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037.提案




 パライバ魔石商会、商談室。

 ローテーブルに敷かれたベルベットの上には、わたくしの持ち込んだ風の魔石が丁寧に並べられていました。

 濃淡も大きさも様々な緑色の魔石。

 メラルドさんがそれらをルーペでひとつひとつ観察して、笑みを浮かべます。


「本日も質の高い魔石をありがとうございます」


 向かいに座るメラルドさん。本日のスーツは、青みのつよい紫色です。


「いえ、こちらこそ」


 反射的にわたくしは頭を下げました。


「それにしても、どうしてアネット嬢はこんなにも質のいいものばかりを持ち込まれるのか」


 独り言のように呟き、メラルドさんがしみじみとしています。

 手放しで褒められるのも恥ずかしく、手元のジンジャーエールに口をつけました。

 甘口のジンジャーエールは喉を通る度、程よい刺激をもたらしてくれます。


「海辺で魔石を拾っているのは、わたくしだけではないですよね?」

「勿論です。それが日常的な文化だというのは実に面白いとも思います。ただ、アネット嬢よりも質のいいものを持ち込まれる方はいませんから」


 ルベライでは魔石――魔物の心臓を捕るという職業もあるということですから、パライバの人々が海辺で自由に魔石を拾う習慣に、もしかしたら違和感を抱くのかもしれません。


「恐れ入ります……。いつか無色透明な魔石とも出会いたいものですね」

「アネット嬢なら、その『いつか』は必ず訪れますよ」


 初めてメラルドさんとお会いしたときに見せていただいた、宝飾用の魔石。

 色がないのに光が溢れているそれは、見る角度によっては七色の光を反射していました。

 あんなに強く美しい輝きは、かんたんに出合えるものとは思えません。


 ほぼいつも通りのやり取りの終わりがけ、わたくしは意を決して尋ねてみます。


「あの、メラルドさん。実はご相談があるのですが」

「何でしょう? アネット嬢の頼み事というからには、水竜王様関係ですか?!」

「な、何故お分かりになるのですか……」


 急に顔が熱くなり、慌てて両手を頬に当てました。

 手のひらがグラスに触れていたおかげで、少しだけひんやりとします。


「過保護な水竜王様が本日姿を見せないということは、アネット嬢が単独で魔石商会へ行くと言ったからでしょう?」

「その通りです。メラルドさんは探偵ですか……?」

「いえ、僕はただの商会員です。さぁ、いくらでも話を聞くと申し上げましたからね。一体どんな相談ですか?」


 メラルドさんが両膝の上で手を組み、少し身を乗り出してきました。


「実は、普段のお礼も兼ねて、イオライトさまへ誕生日のお祝いを差し上げようと考えていまして」

「ほぅ。素晴らしい」

「身に着けていただけるような腕輪がいいのですが、もしおすすめの宝飾店があったら教えていただけませんか? とんでもなく高いものでなければ、ある程度まで出しますので」


 わたくしの言葉を受けて、口元に左手を遣りました。


「メラルドさん?」


 やはり赴任してきたばかりだと土地勘が足りず、宝飾店の推薦は難しいのでしょうか。

 思案していると、メラルドさんは口元から手を離しました。


「魔石商会の取引先なら幾つかあります。しかし、せっかくの水竜王様への贈り物なのでしょう? 魔石を使ってご自身で制作してみるのはいかがですか?」

「えっ」


 存在しなかった選択肢に、思わず大きな声が出てしまいました。


 ですが。


 メラルドさんの提案に心が躍る自分がいました。

 腕輪を創る?

 わたくし、が?


「わたくしにも、できるのでしょうか」

「勿論ですとも。今、無理だと仰らなかった。それが全てです」


 とても楽しそうに、メラルドさんが両手を叩きます。


「恋する相手のために全力を尽くそうとする。なんて美しいんでしょう!」

「メ、メラルドさん」


 恋する相手だなんて。

 恥ずかしさから俯いてしまいます。もはや、耳まで朱く染まっているかもしれません。


「前回はあんなに後ろ向きだったというのに、その行動力。いやぁ、実に愉快です」

「ゆ、愉快ですか」

「目の前で素晴らしい恋物語が繰り広げられようとしているのです。協力させていただきましょう」


 メラルドさんが何に対して興奮しているのかは今いち理解に苦しみますが、協力していただけることに安堵します。


 ただ、創る、といっても。

 わたくしひとりでは何もできません。


 そんな疑問を見透かすかのように、メラルドさんが続けました。


「まずはアネット嬢の魔石から、水竜王様が身に着けていても遜色ないものを選びましょう。幸運なことに、このパライバには僕が信頼を寄せる宝飾職人のひとりがいます」

「そんな方がいらっしゃるんですか? 全く存じ上げませんでした」

「知る人ぞ知る、といったところでしょう。何せかなり市街地から離れたところで生活しているのです。実はその職人がいるからこそ、パライバに赴任してみたかったというのもあるのです」


 メラルドさんがそこまで言うというからには、よほど腕のいい職人なのでしょう。


「僕の方から、体験、という形式で腕輪を創れるように頼んでみます」

「何から何までありがとうございます」

「礼には及びません」


 メラルドさんが楽しそうに片目を瞑ってきます。


「ただし、人柄はかなり変わっているので、引かないでくださいね」

「えぇと……?」

「僕の方から彼女には連絡しておきます。水竜王様の誕生祭に間に合えばいいですか?」

「はい。女性の方なんですね」


 情報がひとつ増えました。

 変わっている。

 女性。

 一体、どんな方なのでしょう。興味がどんどん湧いてきます。


「アネット嬢も、今まで出してくださった魔石以上にいいものがあれば是非お出しください。一流の研磨職人に依頼して、美しい魔石に仕立ててさしあげましょう」

「わかりました。何卒、よろしくお願いします」

「応援していますよ」


 メラルドさんは、満足げに、愉快げに笑うのでした。




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