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028.波打ち際




「こちらが本日のお支払い内容でございます。確認の上、ご署名を」

「拝見いたします」


 涼しくて快適な魔石商会の執務室。

 わたくしとイオライトさまの向かいに座るのは、メラルドさんです。

 切れ長の瞳は碧色、整髪料で後ろへきっちりと撫でつけた金色の髪。お会いする度に違うスーツは、深緑色のものです。


「ところで商会長から教えていただいたのですが、再来月には水竜王様の誕生祭があるんですね。盛大な祭りだと聞いたので今から楽しみです」


 話を向けられると思っていなかったのか、イオライトさまはきょとんとしました。

 飲んでいたアイスティーのグラスをローテーブルへ置くと、中の氷が軽やかな音を響かせます。


「パライバ市長が話したいことがあると言っていたな。そのことか」


 いつの間に市長と知り合っていたのか不思議ですが、イオライトさまらしいといえばらしい話です。


「ルベライにも火竜王さまの誕生祭があるんですよね?」

「いやいや、人間主体のお祭り騒ぎとはちょっと違うんです。火竜王の誕生祭はただの教会の儀式ですよ」


 メラルドさんが机の上に身を乗り出して、わたくしの両手を取ります。


「一般市民も観覧することができる儀式はありますが、厳かなものですよ。機会があれば是非ご案内しましょう」

「え、えぇと」

「アネットが困っているではないか! その手を離すのだ!」


 ちぇっ、と冗談っぽく笑い、わたくしから手を離したメラルドさんはソファーに背中を預けました。

 両腕を伸ばして、ソファーの上に置きます。


「イオライト様は手厳しすぎます。いつになったら僕とアネット嬢のデートを許可してくださるんですか?」

「許可する訳がなかろう」

「束縛が強すぎませんか。偉大なる水竜王たるもの、伴侶の行動を制限するなんて器の小ささを露見するだけですよ。ねぇ、アネット嬢」

「え、えぇと」


 再び言い淀んでいると、メラルドさんが畳みかけてきます。


「アネット嬢だっていつもイオライト様と出かけるのは飽きがくるでしょう。どうです、たまには人間の男の魅力を体験してみませんか?」


 勢いよく視線が合います。

 軽くウインクを送ってくるメラルドさんへ、曖昧に笑ってみせました。


「飽きはしておりませんが、……そうですね」

「ア、アネット!?」


 何故だかイオライトさまの声がひっくり返ります。


「せっかくですし、メラルドさんも魔石拾いを体験してみてはいかがでしょうか」







 空と海は今日も見事な青色。

 潮を含んだ風が頬を撫で、髪をなびかせ通り過ぎていきます。

 帯びた波は砕けて散る度、軽やかに歌うようです。


「これは! 実に楽しいですね!?」


 波打ち際でメラルドさんが快哉を叫びました。

 白い靴下と黒い革靴を脱ぎ、ズボンの裾をしっかりとまくっています。

 まだ何も始めてはいません。

 ただ、海岸へ歩いてきただけです。

 それなのにメラルドさんは興奮した様子で、瞳を輝かせています。


「遠くから見たら海は青いのに、波打ち際では白く見え、海底へ目を向ければ硝子よりも透明。なんて不思議なんでしょう」


 ほんとうに来てくださるとは思いませんでした。

 しかもお誘いした日のうちに、早めの昼休憩だと称して実行してくださるとは。

 何せ前任のビーさんはいくらお誘いしても首を縦に振らなかったのですから。


 なお、イオライトさまはしぶしぶ市長のもとへ行かれました。


「海!!!」


 しっかりと両足を海水に浸し、仁王立ちで両腕を天へと突きあげるメラルドさん。

 まるで子どものようなはしゃぎようです。


 ルベライ出身のメラルドさん。海を見たのはパライバに来てからなのです。

 わたくしもその気持ちはとてもわかるのですが、だからこそ心配になります。


「波が引く勢いに足を取られて転ばないようにしてくださいね……?」

「お気遣い、感謝します」


 わたくしも布靴を脱いで揃え、波打ち際へと歩きます。

 白い波に足首が包まれると一気に冷たさが伝わってきました。


「アネット嬢は毎日海で魔石を拾われているのですか?」

「はい。わたくしの日課ですから」


 慎重に足を進めてメラルドさんの近くへ寄りました。


「小さな魚が! 蟹が! 貝が!」

「メラルドさん。魔石を探しに来たんですよ」


 砂底まではっきりと見える、美しい海中。

 赤く光る欠片を見つけて体を傾け、右手を海へと差し入れました。

 ひんやりと冷たい海の水。

 炎の魔石を拾い上げ、はしゃいでいるメラルドさんの手のひらへ置きました。


 重なり合う両手。


 魔石商会とは反対に、わたくしからメラルドさんの手に触れます。

 イオライトさまの手よりも一回り小さいけれど、長い指をしています。

 何故だかそんなことを考えてしまうのでした。


「今、何を考えていますか?」

「……えっ」


 顔を上げます。

 碧色の瞳が戸惑うわたくしを映しています。


「アネット嬢は、分かりやすすぎるんですよ」


 潮風が、緩やかにわたくしたちの間を抜けていきました。


 

  

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