入学式ー3
「すげぇな、転移魔法って!」
「ああ、全くだ。 それにしても、ここが大講堂か…。」
大講堂。サンヘルムにおける重要な会議や式典を行う際に使われる場所である。薄暗いその空間は、厳粛な空気を醸し出していた。
一面の壁に対し、半円の階段状に机と椅子が並べられており、どの位置からでも半円の中心に位置する演台が見えるようになっている。そのうち、カルム達は丁度半分くらいの高さの所に立っていた。
「諸君、ここが大講堂である。諸君らの横に椅子があるだろう。座るがよい。」
(この声!)
外の広場で聞こえていた声と一致する、今演台で話している男の声。カルムはその姿を確認しようと目を細めるが、その薄暗さと距離のためにその姿を鮮明に見ることは出来なかった。
男は、全員が座ったのを確認すると再び話し始める。
「よろしい。では、私はこの辺で失礼する。次は校長のお話しだ。心して聞くように。」
そう言うと男は堂々と演台を後にした。演台の後ろの壁には大きな扉があり、重厚な音をあげてゆっくりと開く。その奥へと男は消え、入れ替わるようにして校長が現れた。やはりその姿をはっきりと確認することは出来ず、コツン、コツンという杖の音だけが講堂に響く。脚か腰が悪いのだろう。老人だろうか。
演台にたどり着くと、杖を離して台に両手をつき前のめりになる。そして穏やかな口調で話し始めた。
「わしは校長、アーランド・バークロードじゃ。新入生諸君、入学おめでとう。今、この瞬間から君たちはここサンヘルム魔法学校の生徒じゃ。その自覚を持つように。」
(-!)
その言葉を聞いた新入生全員が瞠目する。話の内容に問題はない。一般的な祝辞だ。問題は校長その人にある。
「な、なあカルム、今アーランド・バークロードって言ったか、あの人?」
「……ああ、確かにそう言った。驚いた、まさかここにいたなんて…。」
講堂内の静寂は一瞬にして崩れ、動揺のざわめきが広がる。
“アーランド・バークロード”という人物を、魔法を学ぶ者の中で知らぬ者などいない。魔法学会の権威であり、若くして最高の魔法使いと呼ばれた男。それがアーランド・バークロードという人間だ。それが近年、魔法学会から姿を消したと噂になっていたのだが、まさか校長をやっていたとは、だれも予想していなかった。その情報は、厳重に口封じされていたに違いない。
少しずつ喧騒が静まっていき、再び静寂が戻って来ると、校長がその口を開いた。
「さて、祝いの言葉はこれくらいにして今後の話をしよう。君たちも疲れているだろうし、話は短くせんとな。まず、この式が終わり次第君たちには自室へと向かってもらう。ああ、また転移魔法を使用するので君たちが直接移動する必要はない。二人一組の部屋となっておるが、ペアはわしらで考えたのでそれに従ってくれ。六年間仲良くするんじゃぞ。」
講堂がざわめく。
「その後は入学を祝しての食事会じゃ。今より三時間後に食堂に集合するのじゃ。それまでは自室で過ごしておくれ。では、わしは失礼する。」
勢いよく喋り切ると、校長は杖の音を響かせながら扉の向こうへと消えていった。再び重厚な音をたてながら扉が閉まる。
「……なんて言うか、凄い人だったな、アーランド校長。」
「初めて本物のアーランド・バークロードという人物を目にしたが、案外楽しませてくれそうな人じゃないか。」
「へへっ、そうだな。にしても、ルームメイトはあっちが決めてんのかぁ…。せっかく仲良くなれたんだし、カルムと一緒が良かったなぁ。」
「…そうかよ。」
カルムはレスターにそう言われ、頬を少し赤らめる。
サンヘルムは全寮制となっている。そして部屋は一度決まったら卒業までの六年間、ずっと同じ部屋を使わなければいけない。だからこそ、ルームメイトは自分で決めたかったのに、とカルムもそう思っていた。
その時、カルムの右手の甲に魔法陣が浮かび上がる。どうやらそれはカルムだけではないようで、新入生全員に同じことが起きていた。
「これが転移魔法陣か? でも、カルムとオレのって、何か違うよな?」
「きっと同じ魔法陣が浮かび上がっている人同士を一つの部屋に転移させるようになっているんだと思う。残念だけど、君とは違う場所のようだな。」
「なるほど! 頭いいんだな! じゃあお互い、ルームメイトと仲よくしような! 食事会でまた会おう!」
「ああ。」
カルムの視界は再び光に覆われたー。