5・【番外編2】許すも許さないも (竜人視点)
特にざまあはありません。
長いのでご注意です。
「フェイ様、早急にレベッカ様とお会いするべきです!」
世話になっている王宮の一室で休憩していると、従者のムーヤンが顔色を変えて訴えてきた。
「うん? 何がだ?」
「王太子殿下からお聞きしたでしょう! レベッカ様は婚約の話だとわからずに了承しただけなのですから、少しでも好感度を上げておかなくては! 今からでも花かなにか贈り物を持ってひざまずいてきて下さい!!」
全くもって何を言っているのかわからん。
私は今、とても疲れている。
「その話は聞いたが、結局了承してくれたのだろう? ならそれでいいじゃないか」
「冗談を言わないで下さい! あの方は騙されたも同然で仕方なく同意して下さっているのですよ? もっと大切にして差し上げなくては、逃げられてしまうかもしれませんよ」
「馬鹿な。そんな事あるわけないだろう」
気にせず欠伸をすると暗い目をした従者がぼそりと呟いた。
「……フェイ様はレベッカ様に好かれていると己惚れていらっしゃるのでしょう?」
今度は何だ。
「言っておきますが人間は何とも思っていない相手とも結婚できますし、状況によっては嫌いな相手でも結婚します。婚約したくらいでいい気になってると足元をすくわれますよ」
「はっ、騙すならもっとマシな嘘をつけ」
一笑に付すが、真顔でじっと見つめる視線は冗談を言っているように見えなかった。
「……本当なのか? 嫌いでも結婚するなど、苦痛ではないのか?」
「獣人ほど五感に鋭くない反面、直感的な好き嫌いの感情に振り回されにくいようですね」
「しかし、結婚後に本当に相性の良い相手が現れたらどうするんだ!?」
「問題ありません。出会っても我々のように一瞬で相性がいいかどうかなどわからないですから。匂いやフェロモンで判別もできませんし、もちろんフェイ様のように魂の色を見る事も出来ません」
「そうなのか。それは不便だな」
「ところが、その分努力次第で相性を良くすることが出来るようですよ。一緒の時間を過ごしたりたくさんのお話をしたりして、お互いのすり合わせをするのです。そういった部分については我々の方も見習うべきかもしれません」
長く過ごして相性を良くする。
鍛えられた五感と直感、ほぼ数秒で判断する獣人には考えられない方法だった。
「まだるっこしい。そこまでしてなお相性が悪かったら目も当てられんな」
「逆にいえばいくら相性のいい相手でも、確信が持てる前に別れてしまうこともあるんです」
……。
「そんな事がありえるのか?」
「人間の世界では非常によくある事のようですよ。勘違いやすれ違いで運命の相手と別れるというのは」
頭を殴られたようなショックを受けた。
遠くで見かけたとか、道ですれ違ったがわからない、という話ならまだ理解できる。
だが、しかし……!
「私とレベッカは直接会って話して、あれだけ間近で触れたのに? 何も感じないのか……!?」
「だから何度も、まずはレベッカ様にお会いするようにと言ったじゃありませんか! それを毎回ほったらかしにして、何を考えているんですか!」
ほったらかしにしたつもりは無いが、お互いの気持ちが同じなら早く仕事をすませて国に連れて帰りたいじゃないか。
それになんとなくだが、レベッカは私を恐れているようだった。
少し時間を空けて気持ちの整理をさせた方がいいと思ったのだが……。
「そのせいで彼女に嫌われるのは困るな。では早速、今から行ってみようか」
「今からって……ちょ、フェイ様! お待ちください!」
私は身を起こすと窓に向かい、そのまま外に跳躍……しようとすると、後ろから羽交い絞めで止められた。
「駄目ですよ! ご令嬢になんの約束もなしに向かわれるなんてマナー違反です。私の方からお伺いを立てておきますから、今は抑えて下さいね。……ったく、なんで竜人ってのはこう自分勝手なヤツばかりなんだ」
失礼な呟きは聞こえないフリをしてやった。
ふん。お爺様に比べたら私なんぞかわいいものだ。
「とにかくここは自国ではありませんから、こちらの流儀に合わせましょう。それにレベッカ様の不安を払拭できるように私もお供して、決して獣の国が危険ではないことを理解していただかねば……」
「わかったわかった、いいようにしてくれ。お前の方が人間の作法には詳しいからな」
「訪問するなら手ぶらというわけにはいきませんね。手土産は何がいいかリサーチしなければ……!」
従者はなにかを思いついたようにあれこれ動きまわっていたが、私はもう聞いていなかった。
レベッカに会える。
心浮き立つ嬉しい予定だった。
まさか彼女がこれ以上なく憂鬱な気持ちでその日を迎えようとは、夢にも思っていなかった。
◇
「よくぞいらっしゃいました。申し訳ありませんが、お姉様は外出しております」
ルスコ子爵に許可をもらい、ようやく訪問が叶うと思いきや出会い頭に妹の妨害にあう。
「嘘を言うな、嘘を。二階の角部屋にいるのだろうが。なんなら大声で呼んだ方がいいのか?」
「ちっ……。やだぁ、少し勘違いしちゃったみたいです。少々お待ちくださいね」
(顔立ちはなんとなくレベッカに似ているが、魂の色は全然違うな)
魂の色を目に見える色で例えるのは難しいのだが、先日の婚約破棄の時にはギリギリ白よりの灰色だったのが今は真っ黒になっていた。
そう頻繁に変わるものでは無いはずなのに、一体何があったのだろう?
ちなみに誤解されやすいが色と善悪とは関係無い。
「リーア様にはずいぶんと嫌われているようですねえ」
「そうだな」
ムーヤンがボソリと呟いた声に小さく頷く。
だが人間の国に来て以来、獣人と聞いて眉をひそめない者はほとんどいない。姿を隠して人間のふりをしている時にはにこにこと愛想がいいのに、少しでも爪や尾を見せれば半狂乱になる。
先日の舞踏会でもそうだった。逃げながら押し合い、踏みつけてあっていたのは人間同士なのに、恐れるのはその場から一歩も動かなかった私なのだから。
(こちらに来る獣の国の民は厳選された温和なものばかりで、自分から人間を襲うような者などいないはずなのに、どうしたものか。これも時間が必要というやつなのか?)
そう思うと初対面で獣人である私の手を握ったレベッカはやはり特別なのだと思った。
考え事をしていると、ふわりとよい匂いがした。
顔をあげて思わず声をかける。
「レベッカ、会いたかった」
「あ……ご、ごきげんよう、フェイ様。お会いできて嬉しいです」
姿を現す前に気がついた私に対して、彼女は不思議そうな顔で驚いている。私はいつでも彼女の居場所がわかるのに、そのことすらわからないようだった。
(……私の方ばかりなんでもわかるのは、なんとなく損な感じがするな)
自分の事も彼女に伝わればいいのに。
そんな風に考えてしまい、いや、相手は人間なのだから当然だと打ち消した。
◇
「……というわけでして、これらの身分の者たちがこちらの貴族に相当するんですよ」
「なるほど、勉強になりますわ! そこで質問なんですけど……」
ふむふむと頷きながらメモを取るレベッカ。
さきほどからずっとこの調子でムーヤンと我が国についての談義を延々としているのだが……。
(私の存在を忘れていないか?)
最初こそお義理程度にいくつか言葉を交わしたものの、すぐに従者の話に夢中になってしまい、今はすっかり頭から消えているようだ。面白くない気持ちもあるが、キラキラと目を輝かせてペンをとっている彼女は可愛らしかった。
「おい、ムーヤン。後は私が説明する」
「え? あ! はい、失礼致しました。レベッカ様があまりに聞き上手なもので……」
ムーヤンは我に返ると一礼し、そそくさとその場を辞した。
「えっ、ムーヤンさん? やだ、行かないで……!」
(『やだ』、『行かないで』?)
少々気持ちがささくれだっていた私はレベッカの小さな呟きまで気になった。
しかし不快感は表に出さず微笑みかけた。
「さあ、獣の国についてはあいつよりも私の方が詳しいぞ。なんでも聞くがいい」
「……ひっ……」
空気を呑み込む音に首をかしげれば、レベッカがビクリと震えた。
「……」
「す、すすす、すみません、あの……」
「…………」
「……………………」
沈黙が続く。
浅くなった呼吸と、おろおろとさまような視線。
ぎゅっと握りしめた両手は僅かに汗ばんでいる。
この何度も見たことがあるような反応。
……もしかして。
「もしかして私が怖いのか?」
「えっっっ!?」
「私が恐ろしいか、レベッカ」
問いの答えを聞くより先に、ドッと吹き出た冷や汗の気配を感じた。
私は生まれて初めて自分の優れた知覚能力を呪った。
人間はすぐに気持ちが変わると聞いている。
レベッカも同じように時間が経つにつれて嫌になってしまったのか。
ならば何故断らなかった?
もしも今さら断れば報復されるとでも思ったのだとしたら、それはあまりにも残酷な判断だ。
(どうしてわからない?)
私がお前に酷い事をするわけが無いじゃないか。
それは獣人同士なら起こりえない勘違い。
(どうしてお前は人間なんだ!)
……いや違う、そうじゃない。
(どうして私は人間に生まれなかったんだ……)
人間に生まれたってきっとレベッカを好きになる。
人間だったら怖がられることもない。
レベッカ、人間同士なら当たり前に伝えられるはずのたくさんの気持ちも、獣人の私にはどうしたらいいのかわからないんだ。
それでも戸惑いと興奮の中でお前が頷いてくれたあの時。
私は天にも昇るほど嬉しかった。
「縁談の話は無かったことにしよう」
気がつけばそう口にしていた。
「え……」
「仕方ない、もともとが無理な話だったんだ」
「あ、あの、あの……」
そもそもあの老竜が悪いんだ。
人間の、それも貴族令嬢なんて無茶ぶりもいいところだ。
だからお前は気にするな。
「ま……待ってください!」
これ以上怯えさせたくなくて立ち去ろうと部屋のドアに向かうと、レベッカが追いかけて手を掴んできた。
知りたくない感情を知りたくなくて僅かに強張ったが、彼女を振り払うことはできない。
(…………)
怯え、恐れ、ほんの少しの悲しみ。
直接触れた場所から流れ込んでくる、負の感情が胸をえぐった。
「ご、ごめんなさい! どうか怒らないで下さい」
「怒ってなど……」
「や、やっぱりわかっちゃったんですよね? でも、騙すつもりは無かったんです。できたらフェイ様が言ってくださったみたいに強くてかっこいい人なら良かったのに……ごめんなさい」
「なんの話だ」
「だって言ったじゃないですか、私の気の強さが気に入ったって……」
レベッカはしょぼんと萎れた花のようになった。
不思議な事に恐れの感情と入れ替わりに失望と悲しみが溢れでる。
何故だ。
恐ろしい獣人と縁が切れるのだから、嬉しいとか安心だと喜べばいいのに。
「その事なら今でもそう思っているが」
「え? で、でも……」
……もしかして『気が強い』の意味が通じていないのか。
「他にどんな言葉で表現すればいいのか説明が難しいのだが……つまり、レベッカは魂の輝きが強いのだ」
「た、魂ですか?」
私は頷いた。
人間にとって魂の概念がどうなっているのかは分からないが、出来るだけ簡単に、そのままの言葉になるように気をつけて説明した。
「強いというのは、声高に叫んだり誰かを糾弾するという事じゃない。何事にもまつろわぬ、確固たる自分を持ち続ける輝きだ。盲心するのも、頑なになるという事とも違う。今この瞬間もお前は誰よりも美しい」
レベッカはどうもピンときていないような顔をしている。
見せてやれないのがもどかしい。
「それって……私の内面をわかったうえで求婚をしてくれたという理解でいいのでしょうか……?」
「お前達の言う『内面』というものが魂と同じでいいのかわからないが、多分そうだ」
「…………私が思っていた人間と違うのが許せなくて婚約を解消するというわけじゃ、ないんですよね?」
私は困惑した。
「最初から許すも許さないもない。お前を愛してる、それだけだ」
レベッカは驚いたような顔でわずかに顔を赤くした。
手を離されてしまったから、どういう感情なのかはわからない。
だけど何故か、さきほどまでのレベッカの中にあった苦い気持ちは一掃されたようで、まあだったら他のことはどうでもいいか。
◇
「フェイ様は私の仕事を増やすために天から遣わされたのですね。そうに違いありません。ええ、そうでなければ説明がつきませんとも」
ムーヤンは相変わらず口うるさい。
「いいじゃないか。なんだかんだで婚約を継続してくれると言ったんだ。結果良ければ全てよしだな!」
「フェイ様が『獣の国に興味があるだけなら親善大使としてくればいい』とか『家族と離れたくないなら学者を寄越してもいい』とか余計な事を言うから説得に難航しまくりましたけどねえ!? ったく、誰のために必死になってると思ってんですか!くそったれ!」
従者はぷりぷりと怒っているが、私にとって大切なのはレベッカの幸せであって従者の機嫌取りではない。当然のように右から左に受け流した。
(やはり人間はわからないな。私を恐れる気持ちはまだあるのに、それでも前向きに努力しようとしてくれるとは)
レベッカは私が勘違いをしていると思っていて、そうではないと見抜かれればすぐに捨てられると思っていたらしい。そんな事は天地がひっくり返ってもありえないのだが、口先だけで説明してもあまりわかってもらえたような感じがしなかった。
『まあそこは、時間をかけてゆっくりやっていくしかありませんね』とドヤ顔で言うムーヤンに腹が立ったが、今回ばかりは彼の言う通りかもしれない。
しかし一つだけ気になる事がある。
レベッカに対する愛情は誰にも負けるつもりはない。
だが、人間の愛情には時間が必要だというのなら。
……それってほぼ生まれた時から一緒にいる妹には勝てなくないか?
レベッカの魂の輝きは妹のリーアといる時が一番美しい。
「なあ人間は本当に、全然、微塵もわからないのか? どんなに相性の良い相手でも? いくらなんでもそんな事がありえるのか???」
「さあ、私は人間じゃないので」
まったくもって使えない従者は肩をすくめるだけだった。
◇
どうやら人間というものに獣人の常識は通用しないらしい。獣人とは違う、少しずつ積み上げられていく関係。
「ああ、人間は本当にまどろっこしいな」
だけど相手がレベッカなら、それはとても楽しいことのように思えた。
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