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040.雪の結晶




「この状態まで薄くなればここで模様を刻んだり、透かしを入れたりする。最近人気なのは蔦模様かな」


 クライオフェンさんは見たことのない道具を足元から取り出しました。

 ハンドルの先には弓のような枠がついています。そこに、一本の金属線のようなものが張られていました。


「これは糸鋸という。今からこれを使ってプラチナに切り込みを入れていく」


 作業台から木の板が突き出ていて、そこにクライオフェンさんは横長になるようにプラチナを置きました。

 糸鋸を上下に動かすと、あんなに硬かったプラチナに切り込みが入りました。

 驚きです。

 どうやら金属線に見えるものは刃のようです。


「端に切り込みをいれるときはこんな風にやる。透かし模様を入れるときは、一度、弓から鋸刃を外す。板は始点に穴を開けて、そこに鋸刃を通して、糸鋸にはめ直す」


 クライオフェンさんが流れるように説明しながら糸鋸とは違う道具を取り出し、くぼみをつくってからまた別の道具で小さな穴を開けました。

 その穴に鋸刃を通して、糸鋸に鋸刃を付け直します。

 鋸刃はぴんと張られ、再び、突き出した木の板の上で糸鋸を上下に動かしました。


 糸鋸の動く音だけが響く空間。


 みるみるうちに、プラチナの板には蔦の透かし模様が入っていきます。

 

 呼吸を忘れて見入ってしまいました。 

 職人技とは、まさにこのことでしょう。


「美しいです……」


 無意識に呟いていました。


 そして、思いつきます。

 雪の結晶を透かし模様として入れられたら、すてきではないかと!


 故郷のユークレース公国では当たり前のように降り積もる雪。

 ですが常夏のパライバに雪が降ることは決してありません。

 イオライトさまは水竜王なので雪の存在は知っているでしょう。だからこそ、珍しがってもらえるような気がするのです。


 イオライトさまの笑顔を思い浮かべると、心のなかに熱が灯るようでした。

 

「クライオフェンさん。わたくしにもできますでしょうか」


 手を止めたクライオフェンさんに声をかけます。


「ん? 透かしのこと?」

「はい。入れてみたい模様があるのですが」

「初心者には難しいと思うけど、どんな模様かな。描いてみて」


 難しいのは承知の上です。

 渡されたガラスペンとインク。記憶を頼りに、紙の上に滑らせます。


 樹枝六花。

 最もオーソドックスな雪の結晶です。


「こちらです」

「まーた難しそうな。で、これは何かい」

「雪といいます。寒い土地で雨の代わりに空から降ってくるものです」

「へぇ……!」


 クライオフェンさんは興味を示してくださったようでした。

 やはりパライバの方にとって雪は未知の存在のようです。


「暖かくなると融けて水になりますが、寒い土地ではこれが降り積もり、固まります」

「まったくイメージがつかないけれど面白い。パライバで、寒い土地のものを描く。センスがいい」


 出来上がった蔦模様の板を脇に置いて、円形で手のひらサイズの金属板を取り出します。

 蔦模様のときと同じように糸鋸の刃を通し、動かし始めました。


 初めて目にした図案だというのに迷うことなく刃を進めていくクライオフェンさん。

 その手元に、表情に。

 わたくしは、すっかりと魅せられていました。


 やがて。


「……!」


 金属板には、繊細で可憐な雪の結晶が現れます。

 本物と違って決して融けない、それなのに本物と同じくらい繊細な、美しい模様……。


「うん、きれいだ。試しに大きめで作ってみたけれど、ペンダントにしてもいいね」


 クライオフェンさんが四つ目の道具を取り出し、鋸刃の当たっていた内側部分を磨きます。

 糸鋸を使っているときもそうでしたが、削られた粉が作業台の下の受けに落ちていきました。


「はい、出来上がり」


 出来上がったばかりの雪の結晶を手に、振り返りました。

 透かし模様越しに視線が合います。


「あげる」


 そのまま板を渡されました。

 冷たさは本物の雪のようで、ほんの少し懐かしさがこみ上げました。


「よろしいのですか?」

「うん。ただ透かし模様を入れただけだからね」


 言いながらもクライオフェンさんは蔦模様の研磨に入っていました。

 雪の結晶の内側に指で触れてみます。たしかに内側を研磨することで、触っても滑らかな指触りになっています。


 蔦模様の内側を整え、クライオフェンさんは腕に似た太さの棒を台の下から取り出します。

 木槌で巻きつけるようにして丁寧に叩いていきました。


「はい、完成」


 するとあっという間に、バングルと呼ぶのでしょうか。輪ではなく隙間の空いているフリーサイズの腕輪が出来上がりました。

 自然と手を叩いてしまいます。


「すごいです! こうやって金属は加工されるのですね。まるで魔法みたいです」


 魔法というのは、いにしえに失われたという、魔石を使わずとも森羅万象を自由自在に操れるという能力です。

 おとぎ話でしか目にしたことはありませんが、クライオフェンさんはさながら魔法使いのようです。


「やっぱり、いい反応だね」


 クライオフェンさんはわたくしを見上げて、にやりと口角も上げます。

 それと同時に、慌てた様子で誰かが入ってきました。


「クライオフェンさん!? アネット嬢!? これは一体!?」


 スーツといえば、メラルドさん。

 珍しく髪が乱れて汗を流しています。

 やはり約束の時間になっても現れないことに焦らせてしまったようで、申し訳なさが募ります。


「うるさいなぁ、坊や」

「申し訳ありません。海辺で偶然に出会いまして……」


 クライオフェンさんと声が被ります。


「いい弟子を紹介してくれたね」

「「弟子?!」」


 今度は、メラルドさんと言葉が被りました。

 そしてお互いに顔を見合せます。


「あ、あの、わたくしは」

「弟子は取らないとあれほど言っていたのにどんな心境の変化ですか」

「表情で感じた。この子はきっと腕のいい職人になるよ。ワタシの嗅覚は鋭いんだ」


 クライオフェンさんは満足そうに何度も頷きます。


「明日から毎日通っておいで」

「え、えぇと……?」

「ワタシのことは師匠と呼んでおくれ。アネット、あなたを一人前の宝飾職人に育てよう」


 わたくしが……?

 クライオフェンさんのオレンジ色の瞳がわたくしをしっかりと捉えています。


 好きなこと。

 やってみたいこと。

 今まで考えることのなかった、わたくし自身の可能性……。

 雪の結晶を思いついた瞬間以上に、胸が高鳴ります。


「アネット嬢が困っていますよ。いきなり無茶なことを言わないでください。ねぇ、アネット嬢?」

「……やります!」

「ほら。って、えっ!?」


「決まりだね。よろしく、アネット」


 差し出された右手は熱く、力強く。

 わたくしもしっかりと握り返しました。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」




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