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044.白ワイン





 朝に呑む酒は目が覚める

 昼に呑む酒は飯が進む

 夜に呑む酒は会話が弾む


 今日も一日酒が美味い



「はいよっ、お待たせ!」

「ありがとうございます、トリンさん」


 夕暮れ時。

 イオライトさまと共にわたくしは満席の陽気亭を訪れていました。


 賑わっているなか、トリンさんが白ワインとチーズの盛り合わせを運んできてくれました。

 普段は炭酸水を頼むことが多いわたくしですが、いいワインが入荷したからと勧めてもらったのです。

 トリンさんがボトルを開けてグラスへワインを注いでくれます。そのままボトルは氷水の入ったワインクーラーに入れられました。


 同じピンク色の瞳を持つピネルさんも、ピッツァとスペアリブをテーブルへ置いてくれます。


「騒がしいけれどゆっくりしていって」

「ありがとうございます、ピネルさん」


「……」


 ピネルさんはイオライトさまを一瞥すると、何も言わず去って行きました。


「くっ……!」

「イオライトさま……?」


 おふたりの関係性がふしぎで苦笑するしかないわたくしです。


「今日も一日、お疲れさまでした」


 グラスを掲げ、そのまま口に含みます。

 渋みがなくまろやかな舌触り。軽やかな風味が鼻を抜けていきます。

 これはアルコールをあまり飲まないわたくしでも美味しく感じるワインです。


 イオライトさまもお気に召したようで、既に自ら二杯目を注いでいました。


「アネットもここのところ忙しそうだな」


 日中はクライオフェンさんの工房にいたわたくし。

 通い始めて、数日が経っていました。


「いよいよ来週ですから。準備も大詰めなのですよ」


 ふわっと微笑んで返します。


 イオライトさまの誕生祭、水竜王祭。

 元々活気のあるパライバですがさらに浮足立っているようにも感じます。

 もしかしたら白ワインも、水竜王祭に合わせて仕入れたのかもしれません。


「チーズの塩気がちょうどいい。ゴーダ、チェダー、グリュイエール。くせがありながらもそれぞれの風味が異なるから、一口ごとにワイン一杯を飲めてしまう……」


 グリュイエールチーズはハード系で、噛むごとに強い香りが広がります。

 故郷ではよくチーズフォンデュにして食べていましたが、それとは違った味わいがあります。


「グリュイエールチーズはチーズフォンデュやキッシュで食べたことはありますが、こうやってそのままワインと楽しんでもいいのですね」


 ピッツァはシーフードクリーム。

 小エビ、いか、あさり、ほたての貝柱がふんだんに載っています。

 他の具材は薄くスライスされた玉ねぎ、輪切りのブラックオリーブ。チーズが載った部分は程よい焦げ目がついていました。

 カッターで八等分に切り分けます。


 カットしたピッツァをくるくると巻いて口へ運ぶと、塩気と甘みのバランスが秀逸なクリームの風味で満たされました。

 クリスピータイプの薄い生地はふちがぱりっとしていて、クリームや具材との食感の差も楽しめます。見た目以上に具材たっぷりで、魚介類の旨みや玉ねぎの甘み、ブラックオリーブやチーズの塩気が噛むごとに感じられます。


 さっぱりとしながらも華やかな、白ワインとの相性も抜群です。

 決して強くはありませんが、食事と共にアルコールを嗜むのも、たまにはいいものです。


「肉がほろほろとしていて、実に美味い」


 わたくしの向かいで、イオライトさまは豪快にスペアリブを頬張りはじめます。

 しっかりと煮込まれただろうスペアリブは、かんたんに骨から身が離れるようでした。


「さらに、このこってりとしたタレがたまらない……。このタレだけで酒が進む」


 タレだけで、とはなかなかの感想です。

 わたくしもあとで、ナイフとフォークを使って食べることにしましょう。


「ワインを追加しましょうか?」

「そうだな。久しぶりの陽気亭だし、しっかりと売り上げに貢献しよう」


 店内を見渡すと、ピネルさんと視線が合いました。

 口を動かさずとも近づいてきてくれます。


「追加オーダー?」

「はい。ワインをボトルでお願いします。それから、炭酸水を」

「……。イオライト様用ならもう少し辛口のボトルにしましょうか」

「頼む」


 珍しくふたりの会話が成立していて、微笑ましく感じます。

 再びピネルさんはわたくしに顔を向けました。


「ちなみにデザートは今日のおすすめ、ピスタチオアイスでいい?」

「ピスタチオ。お願いします」

「かしこまりました」


 いつでも無表情のピネルさん。

 軽く頭を下げると、厨房へと向かっていきました。


「そういえば、ピネルさんも誕生祭に関わっているのですよね?」

「ああ」


 イオライトさまがてきぱきと働くピネルさんの背中を視線で追います。


「商業組合の青年部のなかでも頼りにされているようだな。もう少し愛想があれば完璧だろう」

「ふふ。そこがピネルさんの良さですよ」


「お待たせしました」


 すっと近づいてきたピネルさんがイオライトさまのグラスを取り替え、新しいワインを注ぎます。

 わたくしの前にもグラスの炭酸水が置かれます。


「ありがとうございます、ピネルさん」

「アイスは頃合いを見て持ってくるから」


 イオライトさまが小さく小さく呟きます。


「良さ? 良さなのか? ……まぁいい」




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