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020.昼間

 



「昨日のうちにオイルに漬けておいたツナがあるので、玉ねぎと一緒にマヨネーズで和えましょうか。レタスと一緒にパンにはさんで、サンドイッチにしましょう」


 市場で安売りしていたマグロは血合いなどを丁寧に取り除き、塩で下処理。

 たっぷりのオリーブオイル、にんにく、黒こしょうの粒、ローリエと一緒に、低温で加熱しておきました。

 底が浅く、口の広い瓶に詰めてあります。

 蓋を開けて半分ほどをボウルへ移しました。


「イオライトさまはレタスを流水でよく洗って、清潔な布巾で水気を拭いてください」

「承知した」


 慣れた様子でイオライトさまはレタスを手に取ります。

 あとは任せておきましょう。


 さて、辛みの少ない玉ねぎは細かくみじん切りにします。

 ボウルの中でツナと合わせ、マヨネーズと塩こしょうで味を整えたら、ツナマヨの出来上がりです。


 サンドイッチにするパンは、大きくてやわらかなブール。

 スライスすると、艶のあるクラム(断面)が現れました。


「これくらいでいいか?」


 隣ではイオライトさまが洗ったレタスを丁寧に拭いてくれます。


「はい。十分です。ブールの上に並べてもらっていいでしょうか」


 ブールにレタスを敷き、ツナマヨを載せて、再びレタスを載せたらもう一枚のブールでサンドイッチにします。

 それだけでは寂しいので、ピクルスも瓶から器へと移しました。


「今日も美味しそうだ」


 イオライトさまが冷えたグラスに炭酸水を注いでくれました。

 わたくしはピクルスをテーブルへ置きます。向かい合って座れば、ランチの始まりです。


 クラスト()までやわらかいブールはそのまま食べても美味しいですが、サンドイッチにすると具材の味をいっそう引き立ててくれます。

 粗くほぐしたツナは、下処理のおかげで一切生臭さがありません。みじん切りにした玉ねぎもまったく辛くなくて、マヨネーズでふたつの食材はしっかりとまとまっています。食感の違いも楽しめます。

 新鮮なレタスは歯切れがよく、咀嚼の度に瑞々しさが感じられます。


 炭酸水を飲んだら、赤パプリカのピクルスもひと口。

 玉ねぎやレタスとは違う食感の良さがあります。

 口いっぱいに広がる酸味には、赤唐辛子のほのかな辛みが隠れています。

 次に、カリフラワーのピクルス。引き締まった花蕾に、ピクルス液がしっかりと染み込んでいます。


「……実に美味しい……」


 あっという間にイオライトさまはサンドイッチを平らげていました。

 炭酸水も飲み干して、二杯目を注いでいます。最初の頃はわたくしが注いでいましたが、気を遣わなくていいと断られてしまったのです。


 器が空になると、自然とイオライトさまが立ち上がりました。


「私が洗おう」

「ありがとうございます。では、わたくしは干していた物を取り込んできます」


 玄関から外に出て、館の裏に回ります。

 両手を広げて、ベッドのシーツを掴みます。

 朝に洗って干していたおかげですっかりと乾いていました。

 鼻を寄せると、お陽さまをたっぷりと浴びた、なんともいえないよいにおいがします。陽の光で干した布のにおいというのは、いつ嗅いでも、故郷よりもパライバの方が強く感じられます。

 少しの間堪能していると、突風が吹きました。


「きゃっ!?」


 勢いよくシーツがわたくしの前面を覆います。

 慌てれば慌てるほどシーツが絡んで、布を纏ったような状態になってしまいました。


「アネット?!」


 背後からイオライトさまの声が響いて届きます。


「ど、どうしたんだ?」

「風で絡まってしまいました。すみませんが、取り去るのを手伝っていただけませんか……」


 恥ずかしさを押し殺して声を絞り出しました。

 頬だけではなく耳まで熱くなってきます。


「それくらいすぐにやろう。悲鳴を上げたから何事かと思ったが、無事でよかった」

「す、すみません」


 イオライトさまがわたくしの頭の上に手を置いたのが伝わってきました。

 ところが。

 そのまま外側から絡まっている部分を解いてくれるかと思いきや、動きが止まりました。


「イオライト、さま?」


 事もあろうに……イオライトさまは両腕を前に回してきたのです。

 そしてわたくしの頭の上に、顔を載せてきた、ような感触。


「いいにおいだ」

「あ、あの、……」


 シーツごとくるまれている状態になって、どんどん体温が上がっていくのが分かりました。

 いろんな意味で身動きが取れません。とにかく、解放していただかなければなりません。


「あ、汗で濡れてまた洗わなければいけなくなるので、おやめください!!」

「すっ、すまない」


 我に返ったように聞こえなくもない謝罪と同時に、視界が明るくなりました。

 眩さに固く目を瞑ります。

 光に慣れるため、ゆっくりと瞳を開いて振り返ると、イオライトさまの手の中でシーツはきちんと畳まれていました。


「ありがとう、ございました」


 両手で受け取り、視線を合わさないようにして言葉を発します。

 ぎこちなく見えているかもしれませんが、しかたありません。


「いや、こちらこそすまない。不快にさせてしまった……」


 イオライトさまはイオライトさまで、左頬をかきます。

 ほんの少しうなだれているようにも見えました。


「……いえ。助けてくださってありがとうございます。わたくしひとりでしたら、どうしようもできませんでしたから」


 ――それに、不快ではなかったのです。

 ただ、そんな感情に慣れてはいけないとも、思うのでした。

 

 

 

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