4・【番外編1】許さなくてもいいですよ? (妹視点)
ふっきった妹と、元婚約者とお父様の追撃。
お姉ちゃん視点のイメージとはちょっと違うのでご注意です。
『リーア、私はいつでも味方だからね!』
幼い頃から何度も繰り返された言葉。
その言葉を疑ったことはなかったけれど、人々が逃げ惑う中、最後の最後で手を伸ばしてくれるのはやっぱりこの人なんだと嬉しくなった。
◇
「リーア・ルスコ子爵令嬢。君との婚約を破棄させてもらいたい」
突然の婚約破棄に悲しくなって涙がこぼれる。
傷つけられてもなんとか関係を修復するためにしてきた努力が全て無駄になったのだ。無理して頑張った分だけ虚しさと無力感でいっぱいになった。
だけど何故か浮気をされたこと自体を悲しんではいなくて、その時は彼を深く愛しているからなのだと思っていた。
やり直したい、と言われた時もそう。
エリサ様の事は不思議なくらいどうでもいい。ただあまりにもコロコロと意見の変わるヨアキム様を信じていいのかと不安だった。
また同じようにひっくり返され離縁されるのなら、いっそもう少し格下の安定した相手を見つけた方がいいのかもしれないと、天秤にかけて迷っただけ。
最初はそうじゃなかった。
両親の仲は最悪だったけど、お姉様とは仲が良かった私は家族というものに幻滅しきってはいなかったから。親から決められた婚約だけれど、努力して仲の良い家族になりたかった。
だけど彼はいつもわがままで高圧的な態度で、まったく歩み寄る気がない。こんなものかと諦めを覚えていくうちに私の中にあったキラキラしたものは消えていった。
それでも最後に残ったのが侯爵夫人になれるという期待。
侯爵夫人になれたらもうお父様の顔色をうかがわなくてもいい。その権力でお姉様を守る事も出来るし、子爵家令嬢ではとても得られなかった人脈で姉によき伴侶を紹介することだって出来るだろう。
(ヨアキム様は私にあまり関心がないようだから、別邸に移り住んでお姉様を呼び寄せるのもいいかもしれない。ああ、なんて素敵……!!)
今思えばそれは、ヨアキム様を愛するというにはあまりにも不純な期待だったけれど。
◇
婚約破棄を宣言された後、真っ先に自分だけ逃げようとしたヨアキム様になんとも思ってないと気がついた時、彼の存在が本当にどうでもいいものになっていたのだと痛感した。
諦めて、それでも努力していたのは愛じゃない。
ただの打算だ。
いつの間にか変わってしまっていた自分にようやく気がついた。
(そうだったんだ……。でも、結婚する前に気がついてよかった)
勘違いに気づけば縋るような目を向けてくるヨアキム様に優しくするより、いっそキッパリとお断りする方がお互いの為だと思えた。
確かめるようにギュッと手を握ると、レベッカお姉様が優しく微笑んでくれた。いつでも貴方の味方だから、というように。
「ち……違う、僕は……違うんだ……」
可哀想なヨアキム様。エリサ様に騙され、恥をかかされ、今まさに私に見捨てられようとしている。
だけどやっぱり自業自得としか思えなくて、彼を悪者に仕立て上げるための言葉をつむいだ。
「……また……許さなくちゃ駄目ですか?」
ねえヨアキム様。
私達、今度こそお互いを大切にできる相手を見つけられるといいですね。
◇
嘘だ。
レベッカお姉様が獣の国に行くだなんて。
獣人の婚約者になるだなんて!!!
そんな恐ろしい事やめて下さいと必死で止めたけど、お姉様はすっかり行く気のようだ。
「うふふ、リーアは本当に優しいね。でも大丈夫よ。あのね、フェイ様やお付きの方ともお話ししたけど、食べ物や基本的な生活習慣は大差ないみたい。もちろん向こうに着いたら手紙を送るからね」
「突然豹変して噛みつかれたらどうするんです!? ああ、変な病気を持っていたらどうしよう……。私のお姉様が……!」
「リ、リーア、それはさすがに失礼よ……」
平民の中にはお姉様のように向こうの国に嫁いだり、逆に向こうの人がこちらで定住する事例もあるのだと説明をはじめたが、そんなものはあてにならない。
「ああ、あんな事が起きなきゃお姉様に変な獣人の縁が出来ることもなかったのに! あの忌々しい婚約破棄のせいで!」
身もだえする私の肩を姉がそっと抱いてくれた。
「……ありがとう、リーア。でもそれは違うわ」
「レベッカお姉様?」
「むしろこれは千載一遇のチャンスだと思っているの。……知らなかったけど、私って結構野心家だったのね」
「チャンス、ですか」
せめてもの救いはお姉様が悲観していない事だけど……。
「リーアは甘いお菓子が好きだったわよね? 向こうで面白いものを見つけたら送るから楽しみにしていてね。あっ大変! そういえば伯母様に頂いていたカヌレがそろそろ切れそうだったんだわ! 今日のおやつはいつものお店のクッキーでも大丈夫!? い、今から新しくケーキを焼いてもらった方がいいかな!?」
「今それはどうでもいいんですけどぉ!?」
もっと別の事を心配して欲しい。
この期におよんで私のおやつで大騒ぎするお姉様を前に、痛切に願った。
◇
私は悩んだ。
獣人といえどもクリスティアン王太子殿下のお墨付き。
レベッカお姉様本人が行くと言っている以上、私一人の反対で止めることは出来ないだろう。
(だけど駄目よ!! お姉様は自分の事には本当に無頓着で気弱だから、理不尽な目にあわされてもずっと我慢し続けるに決まってるわ!!)
獣人が憎い。
いっそ国ごと燃やしてやりたいくらいだけど、それが出来ないならせめて出来る手は全部うつしかないと覚悟を決めた。
数日後。
お姉様が知ったら絶対に心配するだろうから、私は部屋でふて寝をしていることになっている。
アリバイを作ってまでやってきたのは、もう二度と来ることがないと思っていたロイマランタ侯爵家の庭園にあるガゼボだった。
「リーア!! 久しぶりに会えて嬉しいよ!!」
「はいはい半径2メートル以上近づかないで下さいね。私だって今更貴方にだけは会いたくなかったんですが、他にツテがないからしょうがないんです」
「リ、リーア……ちょっと雰囲気が変わったけど、そんな君も可愛いよ」
舌を出したい気持ちをこらえ、使えるものはなんでも使うことにした。非常識な獣人達に対抗するため非常識な手段に訴え出るしかない。
(あんな事のあとに連絡する私も私だけど、この人もよく応じてくれたわね……)
まあそもそも私に壊滅的に人脈が無いのはこの人のせいなのだけど。
「無駄口はいいから、とっとと本題に入って下さい」
「うう、ごめん。嬉しくてつい……。ええと、獣人の国の情報を得る手段、だったよね?」
「ええ。あと最終手段として、秘密裏に向こうの国に渡る方法です。ああ、お姉様が素直に私も同行させることを了承してくださればいいのに」
「それは僕も止めたいけど……」
「貴方の意見は聞いていませんが?」
「ご、ごめん」
ヨアキム様は本当に悲しそうに、しぶしぶ計画書を出した。協定を結んだとはいえこんな事がバレたら大事になるだろうに、相変わらず脇の甘い人だ。
でもそのお陰で私は助かっているわけだから、今は何も言わないでおこう。
「情報を得るだけならともかく、密入国は無理だよ。なんとかルートは確保できるけど正規の手段ではないから通常の支払いでは人を動かせない。相当の金額をつまなければいけないから実現は不可能だ」
「問題はお金だけなんですね?」
「そうだけど……。あ、僕は無理だよ! リーアのためなら破産したって構わないけど、あ、あの日以来お父様の締め付けが厳しくなって、金融資産の一切が許可なしに動かせなくなっているんだ……」
申し訳なさそうにションボリしているけど、こちらもこれ以上頼る気はなかった。
「大丈夫ですよ。いざという時には、我が家の金の亡者が貯め込んだ資産を全部使い込んでやりますから」
「!?」
こんな事もあろうかと金庫に死蔵してある権利書やらなにやらを換金する手はずは揃えているのだ。
(まったくお父様ったら、ただやみくもに貯め込むだけで使って生かすってことを知らないのよね。あれは一種の病気だわ)
もちろん違法な手段だが、やったのは私じゃない。
若い恋人に入れ込んでいるお母様に、もっと自由になるお金が欲しくないかと持ちかけたらよろこんで協力してくれたのだ。
保有資産が増えることだけが生きがいのお父様はショック死するかもしれないけど、もしあのお金に対する執着の何十分の一かでもお母様に関心を持ってくれていたら、こんなことにはならなかったから同情はない。
私だって最初はここまでするつもりはなかった。でも獣の国の貴人と婚約するとわかった途端に非常識なほどの結納金をふんだくり狂喜乱舞する姿をみて、か細く一本だけ残っていた家族の情がブチ切れた。
親不孝な私を許さなくて、いいですよ?
唯一両親に感謝しているのは、この世にレベッカお姉様を誕生させて下さったこと。
いつでも人の幸せばかりで自分の事は後回しのお姉様。だから私が頑張らなくちゃ。
「お姉様には絶対、幸せになってもらうんだから!」
どこまでも青い空の下でこぶしを握って決意した。