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029.心の奥




「好きなんでしょう? 水竜王様のことが。素直になればいいのに」


 足の冷たさに比例するように頬が熱くなっていくのが判りました。

 心臓の鼓動もどんどん速くなっていきます。

 そんなわたくしの動揺とは真逆に、メラルドさんは穏やかに微笑みました。


「水竜王様だってアネット嬢を望んでいます。完全に利害の一致では?」

「利害だなんて……そんな……」


 耐え切れず、メラルドさんから視線を逸らします。


「認めましたね。水竜王様を、慕っていると」

「……!」


 あぁ、なんということでしょう。

 まるで咎人になったような気持ちです。

 否定するタイミングを逸してしまった感情。再び言葉が紡げなくなります。


「何を恐れているのですか? 過去には四大竜王と人間の恋物語もあったと、寓話で読んだことがあります。今、自分の目の前でそのような物語が生まれようとしているなんて、個人的には感動すら覚えますよ」


 恋物語、という言葉に刺すような痛みを覚えます。

 必死の思いで俯いたまま声を絞り出しました。


「わたくしには……無理です」

「何故そう決めつけるのですか?」

「……イオライトさまは明朗快活で、民に愛される水竜王さまです。わたくしのことも一時の気まぐれで傍に置いてくださっているだけでしょう、から」


 寄せては引いていく波の音がやけに大きく聞こえます。

 初めて口にした、心の奥の葛藤。

 メラルドさんがパライバの民ではないからこそ、打ち明けることができたのかもしれません。


「やれやれ。アネット嬢は、よほど自分に自信がないと見えます」


 そっとメラルドさんがわたくしの頭を撫でました。

 顔を上げると、メラルドさんが片目を瞑ってきました。


「僕でよければ、いくらでも話を聞きますよ。これも何かの縁でしょうから」

「メラルドさん……」


 ありがとうございます、と言いかけたときでした。


「おーい! アネット!」


 イオライトさまの大きな声。顔を向けると、道から手を振っていました。

 波打ち際から上がってイオライトさまの元へ歩いて行きます。


「見てくれ。とうもろこしと帆立を貰ってきた」


 市長から、でしょうか?

 イオライトさまが、両肩にかけていた袋を掲げてみせました。

 ずっしりと重たそうですがイオライトさまが持っているとそう見えないのがふしぎです。


「ありがとうございます、イオライト様」


 メラルドさんがわたくしの横に立ち、恭しく頭を下げます。

 イオライトさまは少し頬を膨らませてメラルドさんへ視線を向けました。


「お前の分はないぞ」

「そんな。せっかくですから、アネット嬢の館に招待してくださいよ。ねぇ?」

「構いませんよ、メラルドさん」

「……アネット……」


 文句を言いたげなイオライトさまを制するように、微笑みます。


「イオライトさま。三人で、昼食にしましょう」







 靴を履き直したわたくしたちは館へと戻りました。  


「どうぞお入りください」

「失礼します。ここがアネット嬢のご自宅ですか。イメージ通り、きちんとされていますね」

「恐れ入ります。座っていてくださいね」


 メラルドさんに炭酸水を用意していると、イオライトさまが声をかけてきます。


「アネット。何をしようか」


 メラルドさんが目を丸くしてイオライトさまを見ました。


「驚きました。イオライト様も料理を?」

「おかしいことか?」

「……おかしいことなのですよ、本来は……」


 わたくしは言葉を添えます。

 しかしイオライトさまは首を横に振りました。


「私がそうしたいと思ったから。ただ、それだけが動機だ」

「流石、パライバの守護竜様ですね」


 メラルドさんが口元に笑みを浮かべます。

 イオライトさまはほんの少しだけ眉間に皺を寄せました。

 険悪な雰囲気が生じる気配を察して、わたくしはイオライトさまへ声をかけます。


「イオライトさま。では、網で帆立を焼いていただけますか?」

「あ、あぁ」

「わたくしは湯を沸かしてとうもろこしを茹でます。せっかくなので、博物館で作った塩でいただきましょう」


 すると、イオライトさまの表情が明るくなりました。


「あの塩か! 確実に美味いぞ、楽しみだ」

「えぇ。では、お願いしますね」


 イオライトさまが帆立の貝殻を洗いはじめました。


 わたくしはとうもろこしのひげをむしり、皮を剥きます。硬い皮を外側へ引っ張るようにして外し、薄皮は僅かに残します。薄皮越しでも艶と張りのあるとうもろこしの実が透けて見えました。

 火の魔石を使ってコンロに火を入れます。

 両手鍋にたっぷりの水を注ぎ入れ、火にかけました。


 テーブルの上、イオライトさま製の塩を手に取ります。

 炭酸水を飲んでいたメラルドさんが目を丸くしました。


「それが、塩? パライバには輝く塩なんてあるんですか?」 

「はい。博物館でイオライトさまが作られた塩なんです」

「まるで粉になった真珠のようです。流石、水竜王様ですね!」


 宝石に目のないメラルドさんは感嘆を漏らすのでした。


「わたくしも同感です」


 もう少しお待ちくださいね、と塩を手にコンロの前へと戻ります。

 イオライトさまの横に立つと囁くように問いかけてきました。


「アネット。メラルド氏と、何を話していたんだ?」

「……え」


『好きなんでしょう? 水竜王様のことが。素直になればいいのに』


 メラルドさんとの会話を思い出すと、再び頬が熱くなっていくようでした。

 イオライトさまへの秘めた想いを知られてしまったこと。

 決してイオライトさまに知られてはならない内容です。


「ひ、秘密、です」

「……そうか」


 何故だかイオライトさまの声がいつもより低く感じました。


「イオライトさま」

「ん?」

「メラルドさんはわたくしに危害を加えようとしている訳ではないですから、安心してくださいね」


 前任のビーさんのこともあります。

 変な誤解を与えてしまわないように、安心してもらえるように。


「それもそれで……。いや、まぁ、いい。アネットが困っていないのなら、よしとしよう」


 わたくしは顔を横に向けて、イオライトさまを見上げました。


「ありがとうございます」


 視線が合うと思っていなかったのかもしれません。

 イオライトさまはほんの少し驚いたように口を開けてから、あぁ、と頷きました。

 

 

 

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