表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小噺46 土筆と蒲公英

作者: 黒田

 土筆が土から顔を出した頃,辺りは雪解け水が流れていました。

 ひやり,でも透き通った水で体を洗うのが,土筆は大好きでした。

このところ,暖かな日が増えてきたせいか,土筆やその仲間たちは,土の中から外に顔を出しています。

ふきのとうは雪をかき分け,太陽を眩しそうに見ています。

蛙は,まだ眠たいのか,片目を閉じたまま,土から顔を出しています。

蛇は長い体を久々に動かすせいか,いつもよりぎこちない動きです。


 体を洗いながら,土筆はこの季節とまた出会えたと思うと,嬉しくてたまりません。

 山が起きる,という言葉がぴったりな,そんな風景です。

 もっとも,土筆は土の中で根を張り,踏ん張っているわけですから,山全体を見たことはありませんが。


 この季節,土筆にはもう一つの楽しみがありました。

 それは夜,ときに満月の日です。

 大きな,そして鮮やかな色の満月を見るのが土筆の楽しみでした。

 眠たいのを我慢して,土筆は大きな大きな満月を見ていたのでした。


 「あんなにも高いところから,見る景色はきっときっと素敵なんだろうな」

 土筆は毎日,決まった範囲しか見れません。時々,やって来る山鳥やタヌキの話に聞き耳を立てては,遠くの世界にあこがれを抱いていました。

 「きっと満月は,大きな木も見れるだろうし,カワという水がたくさん流れる音も聞こえるんだろうな」

 見たことのない世界を想像しながら,土筆は眠るのでした。





 ある日,土筆は見慣れない植物が隣に生えていたことに気付きました。

 ギザギザの葉っぱが土筆の体に触れて,くすぐったくて仕方ありません。たまらず声をかけました。

 「すいません!葉っぱがくすぐったくて・・・」

 「おや,それはすまなかったね」

 植物は草をどかしながら,謝りました。

 「どかしてくれてありがとうございます。すいませんが,どちら様ですか?」

 「私は蒲公英。だいぶ昔,向こうの山から飛んできたんだ」


 「え!飛んできたんですか!」

 土筆は大興奮です。飛ぶってどんな気持ちだろうか?鶯や駒鳥はよく歌いながら飛ぶけど,やっぱり楽しいのかな?

 「そうだよ。飛ぶ,というより風に乗せてもらってここまで来たんだ」

 「やっぱり楽しいんですか!?」

 「まあね。川や街を上から眺めると,とても気持ちがいいね」

 マチってなんだ!

 土筆は初めて聞く言葉に大興奮です。





 それから土筆と蒲公英は仲良しになりました。

 土筆は蒲公英にたくさんのことを教えてもらいました。

 街には多くの人間が生活していること。

 人間だけでなく犬や猫などもたくさんいること。

 川よりももっと大きい海という水がたくさんあること。

 蒲公英はふかふかの土でなく,とっても固くて冷たい地面で生まれたこと。

 そして,蒲公英は旅をしながら生きているということ。

 土筆は,そんな蒲公英が素敵でした。まるで,あの大きな大きな満月に見えるのです。


 土筆も蒲公英にいろいろと話しました。

 あの穴の中には熊がいて,この前子どもが遊んでいたこと。(危うく踏まれそうになったことも)

 あそこのフキノトウは気難しくて,いつも自分の葉っぱをいじって身なりを整えていること。

 あの木の上には,最近,山鳩が巣を作っているが,不器用でよく材料の枝を落としてしまうこと。

 蒲公英は土筆の話一つひとつをしっかりと聞き,時に笑い,時に感心していました。





 「あ!見て!満月だ!」

 土筆は満月を見つけて,いつの間にか夜になっていたことに気付きました。

 「満月っていいよね!たくさんの世界を見れて!」

 そうだね。蒲公英は答えて,でも,どこか悲しそうです。

 「どうしたの?蒲公英さん」

 「満月は世界を広く見えるけど,よく見えていないんじゃないかな?」

 土筆は蒲公英の話がよく分かりませんが,いつもと違う蒲公英が気になり,その日は満月の話はしませんでした。





 ある日,蒲公英は真っ白になっていました。

 「どうしたの!?蒲公英さん」

 「ああ,これか。私はそろそろ旅にでなきゃなんだ」

 「どうして?ずっといてよ!」

 「ありがとう。でも,ダメなんだ。私は生きるために旅をしなきゃいけないんだ」

 土筆は,ボロボロと泣きじゃくっています。

 「土筆くん」

 蒲公英はあのギザギザの葉っぱで土筆の体をそっとなでます。

 「君は前,満月がうらやましいって話したね。旅をしている私もうらやましい,とも話したね」

 土筆は泣きながら,蒲公英の顔を見上げます。

 「でもね,私は土筆くんの方が何百倍も羨ましいよ。君は君の世界がしっかりとあるじゃないか。あの穴のことも,木のことも,どこからか聞こえてくる音のことも,君は全部知っている。それは私にはないことなんだ。」

 土筆を撫でている蒲公英の葉っぱは,次第に力が弱くなってきました。

 「私も満月も,いろいろと見てきているけど,実は何も知らないんだ。見てきただけだからね。だから,土筆くんの話を聞いていてとても面白かったし,とても羨ましかったよ。」


 土筆をなでていた蒲公英の葉っぱは,そっと地面に落ちます。

 「君は,君の世界を大事にしなさい。また,会えたら,たくさん話そうね」

 蒲公英さん

 と,言おうとしたときゴオと風が吹きました。

 強い風で土筆の体を大きく揺れます。揺れている中で,土筆は必死に蒲公英の顔を見ようとしました。


 蒲公英はすでの風に乗って,空高くに飛んでいました。

 「蒲公英さん!」

 土筆は必死に大きな声で叫びます。

 しかし,見る見るうちに蒲公英は高く舞い上がり,見えなくなってしまいました。


 空を見つめていると,山鳩が枝をぼとっ,ぼとっと落とす音がします。穴からは熊の子どもが転がり出てきました。フキノトウはまた今日も気難しい顔をしています。

 土筆は周りを見渡します。普段見慣れた景色,でも,ちょっと特別に見えました。


 土筆は泣き顔を雪解け水で洗います。

 そして,また周りをよく見渡しました。

 次に蒲公英さんに会うことを楽しみに,そして,会った時にたっくさん話をするため,土筆はこの世界で起きることを大事にしようとしたのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ