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025.博物館




 本日も快晴。朝から陽ざしが強く照りつけていました。


 隣を歩くイオライトさまの恰好は、襟のない丸首の白いプルオーバーにオリーブ色のズボン。さらに濃いオリーブ色の布靴を履いています。

 たくさんの腕輪は今日も煌めいています。


 わたくしは薄水色の布靴に合わせて、綿麻ワンピースの色は淡い黄色。

 なんとかフリーマーケットで購入した麦わら帽子を被っています。やはり帽子があると陽ざしが和らいでいいものです。


 普段魔石を拾っている砂浜ではなく、釣り場となっている港へ訪れたのは久しぶりでした。

 地形の差か、波の音がどことなく違って聞こえるような気がします。

 大小さまざまに連なる岩場では、人々が海面に向けて釣り竿を垂らしています。どうやらひとつの岩にひとりが座って釣りをするのがルールのようでした。


「イオライト様! 今日は釣りはされないんですか?」


 釣り人たちがイオライトさまへ大声で呼びかけてきました。

 よくお話に出てくる釣り仲間の方々のようです。

 どことなく赤ら顔に見えるのは日焼けのせいかと思いましたが、岩場には釣り具一式以外に酒瓶も置いてあるのが見えました。


「すまない。これからアネットと塩の博物館へ行くのだ」


 釣り仲間の方々がわたくしへ顔を向けたので、小さく会釈します。


「そうでしたか。何もないけどがっかりせず楽しんできてください」

「こらこら。イオライト様が行かれる場所を何もないだなんて言っちゃだめだろう」

「まぁ、その通りだからしかたない」


 大声で笑いながら、彼らはお酒を煽るのでした。


「明日は釣りに来る。宜しく頼む」

「勿論ですとも!」


 和気あいあいといった様子です。

 わたくしはイオライトさまに向けかけた視線をさらに上へと逸らします。

 意識しないと、イオライトさまを見てしまうのです。それで視線が合ってしまうのも困るので、気づかれる前に逸らすようにしていました。


 鷗が青空を舞うように飛ぶ様は優雅そのもの。

 鳥になって空を飛べたらどれほど楽しいことでしょう。


「すっかり顔なじみなのですね」

「ああ。彼らはいつもあそこで海を楽しんでいる」


 少し離れて、イオライトさまの横を歩きます。

 これも不自然ではない範囲で。

 自然体を装って。


「あれか?」


 やがて、鷗に負けないくらい真っ白の四角い建物が現れました。

 その前には海に向かって塩田が広がっています。


「はい。あちらが塩の博物館です。建物も塩でできているのだそうです」


 本日の目的地はかねてから約束していた塩の博物館。

ざらりとした表面が絶妙に陽の光を反射して眩しく、目を細めます。


「建物も、塩で? 興味深い話だ」

「はい。わたくしもパライバへ来たばかりの頃に一度来ただけなのですが、同じことを思いました」


 入場料は無料。

 中に入るとまず、明るくて静かな空間が広がっていました。

 香りはなく、清潔感が漂っています。

 部屋の中央におそらく塩でできた台があり、その上には硝子の箱。ちょうどわたくしの目線ぐらいの高さに、海水らしき液体と塩が展示されています。


「海水はまず、風の魔石と陽の光で余分な水分をゆっくりと蒸発させていくのだそうです。液体の状態で、ある程度塩分濃度の高い状態にしてしまうのだとか」


 展示には幼い子どもでも分かるように解説が添えられています。

 イオライトさまは顔を近づけて読んでいました。


「それを火の魔石で丁寧に煮詰めていくと、しっとりとした塩が残るということか」

「さらには、魔石の使用加減で状態が変わっていくようです」


 次の部屋も展示の仕方は同じで、色の違う塩が並べられていました。


 風の魔石が多めだとほんのりと緑色、火の魔石が多めならば赤色に染まるのだそうです。

 また、時間をかければかけるほど結晶が大きくなったりするようです。

 なんという絶妙なさじ加減。職人技だというのが見て分かります。


「人気のある職人が煮詰めた塩は、年単位で予約が入っていると耳にしたことがあります」

「ほう。いつか口にしてみたいものだ」

「……イオライトさまがそう仰るのを耳にしたら、皆さんこぞって献上しそうですね……」

「そうか。それは順番待ちの割り込みになってしまうからやめておこう」

「それがいいと思います」


 密かに安堵します。間違いなく騒ぎになるので、その前に止めておいて正解でしょう。


「混色もあるのか。面白い」


 わたくしたちが塩の種類を眺めていると、誰かが入ってきました。


「ちなみに、パライバでは海水塩が主流ですが、岩塩というものもございます。ユークレース公国よりもさらに北の地では、岩塩を主に採掘しております」


 ユークレース公国。

 懐かしい単語……いえ、懐かしいと感じる声に振り返ると、わたくしにとって思いがけない人物が立っていました。


「どうしてあなたがここに……」 


 ()はわたくしに微笑みかけ、恭しく頭を下げてきました。


「ご無沙汰しております、アネット様。そしてお初にお目にかかります、水竜王様」

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも美味しそうな描写にお腹を刺激されています。更新があった日には普段よりきちんと料理を作ろうという気持ちになります。 イオライトさまに惹かれながら、その気持ちを押さえつけようとするアネッ…
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