも遊びに来てくれ」
もっとあいをしりたいから
と、戸上は気恥ずかしくて言えなかった。
春はもうすぐそこだ。