2 こわがることはありません。
というわけで二話目です。
「素晴らしいアッパーだったわ」
友人が声に振り返ると、挨拶くらいはしたことがあるけれど、それ以上の付き合いのない貴族令嬢が立っておりました。
オレンジ伯爵家のヒマワリ嬢でした。
「見苦しいものをお見せてしまって申し訳ありません」
「あの拳筋……もしかしてゴボウ先生が?」
「まぁ! もしかして貴女も?」
なんとアッパーを教えてくださった先生が同じ方でした。
「やっぱり! 同じ先生に習った人に初めて会ったわ! 感激!」
「わたくしも初めてですわ!」
距離がぐっと近くなった気がします。
「あなたってダーリンに聞いてたよりもアグレッシブなのね」
ダーリン?
誰でしょうそれは?
そういえば、婚約者がアレなことを言おうとした時、この人そのすぐ後ろに立っていたな、と。
まさか!? でも、状況的にはそういうことなのかしら?
だけど、リストアップされていた火遊びのお相手には、彼女の名前はなかったのだけど。
「あの……もしかして貴女が彼の『真実の愛』のお相手なのですか?」
ヒマワリ嬢は、いきなり友人の顔をにらみつけたそうです。
「い、いけない忘れるところだったわ! そうよわたしよ! 彼はあなたと婚約破棄してわたしと結婚するのよ!」
アッパーの衝撃で呆然としていた婚約者も、その声に生気を取り戻し。
「そうだ! お前がどんなに妨害しようと、俺は何度でも何度でも戦う! お前が泣いてゆるしをこいすがりつくまでやめない!」
「頑張ってダーリン! わたしたちの愛は吹雪にも夏の暑さにも負けないんだから!」
「OH! ヒマワリ! 愛しい人! 君の愛が俺を何度でも立ち上がらせるのだ!」
友人は、ため息をつきました。
せっかく同門の人を見つけたのに、その人こそが婚約者の不貞の相手だったなんて。
それでも、気を取り直します。
「あの。わたくしは別にいいんです。婚約が解消されても。でも、ヒマワリ嬢で大丈夫なのですか?」
「はっ。彼女がお前に劣るとでもいうつもりか! とんだ傲慢だな!」
「いえ、そうではなくてですね。他の四人はどうするのですか?」
ヒマワリ嬢はかわいらしく首を傾げて
「? よにんってなに?」
「彼がおつきあいしている方々です。報告書に名前があがっていなかった貴女が相手で意外でした」
沈黙が落ちました。
二人のどちらにとっても意外だったのでしょう。それぞれ意味は違ったと思いますが。
「よ、四人って。四人って誰よ! っていうか、わたしにプロポーズしてきたくせに四人も!
目の前の女も合わせれば五人じゃない!」
「ち、ちがうちがうちがうんだ! 真実の愛はヒマワリ一人だけさ!」
婚約者はヒマワリ嬢に取り繕うように言うと、友人の方を向いて
「い、いい加減なことを言うなっ! そうまでして俺をおとしめたいのかこのドブス!」
ドブス。
確かにわたく――コホン。友人は飛び抜けて美人ではありませんでしたが、不貞を働いている当人にこんなことを言われる筋合いはありません。
なるべく穏便に済ませたかったのですが、ここまで言われたら仕方在りませんよね。
友人は婚約者に言葉のアッパーを叩きつけました。
「グリーン伯爵家のダイコン嬢。
イエロー伯爵家のトマト嬢。
レッド伯爵家のセロリ嬢。
ピンク男爵家のニンジン嬢。以上四人ですわ」
カボチャ男の顔から一気に血の気が引いたそうです。
友人は、ああ、人間の顔と言うのは、こんなにも簡単に真っ白になるのか、と感心したそうです。
これでは誰が見ても、友人の言葉が事実だとわかってしまうことでしょう。
このカボチャ、いろいろ目をつぶりたい所だらけの婚約者なくせに、女をくどくのだけは上手いのです。
その才能を他に向けてほしかった!
おや。貴方までなにを青ざめているのですか?
よくよく判っていることとは思いますが、貴族同士の婚約は家同士の婚約でもあります。
お互いの身辺を探り合い、婚約者に相応しいかどうか常に調べておくのは常識ですよ。
万が一相手が不祥事を起こす前兆が見つかれば、家を守るために手を打たねばなりませんからね。
貴方の婚約者が貴方を調べていると考えると怖いのですか?
怖がることはありませんよ。
貴方があちこちの女の子に手を出していたとしても、マレーネ嬢は知ってて知らないふりをしてくれますよ。
貴方が何か問題を起こさない限りは。
友人はヒマワリ嬢に確認します。
「このことは知っていらして?」
「いえ、全く……このっこのっ浮気者ぉぉぉぉぉぉ!」
「あの……わたくしという婚約者がありながら、貴女に手を出している時点で浮気者ですよ」
「あ。そうか。そう言われてみればそうだった。あははっ」
カラっとした気質の方のようです。
友人はヒマワリ嬢に、ちょっと好意をもったそうです。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂ければ幸いでございます。
宜しくお願い致します