035.レモンタルト
タルト生地がしっかりと冷えて硬くなってきたので、作業を再開します。
まずはコンロの横、作業スペースに強力粉を振りました。
薄力粉だと粒子が細かく、打ち粉の役割を果たしてくれません。
これもお母さまに教えてもらったことです。
打ち粉の上へ引き締まったタルト生地を載せて、さらに打ち粉を振り、手についた分は麺棒にこすりつけます。
一気に伸ばそうとすると割れてしまうので、丁寧に、適度なやわらかさが出るまで麺棒で押していきます。
割れなさそうなやわらかさになったら、慎重に麺棒で薄く伸ばします。
「そろそろよさそうですね」
薄い円形になったタルト生地。パイ刷毛で打ち粉を払います。
おかしな膨らみ方をしないようにピケで穴を開けたら、生地を麺棒に巻き付けます。
底を取り外しできる金属製のタルト型の中央に乗せて、タルト型を覆うように広げました。
はみ出た部分は一度内側に曲げておきます。
それから指を使って、タルト型の底と縁に生地が接するように馴染ませます。
縁にもタルト生地を馴染ませたら、カードを使ってはみ出た分を切り落とします。
ちぎって薄い部分を修復しても、生地は少し余りました。
切り落とした分は、おまけのクッキーにしてしまいましょう。
さて、タルト生地を型に敷き終わりました。
重石はないので豆をたっぷりと詰めて、空焼きします。
たちまちタルトの甘い香りが部屋を満たしました。
ある程度焼けたら豆を外して、二度焼きして色をつけます。
それにしても久しぶりにタルトを焼きましたが、意外と工程を覚えているものです。
イオライトさまも喜んでくれるはず。
「……」
傍にいるときは意識しないように努めるあまり意識してしまいます。
いないときでも、すぐに考えてしまいます。
何かにつけて、結び付けてしまいます。
『ご息女には、力がある。自分で道を切り開き幸福を手に入れる力が』
水竜王さまだからこそ。
人間では、ないからこそ。
見えている何かが、あるのでしょうか……。
どうしてそこまで想ってくださるのか、やはり疑問はあります。
それでも。
惹かれていく気持ちは、日増しに強くなっていくばかりで。
想いは、募る一方で。
『アネット。お父上の表情を見て、言葉を発したか?』
「……」
思い出すと、右手首に熱が戻ってくるような気がしました。
イオライトさまの力強さ。
胸の奥まで熱くなるようで、打ち消すように首を横に振ります。
ソベリルだけでなくイオライトさまがいてくださったから、お父さまの顔を見ることができました。
まさか、パライバまでお父さまが来てくださるとは思ってもいなかったというのに。
そして、お話ができるとも。
ぼんやりとしていたら、タルトにはあっという間に焼き色がついてきました。
慎重に底を外して融かしたホワイトチョコを塗り、乾かしておきます。
――誰かのために何かをつくる。
喜んでいる顔を思い浮かべながら。
きっと、わたくしはその作業が好きなのです。
さて、メインのレモンカードを作っていきましょう。
材料は、四つ。
レモン、グラニュー糖、卵、バターです。
無農薬で育てられたレモンはしっかりと洗ってから半分に切り、手だけではなくフォークも使いながらしっかりと果汁を絞ります。
細かい果肉や種が入ってはいけないので、濾しながら片手鍋へ移しました。
手がレモンの香りに包まれます。
水で洗ってもわずかに残るのは、いつまでも嗅いでいたくなるような爽やかさ。
ボウルには、卵とグラニュー糖を入れます。
しっかりと泡だて器で混ぜたところで、沸騰直前まで温めたレモン汁を少しずつボウルに加えていきます。
混ぜ終わったら再び鍋に戻してとろみがつくまで弱火で加熱します。
強火だと凝固してしまうので、弱火かつ常に混ぜ続けます。
バターを加えたら、ボウルで再度混ぜます。ここで状態を均一にしておくのが大事なのです。
乾いたホワイトチョコレートの上に流して、冷蔵庫で冷やしたら完成です。
表面にピスタチオを飾るのもいいかもしれません。
仕上げをどうするか考えていて、ふと、閃きました。
卵白も余ることですし、焼きメレンゲで仕上げてもよさそうです。
今日はピスタチオにしておいて、次はメレンゲを絞り、焼いてみましょう。
「もしイオライトさまが気に入ってくださったら、誕生日のお祝いに……」
無意識に言葉を発してしまって、苦笑いが浮かびます。
やはり、どうしてもイオライトさまへ結び付けてしまう自分がいることに。




