006.魔石商会
「いいですか? イオライトさま」
手遅れではあるものの、イオライトさまにどうしても言いたかったのです。
「ご自身が水竜王であることを名乗るのはかまいませんが、わたくしが承諾していないというのに同居するという発言はおやめください」
「何故だ? 皆、祝福してくれたというのに」
「強引にも程があります……。わたくしは静かに暮らしたいのです。水竜王さまと関係があると知れ渡ったら、それが叶わなくなってしまいます」
いいえ、もう遅いかもしれません。
あの騒ぎでイオライトさまの存在は、ほぼ広まってしまったことでしょう。
我慢していた溜め息が実際に口から出てしまいました。
「問題ないさ」
「……わたくしの話、聞いていらっしゃいましたか?」
「聞いていたとも。まったく問題ない。私がアネットのことを守るから」
満面の笑みが返ってきました。
あぁ、なんということでしょう。
まったく会話が成立していません。
人混みから逃れ、そんなやり取りをしながらようやく魔石商会に到着しました。
他の建物とは違い、二階建てなので目立っています。色も鈍色ではなく艶がある黒色なのは、黒曜石で造られているからだそうです。
中に入ると、涼しい風がわたくしたちを出迎えてくれました。水と風の魔石をふんだんに使った冷却装置が設置されているのです。
人の出入りも多く、潮の香りとは違う匂いも漂うふしぎな空間です。
普段通り受付へと向かいます。
顔なじみの職員の方と目が合いました。
「こんにちは」
「こんにちは、アネットさん。ビーはただ今商談に出ておりますので、第三商談室でお待ちください」
「はい。ありがとうございます」
商談室は二階にあるので、そのままわたくしは階段を登ります。
「ビー?」
「担当をしてくださっている方です。気さくで親しみやすい方なんですよ」
「へぇ」
イオライトさまは建物内を興味深そうに観察しながらついてきます。
第三商談室と示された扉を叩き、返答がないのを確認して入室します。
「アネットさん~、お待たせしました~」
「ビーさん。こんにちは。いえ、今来たところです」
ビーさんは仕立てのいいスーツを身に纏った細身の男性です。
垂れ目で、いつも笑顔で、のんびりとした話し方が特徴的。
「おや? そちらの方は?」
「私の名は、」
「イオさまです。見学したいということでお連れしましたがよろしいでしょうか?」
何故だ、とイオライトさまが不満そうに瞳で訴えてくるのを制します。
「もちろん構いませんよ~。どうぞお座りください~」
「失礼します」
窓際の椅子に腰かけて、屑魔石の詰まった瓶を机の上に置きました。
「今日はこちらの買い取りをお願いいたします」
算盤という異国の計算道具を軽快に弾いてビーさんが金額を示します。
「この質と量なら、3500銀モースですかね~」
普段通りの査定に、わたくしは大きく頷きます。
3500銀モースならば、鶏卵十個と牛乳の大瓶一本を購入できるくらいの価格です。
「はい。宜しくお願いいたします」
「では、こちらにサインをお願いします~」
ビーさんが羊皮紙とインクと羽根ペンを取り出します。
わたくしが羽根ペンを手に取ろうとすると、制してきたのはイオライトさまでした。
「納得いかないな」
「イオさま!?」
さっきまでのにこやかさは消え、真面目な顔つきに変わっています。
「受付には、こぶし大の水魔石で1金モースと表記されていた。これくらいの量なら、水魔石5個くらいには相当するだろう?」
いつの間に確認していたのでしょう。
しかし、ビーさんも経験を積んだ商人です。イオライトさまの指摘に、少しも表情を崩しません。
「それは塊での買取価格です。こちらは、屑魔石ですからね。価値基準がそもそも違うんですよ~」
「いや、同じだろう」
「おやめください、イオさま」
「貴方は生粋の商人だと聞かされている。だとしたら、この屑魔石の価値の高さを知らない筈がない」
するとビーさんの眉が少し傾きました。
わたくしとしてはまたもや面倒事に発展しそうで、気が気でありません。
イオライトさまが、今度はわたくしの方を向きます。
「魔力測定器でこの屑魔石を計測したことはあるか?」
「いえ、ありません。屑魔石だと測定はできないですから」
「いいや、そんなことはない。これから私が証明してみせよう。君の集めた魔石が、実は屑なんかではないということを」
今度はビーさんの口元が僅かに歪みました。心なしか冷や汗をかいているようにも見えます。
一体、何が始まるというのでしょう。