入学式ー2
荘厳な鐘の音が鳴り響く。集合時刻の合図だ。それまでの喧騒も、その音を契機に静寂へと成り代わる。一瞬のうちに張り詰めていく空気感を、カルムは全身で感じ取っていた。
(いよいよか。)
やがて鐘の音が鳴り止むと、続けてどこからか男性の声が聞こえてきた。口調からしてサンヘルムの教師なのは分かるのだが、それらしき人物はどこにも見当たらない。魔法により声だけを飛ばしているのだろう。
《定刻だ。これより先、一切の遅刻は認めない。》
次の瞬間、ここに来るまでに通ってきた道とこの広場の境界の地面から勢いよく壁が生えてきた。文字通り、遅刻した人間は中に入ることが出来なくなってしまったのだ。
壁の向こうから微かに声が聞こえる。間に合わなかった人もいたのだろう。無事集まっていた新入生の間では、「ここまでするか?」と軽い非難の声が生まれている。
そんなことはお構いなしと言わんばかりに男の声は続く。
《遅刻した愚か者どもは放っておこう。さて、諸君らにはこれから大講堂へと移動してもらう。とはいえ、諸君らはただ立っていればよい。身なりでも整えておくのだな。》
そう言い終わると同時に、噴水の水が一気に吹き上がる。その水は重力を置き去りにしたように一塊になって空中に留まりー魔法陣を描き出す。
「集団転移魔法……」
「カルム、分かるのか?」
「状況からしてそれしか無いだろう。」
「ハハッ、確かにな。」
レスターはおどけたような態度をとる。
水は糸を引くように細長く伸びていき、やがて縁取るように広場と同じ大きさの一つの円を空中に作り出す。そして、そこから内側に向かって内部が繊細に描かれていく。
魔法陣は普通自らの魔力を空間に干渉させて描く。だが媒体に自らの魔力を流せば、それを用いて描くこともできる。つまり、この魔法陣は教師がその魔力で以て描いていることになる。ただでさえ扱うのが難しい水を媒体にした魔法陣など、普通の魔法使いになせる業ではない。カルムは感動の念を堪えきれず、すごい、と口から洩らす。
なかなかの速度で魔法陣は描かれているが、この広場を覆うほどの大きさにもなると完成には時間がかかる。カルムは言われた通りに自身の身なりを正すことにした。
灰色のズボンに白のシャツを綺麗に入れ、重ねた純白のローブの埃を払う。白を基調としたサンヘルムの制服は、小さな埃でも目立ってしまうのだ。
手鏡で髪が変になっていないかも確認する。薄灰色の短髪は、いつも通りで何ら変わりはない。
そして最後に、腰に収めた杖が外れていないか確認する。魔法使いにとって杖は心臓よりも大切だと言っても過言ではない。そんな杖が外れていては、何か起きたときにどうすることもできない。
カルムが身だしなみを整えたのと時を同じくして、水の魔法陣も完成した。
日光を反射してキラキラと白く光る水の線は、壮麗な光景を映し出す。まるで水の中にいるような、そんな錯覚さえしてしまう。新入生の目からは、美しいものに対する感動と、それをなし得る教師への尊敬の念が溢れ出している。
カルムやレスターも例に漏れず放心するほどに見惚れていたが、聞こえてきた男の声に水を差され、我に返る。
《諸君、準備は出来たか? すぐに魔法を発動させる。覚悟するがよい。》
自身に満ち溢れたその声が終わると同時、魔法陣が紫に輝き始める。先ほどまでのある種の神々しさとは真逆の、禍々しさすら発するその光はさらに強く輝き、はじけるようにカルムの瞳へ飛び込んでくる。
光に視界を奪われ、何も見えなくなった。
やがて光がおさまり、周囲を認識できるようになったときーそこは別の場所、大講堂であった。