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051.ボトルメール




 じりじりと陽の光が照りつけてくる、海辺。

 光を反射して輝く水面に向けて目を細めます。

 寄せては返す波の音は静かで耳馴染みがよく、いつまでも聞いていたくなります。

 布靴を脱ぐと、足に砂の熱が伝わってきました。


「久しぶりのような気がするな」

「そうですね」


 隣に立っているのはイオライトさまです。

 久しぶり、というのは、ふたりで魔石を拾いに来ることがです。

 イオライトさまの誕生祭の前後はそれぞれが忙しく、ようやく穏やかな日常が戻ってきたところです。


 イオライトさまの腕にはわたくしのプレゼントした腕輪が輝いています。

 雪の透かし模様が入った、空の色と、海の色の魔石の腕輪。

 最初のうちは気恥ずかしさもありましたが、大切にしていただいていることを今ではうれしく感じています。


 波打ち際まで歩いていくと、早速、深い色を秘めた魔石を見つけました。


「赤……炎の魔石ですね」

「ほぅ。拳大とは、なかなかの代物だ」


 イオライトさまが背中を丸めてわたくしの手のなかを覗き込んでくるので、少しどころではなく緊張します。

 そんなわたくしに気づいているのか、いないのか。さらに顔を近づけてきました。

 端正な顔立ちは、いつになっても見慣れる気がしません。


「そ、そういえば」


 わざとらしい声の裏返り方に、かえって恥ずかしさが募ります。ですが、話題を変えて適度な距離を保ちたいわたくしは言葉を続けます。


「火竜王ペリアルさまは、真面目な御方と仰っていましたよね。風竜王さまや土竜王さまは、どのような御方なのでしょう」

「ん?」


 イオライトさまはわたくしから離れて、顎に手をやりました。少し考えるような仕草に見えます。


「一言でまとめるとすれば。風竜王はマイペースで、土竜王は物静かだな」

「マイペースに、物静か。そしてイオライトさまが、気さく。どなたも個性的なのでしょうね。四竜王さまたちが一堂に会することはあるのですか?」

「竜王会議というものが稀に開かれるのだが、そのときくらいか。前回は300年ほど前だったか」


 300年。まったく想像がつきません。


「機会があれば紹介しよう」

「未来の妻と説明するのだけはおやめくださいね……?」

「何故だ? 事実だというのに」


 イオライトさまがわたくしを引き寄せて、胸元に収めるように抱きしめてきました。

 一気に耳まで熱を持ちます。


「……!」

「照れることはないぞ。私にとってアネットは、唯一の存在だ」


 歌うように言葉を発するイオライトさま。とても上機嫌なのが伝わってきます。


 俯いたまま水面に視線を落とすと、何かが光りました。

 魔石の煌めきとは違う光です。


「ん?」


 わたくしの視線の先に気づいたイオライトさまが、体を離してくださいました。

 身を屈めて水面に手を差し入れます。

 すくい上げると、細長い瓶のなかに丸まった紙が入っているようでした。


「これは……ボトルメール、ですね」

「ボトルメール?」

「トリンさんに聞いたことがあります。パライバでは10歳になると、将来の自分に向けて手紙を書き海に流すそうなのです。それが再び海辺に流れ着いたとき、願いが叶うのだとか」


 潮の流れに乗って海を旅して戻ってきたであろうボトルメール。

 その話を聞いたとき、なんてロマンチックなんだろうと驚いたものです。


「失礼します」


 蓋に力を込めると、すぐに開けることができました。

 手紙を取り出し、手の濡れていないイオライトさまに渡します。

 イオライトさまが文字に視線を走らせました。


「ふむ」

「手紙の主はどなたでしょうか? もしかして、お知り合いだったりしますか?」

「こうもタイミングのいい話があるものなのだな。これを書いたのは、まさにトリン嬢だ」







「うわーっ! 懐かしい!!」


 ボトルメールを受け取ったトリンさんは、大きな声を上げました。


「開店前にすみません。営業中に渡すことはできないと思いまして」

「ありがとう、アネット」


 トリンさんはピンク色の瞳を輝かせます。少しだけ潤んでいるように見えました。


「読んだ?」

「はい。送り主へ返したいと思いまして」


 瓶から手紙を取り出して、トリンさんが広げます。


「大人になったあたしへ。

 陽気亭で楽しく働いていますか?

 家族は皆、健康に過ごしていますか?

 陽気亭はあたしの誇りです。

 たくさん美味しいものをつくって、

 たくさんお客さんをもてなして、

 ずっとずっと続いていってると信じています。

 十歳のトリンより」


 一気に読み上げたトリンさんの瞳の端が光ります。


「陽気亭を継いで、繁盛しますようにって書いたんだよね」


 ここは陽気亭の裏口です。

 灰色の平屋の壁に、トリンさんはそっと手のひらで触れました。


「この店は祖父母が始めたんだ。あたしが子どもの頃、傾きかけたことがあって。家のなかがすっごく暗くって。あたしが何とかしてみせる、って思ってたんだ」


 建物を、いえ、時間を慈しむかのように表情を和らげます。


「叶いましたね」

「いや、まだまだ途中だよ。あらためて気合いが入った。そうだ、アネット。よかったら試食していかない? ちょうどピネルが新作をつくっているところなの」

「そんな。準備中に迷惑では?」

「全然迷惑なんかじゃないって。表の鍵開けるから、入って入って」




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