007.謝罪
「魔石というのは本来、魔物の心臓だったものだ。魔物の強さに応じて魔石の力は決まるから、実は、大きさというのは関係がない」
イオライトさまは瓶を右手に持つと、慎重に傾けました。
音を立てて机の上に屑魔石が滑り落ちます。光を受けて虹色に瞬きました。
「ふたりともよく見ているといい」
さらにイオライトさまは左手をその上に翳しました。
すると、驚いたことに、屑魔石が発光しはじめたのです!
まるで夜空に瞬く星々のよう。
先ほどの反射とは比べ物にならない光です。
「アネットが拾っていた魔石はすべて、質の高いものばかりだったんだ。それを魔石商会は不当に安く買いたたいていた。私は断固この事実に抗議したい」
「言いがかりですよ~。こんな現象、初めて目にしました~。何か仕掛けがあるんですか~?」
今やビーさんは大量に汗をかいていて、タオルハンカチをしきりに顔に当てています。
「仕掛けなどない。私は水竜王だから、これくらい簡単なことだ」
「す、」
「イオライトさま!」
大きな音がして、ビーさんが椅子から転げ落ちていました。
今日知ったのですがこの街の住人は驚くと何もないのに滑るのでしょうか。
「そ、その瞳の色は……!」
瞳の色だけで水竜王さまを認識できるというのは、信仰心のなせる業でしょうか。
わたくしはビーさんが笑っていない顔を初めて見ることとなりました。
一方で、イオライトさまは満面の笑みを浮かべます。
「この魔石商会の責任者は誰だ?」
「よよよ、呼んでまいりますっ!!!」
逃げるようにしてビーさんは部屋から飛び出して行ってしまいました。
わたくしはまだ事態をきちんと把握できておりません。
……とりあえず、また大事になりそうな予感だけはしていますが。
「迷惑だったか?」
静かな問いかけにイオライトさまを見ると、ほんの少し悲しそうに見えました。
「いえ、それはまだ判断できかねます」
「君の集めた魔石は屑なんかじゃない。それを先方は判っていた。表情を見たら一目瞭然だ。黙っていることができなかった」
「……わたくしは」
なるべく失礼にならぬよう言葉を選びますが、無理でした。
「騙されていたのでしょうか。世間を知らない所為で」
「人の良さにつけ込まれていたのは間違いない」
ほんの少しだけ胸が痛みました。
パライバに来てすぐ、この魔石商会で親身になってくださったのがビーさんなのです。
胃の奥が苦しいような気がして、こぶしをお腹に当てます。
「大丈夫だ。私がアネットを守ると言っただろう?」
イオライトさまがわたくしの髪の毛にそっと触れてきます。
すると、不快感はありませんが、なんとも表現しがたい気持ちが湧いてくるのでした。
「お話し中、失礼します」
開け放たれたままの扉。
敢えて三回ノックして現れたのは、体格のいい壮年の男性でした。
灰色と金色の混じった髪の毛を後ろに撫でつけていて、額が露わになっています。立派な髭をたくわえて、顔には深い皺が刻まれています。
瞳は薄い青と緑の混じったような淡い色。
後ろで隠れるようにしてこちらを窺っているビーさんと同じく、スーツを着ています。
「私はパライバ魔石商会の会長をしておりますローライトと申します」
「水竜王イオライトだ」
「イオライト様、お目にかかれて光栄です。この度は私の部下の不正を深くお詫び申し上げます」
「申し訳ございませんでした!!」
大人の男性が直角に頭を下げるところも、土下座して床に額をこすりつけるところを見たのも初めてです。
「顔を上げてくれ。これは可能性のひとつにすぎないが、彼はアネット以外にも同様の対応をしている可能性がある。すべての者に不利益を生じさせないよう、指導の徹底を願いたい」
「寛大な御心に感謝いたします。そのようにさせていただきます」
ローライト商会長はわたくしに向かっても頭を下げてきました。
「大変申し訳ございませんでした、アネット様。本日分の正しいお支払いをさせていただきます。過去のものに関しても、書類を確認して差額をお支払いさせていただきます」
机の上に積まれたのは、まさかの6金モースです。
「流石にこの額はいただきすぎだと思うのですが……」
「いえ、測定器で計測したところ、このような結果が出ました。屑などではありません。すばらしい魔石です」
「やったな、アネット」
そもそも怒りすら湧いていないわたくしにとっては、驚きの連続です。
「今後は担当も代えさせていただきます。これからも、どうぞ御贔屓にお願い申し上げます」
「は、はぁ」
突然舞い込んだ大金です。
これは、イオライトさまに最上級のアイスクリームを召し上がってもらわなければならないでしょう。