004.屑魔石
「何故だ。何が不満だというのだ……」
食事後、再び海岸へ戻ろうとしたところ。
ごく自然に水竜王さまは同行してきました。
そしてわたくしの横でぶつぶつと呟いています。
不敬にならぬよう、溜息は心のなかだけで吐き出しました。
「不満ではございません。寧ろ、逆です。わたくしのような庶民では、水竜王さまに相応しくないからです」
「相応しいかどうかは私が決めるというのに」
「でしたら、わたくしにだって決める権利があるはずです。というか、水竜王さま」
「イオライトだ」
そこは譲らない、という態度が言葉に滲み出ています。
しかたありません。
ここは、わたくしが譲歩するところでしょう。
「イオライトさま。どうして、わたくしについてきてくださっているのですか?」
空と海の瞳に、疑問が浮かびました。
わたくしの住まいは、海岸から少し離れた丘の上にあります。
緩やかな下り坂を歩き、ようやく砂浜が見えてきました。
立ち止まってイオライトさまに向き合い、深く頭を下げます。
「申し訳ございません。傲慢な考えでしたでしょうか。これから海へお戻りになるだけでしたら、お見送りいたします」
「いや、海には戻らない。アネットと共に、私も魔石を拾おう」
魔石拾いは、わたくしにとって日課です。
――この国で動力のすべてを賄っているのが、魔石。
海の向こうには魔物と呼ばれる異形が存在するといいます。
人間を襲い喰らう、獰猛な生物なのだそうです。
そんな魔物の命が尽きるときに結晶化した心臓。それこそが、魔石です。
また、生きている魔物が国に入ってこないように結界を張っているのが、水竜王さまをはじめとした四大守護竜なのです。
「謹んでお断りさせていただきたいのですが……」
再び歩き出して、わたくしたちは海岸へと辿り着きました。
どれだけでも見飽きない、青い空と海がどこまでも広がっています。
潮風が心地よく頬を撫でていきます。
静かに寄せる波音には、心が洗われるようです。
まず、薄水色をした布靴の紐をほどいて裸足になります。
それから、麻のワンピースの裾を少し持ち上げて、膝の辺りで軽く結びました。
海岸を歩くだけなら海に濡れることはありませんが念のためです。
「わたくしが集めているのは、単体では動力にならない小さな魔石たちです」
砂浜へ降りていくと、素足に温もりが伝わってきました。
小さな光を見つけてしゃがみ、小さな小さな欠片を拾い上げます。
砂を払い陽に翳すと、わずかに緑色が反射しました。
「魔石商会では『屑魔石』と呼ばれる類のものですが、たくさん集めて磨くことで、ある程度の金銭と交換していただけるのです」
「魔石商会。今は、そんなものがあるのか」
耳慣れない単語のようで、声に驚きが滲んでいるようです。
どうやらイオライトさまの不在の間に設立された商会のようです。
「はい。すべての魔石は、商会を通さないと取引することはできません」
「なるほど。それにしても、不思議だな」
「何がでしょうか?」
「君の家を見る限り、生活には不自由していなさそうだ。必要なものはすべて上級のものが揃っていた。わざわざそんな小銭稼ぎをしなくてもいいのでは?」
僅かな時間でそこまで見ていたとは、驚きです。
流石は水竜王さまといったところでしょうか。
「生活に関しては、ここで暮らしはじめるときに父親から援助を受けました。魔石を拾っているのは、海へ行くための理由のようなものです。好きなんです、……海が」