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043.鋳造と鍛造




 岩場の陰、工房の入り口。

 近づいて行くと、クライオフェンさんが岩に体を預けて、両腕を組んでいました。

 今日は服を着ていますが、黒のタンクトップにホットパンツとやはり露出度は高めです。


「おはようございます、クライオフェンさん」

「堅苦しい挨拶は要らないよ! 入って入って!」


 勢いよく肩へ手を回され、そのまま工房に入りました。

 やはり室内は程よく涼しくて快適です。

 道中で滲んだ汗がすっと引いていくようでした。


「さて、今日は金属を薄い板に加工するところを見せてあげよう」 


 クライオフェンさんがわたくしの肩から腕を離して、向き合う形となりました。

 オレンジ色の三白眼が強く光ります。


「はい。お願いします」

「昨日見せたものは、加工後のものだ。金属は千度を超える高熱で融かして、型に入れる。強度をつけたら、ローラーを使って薄く延ばす。それでようやく模様を入れられるんだ」

「千度……」


 思わず復唱してしまいました。

 だからこそ金属も融けるのでしょうが、まったく想像のつかない高温です。

 クライオフェンさんは部屋の奥を指さしました。


「作業場はこの奥」


 工房兼住居は、どうやら奥にも部屋があるようです。

 ついていくとそこは大人二人が入れば窮屈に感じるような狭い空間でした。


 クライオフェンさんは壁にかかっている黒い上着を羽織り、さらに、ゴーグルをはめました。


「アネットの分も用意しておいた。ほら」

「あ、ありがとうございます」


 真似をして、ゴーグルと上着を装着しました。

 視界は暗くなりましたが、それだけで職人になったような気がしてきます。単純ではありますが喜びがこみ上げてきます。


 岩でできた作業台には、またもや見たことのない道具が置かれていました。

 まずクライオフェンさんが赤くて透明な棒を二本手に取ります。ゴーグル越しでも色の鮮やかさが分かりました。


「魔石に似ていますね……?」

「正解。これは、火の魔石で作られた特殊なバーナーさ。今からこれで金属を融かしていくよ」


 火の魔石で作られたという赤い二本の棒を叩き合わせると、片方から勢いよく火が吹き出しました。


「!」


 作業台の上の小さな丸皿に、不揃いの金属の粒が載っています。

 その横には、黒くて四角い、溝のある型らしきものが置かれていました。


 炎はまず黒い型へ向けられます。どうやら型から温めるようです。

 それから、丸皿の上に。

 しばらくすると、驚いたことにゆっくりと金属が融けていきます。

 同時に、白く眩い光を放ちます。

 これは裸眼で見てはいけない明るさです。ゴーグルをはめた理由が判りました。


 完全に液体となった金属。

 クライオフェンさんはトングらしきもので丸皿のふちを掴み、型の上で傾けました。

 ゆるゆると液体金属が型へ流れていきます。


「これは、あけ型という。ここに流し入れて固めるのが、鋳造(ちゅうぞう)


 そして、親指くらいの大きさになった金属。

 まだ熱くてとても触れる状態ではないでしょう。

 クライオフェンさんは、横に置かれていた、既に冷めているであろう板を手に取ります。


「このままの状態だと脆い。だから完全に冷めた後、金づちで叩く。そうすると密度が上がる。叩いて鍛えるのが鍛造(たんぞう)だね」

「鋳造……鍛造……」


 覚えることが多くて目が回りそうですが、どれも見逃さないように見つめます。


「叩いた後、再度火であぶったらローラーに通して延ばしていく。これが流れ。あとは昨日見せたように細工を入れて、形を整え、磨き上げる」


 汗をかいているのも忘れるほど見入ってしまいました。

 金属が液体となり、固体に戻る様子は実にふしぎなものでした。


「ゆくゆくはすべてをひとりでやれるようになってもらう。まぁ、まずは水竜王への腕輪をつくって、己の実力を知ってもらってからかな? 本当は逆がよかったけれど」


 そうです。

 まずは、イオライトさまへの贈り物から。

 いきなり本番というのも緊張しますが、最善はつくさなければ。


「はい。よろしくお願いいたします」







 鋳造や鍛造を見せてもらったり、試しに挑戦させてもらっていると、あっという間に時間が経ってしまいました。


 ゴーグルを外したクライオフェンさんは両腕を上に伸ばし、体を逸らしました。


「お腹空いた! そろそろ昼食にしよう」

「サンドイッチを作ってきたのですが、よかったら召し上がっていただけませんか?」

「いいの?!」


 勢いよく顔を向けられて思わず引いてしまいましたが笑顔で返します。


「勿論です。お口に合えばいいのですが」

「合う合う。他人の料理は無条件に美味い!」


 大きな部屋に戻って、早速ランチタイムです。

 クライオフェンさんがピンクグレープフルーツを絞ってジュースを作ってくれました。


「見た目からして最高!」


 まさにがぶりという表現がぴったりな動作で、クライオフェンさんがサンドイッチを頬張ります。


「美味い! 美味い! こんなたまごサンド初めて食べたよ!!」


 見開かれた瞳は喜びに溢れていました。

 気に入っていただけたようで安心します。


 たまごの白身を敢えて細かくしないのが、わたくしのたまごサンドです。

 白身は食感のアクセント。潰れた黄身がマヨネーズと程よく合わさっていて、まるで調味料のように味わえるのがポイントです。

 カンパーニュともしっとりと馴染んでいて、食べやすくなっています。


 ハムは薄いのに噛めば噛むほどジューシーな旨みが口いっぱいに広がります。

 丁寧に処理したきゅうりはしんなりとしていながらもしゃきっとしていますし、トマトは水っぽくなく、本来の風味を保っています。


 今頃イオライトさまも召し上がってくれているでしょうか。

 一緒に食事をしていなくても、同じものを食べているというのはうれしくもあり、ふしぎな気分になります。


「あぁ、最高だった」


 ピンクグレープフルーツジュースの氷をかじりながら、クライオフェンさんは満足そうにしています。


「また作ってきてよ。昼食代は支払うから」

「いえ、わたくしが勉強させていただいているのです。お金のことは気になさらず」

「それはそれ。これはこれ」


 にっ、と白い歯を見せて、クライオフェンさんは続けました。


「カネのことはきちっとする。これ、ワタシの流儀」



 

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