054.自信
「これでどうだ?」
向かいに座るイオライトさまがわたくしに尋ねてきました。
テーブルの上には、鬼皮の剥かれた大量の栗、栗、栗。
「完璧です、イオライトさま」
市長からいただいた栗はひと晩水に浸けておき、ふやかしてありました。
そして渋皮を傷つけないように、栗の鬼皮の剥き方を伝えたところ。
イオライトさまはあっという間にすべての鬼皮を剥いてしまったのです。
「鬼皮を剥く作業は、力が要る一方で繊細さも要するのですが、初めてとは思えません。流石、水竜王さまですね……」
「アネットの教え方がよかったのだ」
「いえ、そんな」
イオライトさまが先ほどまで鬼皮を剥いていた小型ナイフの柄を軽く手で回します。
「ざらりとした部分からナイフの刃をそっと入れれば、後はつるりと剥けた。とても楽しかった。さて、次はどんな作業だ?」
「栗の実の、あくを抜きます。重曹を入れた水で茹でこぼすのですが、何回か繰り返していきます。あくが抜けたら最後は水だけで煮て、重曹も抜きます」
「まだまだ先は長いのだな」
「はい。あくが抜けたら、最後に砂糖を加えてじっくりと煮詰めていきます。完成する頃には、夜になっていると思います」
わたくしはテーブルの上に、未開封の砂糖の袋を載せます。
これをすべて使うと説明したら、イオライトさまはどんな表情になるのでしょうか?
しかし、まずはあく抜きから。
「ということで、作業と並行しながら昼食にしましょうか」
「それは名案だ!」
わたくしは重曹水を張った鍋に栗の実を入れて火にかけます。
立ち上がったイオライトさまが、わたくしの隣に立ちました。
「今日は何を作る?」
「そうですね。じゃがいものガレットなんていかがですか?」
「すばらしい。では地下室からじゃがいもを取ってこよう」
「はい。お願いします」
持ってきていただいたじゃがいもの皮を剥き、わたくしは可能な限りの千切りにします。
手がべたべたして気になりますが、ぐっと我慢。
細切りにしたじゃがいもをフライパンで焼き固めて、大きな円にするガレット。
上手につくるコツは、ひとつ。
それはじゃがいもを洗わないことです。そうすると、じゃがいも自身の成分のおかげで、しっかりとくっついてくれるのです。
フライパン上のバターが熱で融けたところで、じゃがいもを入れると弾けるような音が響きました。
「チーズも入れてみましょうか」
「美味しそうだ。いや、美味しいに違いない」
イオライトさまが横から、フライパンのなかへチーズを投入します。
バターに加え、チーズの香りがあっという間に漂ってきました。
こうやってイオライトさまと相談しながら料理をするのは、久しぶりのような気がします。
「アネットと話しながら料理をするのは久しぶりのような気がするな」
「イオライトさまも、そう思われましたか……?」
同じタイミングで考えていたことに驚き、顔を上げます。
イオライトさまと視線が合うと、穏やかな笑みを浮かべていました。
「陽気亭で食事をするのも、アネットか私のどちらかが簡単なものを作って食べるのもいいが。こうやって作りながらアレンジを加えていくのは、その瞬間しか味わえない喜びだ」
「そうですね。わたくしも、そう感じます」
音を合図にじゃがいものガレットが程よく焼けてきたので、ターナーでひっくり返しました。
ちょうどいい焼き色がついています。
栗の鍋も沸騰してきたので中火にして、丁寧にアクを掬っていきます。
「アク取りは私がやろう」
「お願いします」
イオライトさまにレードルと水の入った小さなボウルを渡します。
重曹を加熱したときの独特な香りも立ち昇ってきました。
わたくしはガレットの焼き加減を見つつ、サイドメニューになりそうなものを考えます。
「厚切りベーコンを焼きましょうか」
「名案だ! この館で最初に食べたときのことを思い出す」
初対面でお出ししたのは、トマトスープ、ベーコン、ブロッコリー、パンでした。
当時も今考えても、水竜王さまに召し上がっていただくメニューではありません。
「あのときはすみませんでした……」
「何故謝る? とても美味しかったというのに」
一回目のアクを取り除き終わったイオライトさまが、不思議そうに首を傾げました。
「アネットは自分の料理の腕前にもっと自信を持つべきだ」
「自信……」
「どうした?」
「クライオフェンさんにもよく言われるのです。もっと自信を持ちなさい、と。それは作品に対しての責任だ、と……。仰る意味は分かるのですが」
それは、イオライトさまの腕輪を作ったときも、でした。
『もっと胸を張りなさい。命を渡す覚悟で、臨みなさい』
「私も同意見だな」
イオライトさまが深く頷きました。
イオライトさまとクライオフェンさんの共通点は、自信に満ち溢れているように見えるところだと密かに思うわたくしです。
「だが、それに加えて言うとすれば。アネットは今、少しずつ自信という目に見えないものを積み重ねている最中だと私は思う。少しずつでいい。私は、それを傍で――最も近くで応援していたい」
「……イオライトさま……」
再び顔を上げると。
イオライトさまが身を屈めて、そっと額を寄せてきました。
「大丈夫だ。私が、ついている」




