024.謝罪
拍手、口笛、快哉。
その熱狂の中心にいたのは紛れもなくイオライトさまでした。
身に着けているのはよく目にするオリーブ色のプルオーバー。おへその見えるデザインのものです。それから膨らみのある白のズボンと濃いオリーブ色の布靴。
たくさんの腕輪は、大きく動く度に陽の光を受けて輝きます。
向こうが透けて見える薄い布を両手に持って踊る姿は、遠目から見ても優雅であることが伝わってきます。
イオライトさまの舞う姿は、まるで蕾が満開の花を咲かせるようでもあり、鳥が大空を羽ばたいていくようでもあり――
生きとし生けるものすべてを包み込む、海のようでもありました。
「いっつも笑っているイメージがあるけど、愁いを帯びたような表情もされるのね。ほんとうに美しい水竜王様だわ……」
わたくしの隣で、トリンさんが息を吐き出します。
同意も共感もできずに、視線はしっかりとイオライトさまを追ってしまっていました。
美しい、というのはイオライトさまの為にある形容詞なのではないでしょうか。
距離があるからこそかもしれませんが、優美さに見惚れている自分がいるのは確かな事実です。
……段々と体の奥底、胸の辺りが締めつけられるような痛みを訴えてきました。
視線を逸らせずにいる、称賛の渦。その中心の、水竜王さま。
改めて、思い知らされます。
あの方は、本来ならばわたくしが気安く話しかけてはいけない御方なのだということを。
「……!」
イオライトさまと視線が合ってしまいます。
それに引きずられるようにして、視線上の人々が顔を後ろへと向けました。
わたくしの隣に立つトリンさんが、背中に右手で触れてきます。
振り返った人々による無意識かは定かではありませんが、イオライトさまへの道ができていました。
離れていても、わたくしたちの間には障害物が何もない状態。
――アネット。
イオライトさまの口元に笑みが浮かび、唇がわたくしの名前を呼びます。
心臓が大きく跳ねるのが分かりました。解って、しまいました。
「アネット!? ちょっと?!」
トリンさんが制するよりも早く、わたくしは踵を返して広場から走り去ることを選びました。
頬が、指先が、熱を帯びています。
息苦しいのは走っているからで、泣きそうになっているのは、……。
「アネット!」
すぐ後ろでイオライトさまの声がわたくしを呼びました。
立ち止まってしまったものの、振り返ることはできません。
両手を胸の前で合わせます。
少し間を置いてから、イオライトさまが言葉を続けました。
「……その……公衆の面前で逃げるように走り去られるのは、流石に悲しいな」
鼻の奥まで熱くなってきました。唇を噛んで、なんとか堪えます。
ゆっくりと振り返って、イオライトさまの前に立ちました。
ただ、顔を見ることはできません。
俯いて影に視線を落とします。
頬が紅く染まっていることは明らかで、再び逃げ出してしまいたい衝動に駆られます。
「すみ、ま、せん」
喉の奥から声を振り絞りました。
震えた謝罪が、影に落ちて吸い込まれます。
「その謝罪は、何に対してだ?」
イオライトさまの言葉は怒りや悲しみを含むものではありませんでした。
――水竜王さまとは決して釣り合わないわたくしのような人間と出会わせてしまって、すみません。
言葉を飲み込むと、喉につかえるようでした。
恐る恐る顔を上げてイオライトさまを見上げます。
イオライトさまは、困ったように頬をかいていました。わたくしの表情を見て、驚いたように瞳を開きます。
「前にも申し上げたように、目立つことに慣れていないのです。ですので驚いて逃げ出してしまいました。申し訳ございません」
「そうか。こちらこそ、すまなかった」
わたくしは首を何度も横に振り、答えの代わりにしました。
口にしたことも事実ではあります。
嘘は、言っていません。
「……頭に、触れてもいいか?」
今度は一度だけ、小さく頷きました。
羽根が舞い降りるようにイオライトさまの大きな手のひらがわたくしの髪の毛に触れました。
潮と香辛料の混じった香りが降ってきます。
瞳を閉じて祈ります。
どうかこの想いに気づかれる前に、水竜王さまがわたくしに対する気まぐれを翻してくれますように……。




